小話 永遠の在り処
キールとシルフィーラがまだ王都にいた頃のお話です。
煌きは刹那
儚く消える人の夢のよう……
伸ばす手は、何にも届かず
私はただ、貴方に恋焦がれる
まるで私の頬を撫でる風のように
確かに感じることは出来るのに
心は遥か遠く
貴方までが遠く見えて……
私の思いが届かぬならば
私は光の一片でいい
僅かに貴方に触れるだけで
私は幸せになれるのだから
貴方の心まで手に入れようなど思わない
貴方に温かな光を与え、私は消えていくの……
少女はクルクルと回りながら、見事な歌声を辺りに響かせている。
背に生えた翼から、真っ白な羽が舞い落ちる。
翼をゆっくりと上下させ、時折風に乗って、僅かに宙へ浮かぶ。
その様子を見ながら、彼は手にしたカルテを書き込む。
「あの様子なら、すぐ空へ帰せますね」
「うむ…」
彼の隣にいる老人は、ゆっくりと頷いた。しかし、表情は冴えない。
彼を見上げる。
「キール。本当に良いのか?」
「何がです?」
「いや…お前は、その……」
老人にしては、珍しく歯切れが悪かった。
彼は首を傾げる。
老人は深い溜息を吐く。
「随分と、手を掛けているようだったからな……」
彼は僅かに眉を顰めた。が、すぐに無表情に戻る。
「ご冗談を」
そう言って、カルテに最後の一文を書き添える。それから老人に頭を下げた。
「では、失礼します」
老人はその背を見送って、再び深い溜息を吐いた。
キールは廊下を抜け、一度自室へ戻った。カルテをファイルへとしまう。
外からは、相変わらず美声が聞こえてきていた。
空高く舞うは我らが都
永遠の約束の地
鳥歌い、花咲く楽園
誘うは不死の鳥
永遠の約束の地にて
我らは常しえの安らぎを得るだろう
ふと、ファイルをしまう手が止まっている事に気づいた。思わず苦笑する。
「歌に聞惚れるなどとはな……」
それを棚にしまって、彼は窓へ近づいた。鍵を開ける。
庭に居た少女が、彼に気付いた。翼をはためかせる。
彼の部屋は二階だというのにも拘らず、真っ直ぐバルコニーへ向った。
「キール様!」
「…傷の具合は?」
素っ気無い態度。
それでも、少女は構わない。彼の前に降り立つ。
「はい。もう大丈夫です」
パタパタと、翼を動かして見せる。
初めてこの家に来たとき。
この羽は黒ずみ、根元から取れかけていた。
何とか繋ぎ合わせてみたものの、元のように飛べるかは分からなかった。
亜人種に対する、差別主義。
奴隷として。或いは愛玩用として、公然と売買されている。
当然、まともな扱いを受けるわけではない。
特に、金持ちは気まぐれで、飽きっぽい。
彼女も、そんな金持ちに買われた一人だった。
表向き、そういった金持ち達の仲間だと思われている父が、タダ同然で買い取ってきた。
少女の翼に触れる。
「これだけ動かせるなら、仲間の元に帰れるな」
「えっ…?」
少女は意外そうな声を上げた。
キールは少女を見た。
彼女は慌てて口元を押さえ、俯く。
「何でも、ないです……」
小さな声が聞こえた。
彼は訊ねる。
「…家族は、いないのか……?」
少女は首を左右に振る。
「きっと帰りを待っている」
少女は何も応えなかった。ただ俯いて、悲しそうな表情を浮かべている。
彼はそれを覗き込んだ。
「…どうした?帰りたくないのか?」
「…解りません……あんなに帰りたいって、願ってたのに……」
少女は震えていた。自分でも、本当に分かっていないようだ。
彼は空を見上げる。
「約束の地を……」
彼女は顔を上げた。その瞳には涙が溜まっている。
「迷う時は、約束の地へ帰りなさい…君が帰りたいと思う場所。そこが約束の地だ」
亜人種たちに伝わる歌。先程彼女も歌っていた。
鳥人族の都は、天高く。
「空の都は…どこにあるのか、わからないけれど……」
太陽の眩しさに、手を翳す。
「そこに、永遠の安らぎがあるから……」
まるで夢現のような言葉。
少女は涙を拭った。
「私の約束の地ですか?」
「そうだ。誰もが同じ場所を目指すわけではない…母が言っていた」
必ずしも、都が約束の地であるわけではなく…都を出た場所にこそ、幸せが在る場合もある。
キールは少女の頭を撫でた。
「君が帰りたいと思う場所は?」
少女は少し考えた。顔がぼっと赤くなる。
「わ、分かりません!」
「じゃあ、よく考える事だ」
彼はそう言って、少女に背を向けた。
部屋に戻ってしまったキールに、少女は少しほっとした。
真っ赤になった頬を隠すように、両手を当てる。
彼女の天空の都は、この地上に。
そう気付いてしまったから。
キールも薄々感づいている。
しかし、その思いは受け取るべきではないし、告げるべきではない。そう考えていた。
彼が逃れられないと気付くのは、もう少し先の事である。
とりあえず小話もここで完了です。
放り投げた続きを書くか、もう少し小話を書くか…悩みどころです。
小話になると、多分主人公が出てこない……;




