交通ルール
『皆様、お聞きください。本日大幅な法改正が行われ、交通ルールが極端に厳しくなりました』
ニュースキャスターが厳粛そうな声で言った。
『法に合わせて交通機関も改造が施される予定ですが、人員を総動員して二カ月ほどで完成すると見込まれております』
二千三百年六月、大幅な法改正が行われた。道路交通法に関する項目を大幅に変更し、交通ルールを急に厳しくした。
例えば、停止線は二重にし、一本目を越えた場合は百万円以下の罰金または十年以下の懲役、二本目を越えた場合には終身刑または死刑。歩行者の信号無視は二百万円以下の罰金または二十年以下の懲役、自動車・軽自動車の信号無視は終身刑または死刑。自動車での急ブレーキは一千万円以下の罰金または無期懲役。斜め横断は十年以下の懲役。進入禁止の道路に入った場合は一千万円以下の罰金または無期懲役。
ほかにも、電車に駆け込み乗車をした場合は五十万円以下の罰金または五年以下の懲役、バスが止まる前に席を立ったら三十万円以下の罰金または三年以下の懲役などがある。
そんな事をしてもばれなければ問題ないと思うが、これがそう簡単ではない。日本全土に『サイバス』と呼ばれる飛行型カメラが散らばっており、交通ルールを破った場合には自動で通報、録画を行う。
そんな無茶な法令があるか、と言う国民達の声もあったが、法案は可決、実際に使用される事となった。
およそ二カ月後、法に合わせて停止線などが変更された。
何人もの人が捕まった。特に停止線のルールは酷く、一本目と二本目の間が数センチしかないのだ。更に急ブレーキと信号無視が禁止されているため、板挟みの状況でどうにもならなくなる車も出てくる。結果として、慎重に運転しなくてはならなくなった。
事故は減ったが、人も減った。無期懲役、終身刑、死刑、罰金によって破産など、車に乗れなくなる人が多かったためである。
日本列島の人口はどんどん減っていった。まだ減るか、と思われたその頃、突然こんなニュースが入った。
『皆様、朗報です。たった今、法改正後の道路交通法が無茶すぎるとして廃止されました。新法は全て廃止です』
人々は歓喜した。これで交通ルールを恐れて会社に遅刻する事がなくなる。
そのニュースを見ながら、法を提案した官僚であるM氏は斜向かいに座っている上司に言った。
「日本の人口は一億ほどに落ち着きました。作戦通りですな」
M氏の上司もそれに答える。
「ああ。君がこの作戦を提案した時は、そんな無茶なと思ったが、案外とうまくいくものだな。昨年まで二億いた人口を、交通ルールを厳しくする事によってうまく減らす事ができた」
そう、この大幅な法改正も、突然の廃止も、全て彼らの手筈通りだったのだ。増えすぎた人口をふるいにかけ、生きる人間と死ぬ人間に分ける。そうする事によって、誰の意図も入り込まない形で人口を減らせると言う訳だ。
「しかし、こうもうまく行ってしまうと、次もこの手を使いたくなるな」
「ええ。ですが、全く同じではうまくいきませんよ。次に人口が増えた時にはそうですね、売買に関する法にしましょうか。例えば、押し売りをしたら死刑とか……」