第38章:東風
なるかを乗せ、新宿・歌舞伎町タワーでのライブ会場へ向かった宮下。現地で仲間と合流し、インバウンドの観光客も熱狂する大盛況のステージをやり遂げる。
いつものように、なるかの家の近くにあるコンビニの駐車場で彼女を拾い上げ、私たちはそのままライブの会場へと車を走らせた。
「せんせ? 今日はどこで演奏なの??」 「今日はね、新宿の歌舞伎町タワーでの演奏だね!」 「へー、私歌舞町伎馴染みないや」
なるかはどこかピンと来ていない様子で、窓の外をぼんやりと眺めながら答えた。
「まぁ、歌舞伎町行かないよね笑 俺は演奏とかで結構来るけどさ」
車を駐車場の白線のなかに滑り込ませると、待ち合わせの場所にいた神谷と篠塚の姿が視界に入った。私はエンジンを切ってドアを開けた。
「お疲れ! あ、紹介する。教え子の吉田なるか」 「初めまして」
なるかは緊張を隠せないように小さく頭を下げ、控えめに挨拶をした。
「なるかちゃん! よろしくねー!」
神谷は、青森の風をそのまま連れてきたような明るく清々しい笑顔で、大きく手を振りながら挨拶を返してくれたのだった。
「早速、今日のセットリストなんだけどさ、まず一曲目が『津軽の雪』、二曲目が『花魁夢舞台』、MC挟んでその次が『狼』、で続けて『蓮花』、最後に『白粉物語』で行こうと思う」 「了解した。曲の入りの変更とかある?」 「特にはないけど、『狼』のBメロのキメはこの前の下北沢の時と同じで」 「了解」
打ち合わせを交わす私たちの生々しいやり取りを、なるかは少しだけ不思議そうな顔で見つめていた。
「なるかは、客席でゆっくり観ててね」 「うん、わかった! ありがとう!」
神谷の紡ぐ歌は、日本の温かさも、凍てつくような厳しさも、この国が抱える感情のすべてを詰め込んだようで、私はその楽曲のファンだった。古き良き日本らしさのなかに、どこか斬新な西洋の香りが風のように吹き抜けていく。
歌舞伎町タワーでのステージは、あふれ返るインバウンド需要のせいで外国からの観光客が非常に多く、新しい日本の音楽を世界に突きつける場所としては、これ以上ないほど劇的な空間だった。
どこの国の言葉を話す人間なのかは分からないけれど、誰もが満面の笑みを浮かべ、私たちの音に合わせて心地よさそうに身体を揺らしている。その光景を横目で見るたび、日本人として、そして一つの表現者として、胸の奥が熱くなるような誇らしさがこみ上げてきた。
一通りのセットリストを駆け抜け、ライブは大盛況の歓声のなかで幕を閉じた。
「じゃぁお疲れ! 次の演奏の詳細わかったら教えて?」 「了解! お疲れー! なるかちゃんもありがとね!」 「あ、いえ、こちらこそありがとうございました」
「よし、じゃぁなるか、行こうか」 「うん」
帰りの車内、夜の街のネオンがフロントガラスの向こうで流れていくなか、話題は自然と今日のライブの感触へと移っていった。
「せんせ、すごく良かった! 演奏!」 「あ、ほんと?! 嬉しい!」 「陸さんの歌もめっちゃいい! 刺さる!」 「えー! 嬉しいな! どの曲が一番良かった?」 「えっとね! 『蓮花』! あれめっちゃいい!」 「あー! 『蓮花』ね! 婚約者の男性を亡くした女性の歌ね」 「そうそう! あれやばい。泣ける」 「いい曲だよね!」
他愛のない、けれど熱が冷め切らない興奮をそのまま乗せたような会話を交わしながら、車はあっという間に、なるかの家の近くにあるいつものコンビニへとたどり着いた。
「はい、到着。なるか、ありがとね!」 「せんせ、ありがと! ん!」 「ん??」 「んー!!」 「あ! キスね!」 「そうだよー!」
照れくささをごまかすように笑いながら、私たちは夜の車内で軽く口づけを交わし、私は名残惜しそうに車を降りていく彼女の背中を見送ったのだった。




