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これは単なるプロローグ

春は、だいたい平等にやってくる。


校門の前で写真を撮っているやつも、

もう帰りたい顔をしているやつも、

まだ何者でもないまま立っているやつにも、同じように。


桜はちゃんと咲いていて、

風はそれなりに気持ちよくて、

世界は“ここから何かが始まりそうな雰囲気”を丁寧に用意してくる。


そういうのを、少しだけ信用していない。


始まるやつは、最初から始まっているし、

主役になるやつは、だいたいもう決まっている。


それでも入学式は行われて、

拍手は起きて、

それっぽい言葉が並ぶ。


ただ、あれだ。


主役じゃないやつにとって、

物語の始まりは、だいたい音がしない。


気づいたときには、少しだけ後ろにいる。


たとえば教室の、後ろの席とか。


そこで初めて顔を上げたとき、

少しだけざわついている空気があって、

誰か一人に視線が集まっている。


理由は簡単だ。


たまにいるからだ。

最初から“物語を持っているやつ”が。


——天才、とか。


そういうやつを見るとき、人は少しだけ優しくなる。

そして、少しだけ残酷になる。


そのどっちも、たぶん間違っていない。


だから俺は、少し離れた場所からそれを見る。


関わる理由もないし、

関わらない理由もない。


ただ一つだけ言えるのは、


物語には重要な人間が、もう一人いるってことだ。


主役になれなかった側の人間が。





「入学おめでとう。君たちのこれからを楽しみにしています。」


季節は16度目の春。俺、中間桔梗は自称進学校であるつるはし高校に進学した。地元では割と有名な自称進学校であり、中学から同じ人も何人か存在する。今はその入学式の真っ最中である。


(この高校の校長は話が短くていいな)


そんなことを考えていたらあっという間に入学式が終わる。300人を超える新入生はみな自分たちのクラスに戻っていく。

俺もまた少しソワソワしながら教室への知らない廊下を歩いていた。

理由は簡単だ。この後おそらく自己紹介が始まるからだ。



この世で最も残酷なイベントランキング堂々の第一位、自己紹介タイム。


前の席から順番に処刑が始まる。陽キャたちは軽やかに笑いを取り、拍手すら起こる。名前と趣味を言うだけなのに、なぜあんなにも“人として成立している感”を出せるのか。遺伝子の差だろうか。進化の分岐点を間違えた気がする。


「えっと、サッカー部でー、趣味は映画鑑賞です!よろしくお願いしまーす!」


拍手。リア充特有の無敵バリア付き笑顔。


一方その頃、俺の心臓はすでにラスボス戦のBGMを流していた。


(やばい、無理、帰りたい)


いや帰れない。ここは現実だ。ログアウトボタンはない。


考えろ。せめて事故らない最低限の構成を。


名前。うん、これはいける。

趣味。……ライトノベル鑑賞。い、いけるな。

特技。そんなものはない。

一言。何を言えばいいんだ。存在してすみませんとか?


前のやつが終わる。拍手。視線が一つ、また一つとこちらへ近づいてくる。


そして、運命の瞬間。


「はい、次」


クラス全員の視線が、俺に突き刺さる。


―――記憶がない


緊張しすぎて自分が何を口走ったか覚えていない。

しかし自分の番は終わった。俺は安堵しつつ次の生徒の自己紹介に耳を澄ませる。


「一ノ瀬凛です」


一気に教室が騒がしくなる。


「やっぱそうだって」

「テレビ出てた子じゃん」

「子役の」


クラスのどこかからそんな声が聞こえてくる。

(え?そんなすごい人なの)

ドラマなんてほとんど見たことない俺にはわからん。


「よろしくお願いします」


終わり。


「いや短くない?」

「もっとなんかあるでしょ」

「特技とかさ」


誰かが笑いながら言う。


軽いノリ。悪気はないやつ。


少しだけ、考えて


それから、にこっと笑う。


「特技は……特にないです」


その笑顔の破壊力はすさまじい。俺がもしラノベの主人公ならきっとここで恋に落ちて何かが始まっていただろう。まさに正ヒロインだ。


「いやいやあるでしょ」

「元子役でしょ?」

「何出てたの?」


クラスの陽キャたちから質問が止まらない。


“興味”と“期待”が混ざったやつ。


「昔ちょっとだけやってましたけど、もうやめてます」


さらっと言う。なんか笑顔が怖いんだけど気のせいだろうか。


「なんでやめたの?」


一番聞かれるやつ

「飽きちゃって」


間を置かずに続ける。


「普通がいいなって思って」


笑ってる。さっきと同じ顔。

関わるのは辞めておこう。何か怖い


担任が手を叩く。


「はいはい、そのへんでー」


空気が散る。


興味も一緒に散る。どこかとっつきにくそうな部分にきっと周りも気が付いたのだろう。






無事自己紹介も終わった放課後


スマホが震える。


画面を確認すると菊からのメッセージと表示されている。


「最悪だ。」


「談合部入りなさい。私の思い出の部活よ。何としても存続させなさい!部室、旧校舎の一番奥ね~」


姉である中間菊。今は海外留学中だが、身勝手さと横暴さは今でも健在らしい。


「談合部ってなに」


送る。既読つく。返信こない。


海外だから時差とかあるのかも!そーゆ―ことにしておこう。


俺は自分に言い聞かせた。


旧校舎の少し雰囲気のある廊下を歩く。入学式当日なんだから当たり前か

旧校舎は現在、主に人気のない文化部の部室に使われているらしい。


ちょっとした音が響く。廊下の突き当りの一番奥のそれっぽい扉。


プレートが斜めにかかってる。いかにも使われていなさそうだ。


『談合部』


雑だな。


「帰るか」


一応言ってみる。誰も止めない。

なんか意味もなく口に出したくなることってあるよね


少し扉を開けた瞬間、空き教室の空気がふわっとこぼれた。

西日が机に斜めに刺さって、誰もいないはずなのに、なぜか「ちょっと前まで誰かいた」感じだけが残ってる。


……こういう場所って、大体ロクなこと起きないんだよな。机がちょっとズレてて、生活感があるのかないのかよくわからない。


ふと、風の流れを追うように窓際に目を向けると


一人。



「……は?」


思わず声が出てしまう。


黒髪。見覚えある顔。


俺に気づいてないらしい。そんなに影が薄いのだろうか


耳を澄ますと何やら窓の外を見ながら、ブツブツ言ってる。



「……“もったいない”ってなに」


声は小さいけど、ちゃんと聞こえてくる。


「なにを基準にしてんの」


腕を組み、窓の外を眺めながらぶつぶつ言っている。


「こっちは頼んでないんだけど」


ちょっと面白くなってきたのでバレるまで聞いていることにする。


「勝手に期待して、勝手にがっかりして……まあ、負けただけなんだけど」


少ししんみりとしだした。負けた?何の話だろう。


「——で?」


急にこっちを見る。


目が合う。



「いつからいたの」


バレてた⁉いつからだ。そんな目で睨まないでくれ~


「“もったいない”あたりから」


「最悪」


「すいません」


「途中で止めるとかないの」


「止めたら続き気になるでしょ」


「どういう意味?」


美人の笑顔は万病に効くと聞いていたが、この笑顔の前では二度とそんなこと言えないであろう恐ろしい笑顔だ。



「私……空き教室かと思ってた。あなたが来るってことは何かの部室なの?」


教室を見渡す。


「まあそう思うのも無理はない。実際ここ数年は部員もいなくてほぼ空き教室だったらしいから」


「でしょ」


(でしょってなんだ?)


よくわからない返答に俺は疑問符を浮かべながら部室の入り口を指さした。


「部室らしい」


一ノ瀬が振り返えってプレートを確認する。


『談合部』


「……なにそれ」


「俺も今来たばっかでよくわかってない。ここで数年前まで活動してた部活らしい」


「何をする部活なの?」


「知らん。談合じゃね」


「終わってるね」


完全に同意。なんなんだ?談合する部活って。名前だけのたまり場だろ絶対



少し静かになる。一ノ瀬が窓の外を見る。


「……ここ、人来る?」


「来ないだろうな」


「いいね」


「申し訳ないが俺はこの部活に入らなくちゃいけないから来るぞ」


「まあいいわ。私の独り言もどうやら聞かれてたみたいだしね?」

ジロりと鋭い眼光が俺を突き刺す。


(……いや待て、なんでこんなに汗かいてんの俺)

焦りってやつはほんと質が悪い。自覚した瞬間、逃げ場みたいに汗になって出てくるんだから。


「それはすいません。けど負けたってのはどーゆーことなんだ?」


これだけは聞かずにはいられない。一ノ瀬の独り言はどこか寂しさを孕んでいる気がした。

俺からしたら一ノ瀬は持っている側の人間だ。けれど持っている側にもその上澄みの中での優劣というものがあるのかもしれない。


椅子に座り直して一ノ瀬は口を開いた。


「めんどくさ」


軽く悪態をつく


「勝てなかったってこと」


「雑すぎない?」


あまりに単純な答えが出てきて反射的に突っ込んでしまう。

  

「じゃあ丁寧にいくね」

変わらず不気味な笑顔で続ける。


「ああ。頼む」


「前はさ、そこそこ需要あったの」


「需要?」


「“とりあえずこの子入れとけば大丈夫でしょ”枠」


「便利だな」


「便利だったよ。私従順だったし」


「自分で言うな」


肩をすくめる。


「で、気づいたら」


「うん」


「“あの子最近見ないね”枠にランクアップ」


「ダウンしてない?」


「してる」


即答。けどよくある話だ。昔は売れっ子だった子役が気が付いたらテレビに出なくなって。みんなに忘れられていく。その時、子役だった子は何を思うのだろうか。


「で、それって負けなのか?」


「負けでしょ」


「だって同じゲームにいないし」


「ゲームなんだ」


「ゲームだよ。レベル差ありすぎてマッチングしないやつ」


「それはつらい」


案外ゲーマーなのか?なんにせよ高校生男児にものすごくわかりやすい例えで助かる。


「つらいねー」


全然つらそうじゃなく答える。


「で、たまに見るの」


「なにを」


「今売れてるあの子を」


「あの子?」


「“あ、これ勝てないやつだ”って顔してる。昔はそんな顔してなかった。ううん、そんな顔には見えなかった。」


「多分、私があの子をそんな顔にしたの。負けたって認めてしまった時から」


ちょっとだけ笑う。


「しかもさ」


自嘲気味に続ける。


「周りが“もったいない”って言ってくるの」


「あー」

わかる。何かを辞める時の周りからの言葉。そこに悪意がないことは分かっているけれど、自分の心の内も知らない他人に言われると鬱陶しくなる。

俺でもそうなのだ。一ノ瀬はきっともっとだろう。


「私の何を知ってんのって話じゃん」


「それはそうだな」


「でしょ」


少し表情が柔らかくなる。


「まあいいんだけどね」


「いいのか」


ちょっとだけ視線を逸らす。


「私はもう主役にはなれないから。」


「そうか?」

俺からしてみれば彼女は立派な物語の主役だ。


「うん」


少しだけ笑う。儚い美少女な笑顔で


そうか。もう彼女は立派な脇役なのだ。




主役じゃないやつにとって、

物語の始まりは、だいたい音がしない。


気づいたときには、少しだけ後ろにいる。


たとえば教室の、後ろの席とか。空き教室かも?


そこで初めて顔を上げたとき、

少しだけざわついている空気があって、

誰か一人に視線が集まっている。


ただ一つだけ言えるのは、


物語には重要な人間が、もう一人いるってことだ。


主役になれなかった側の人間が。


そんな彼女たちが、脇役たちが集まって物語を動かしたのなら、それはいったい誰が主役の物語なのだろう。

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