ながらスマホを取り締まったら、誰もいなくなった世界[査定社会別譚]
駅に救急車が3台、他にパトカーも臨場し、警察官が人の往来を制限している。さらにマスコミも中継を開始した。
「階段で転落事故が発生し、複数の負傷者が出た模様です」
熱を帯びた口調でレポートをしている。
特に重症の負傷者が担架で運ばれている。親子連れや通学途中の高校生、老人は重傷のようだ。
総理官邸
総理の大川は執務室で中継を見ていた。
「どういう事故なんだこれは」
大川が秘書官に尋ねる。秘書官は警察庁へ連絡し、報告を求めた。
「総理。サッチョウ(警察庁)からの報告で全貌が分かりました」
朝の混雑する時間帯。駅の階段を下りていた中年のサラリーマンが足を踏み外し、その下にいる人達を巻き添えにして転落させたというものだった。
「その原因というのが、第一当事者の男が、階段を降りる際にスマートフォンの動画を注視していたからという事でした」
秘書官は報告し、ノートパソコンを立ち上げる。駅の防犯カメラに特別コードでアクセスし、事故の様子を映し出した。
「何たることだ!階段を降りながらスマートフォンを離さず、挙げ句に大勢を負傷させる…許し難いぞこれは」
大川は憤慨していた。
「えぇ。それさえなければ、発生していなかった事故でしょうね」
秘書官は静かにノートパソコンを閉じた。
「禁煙など条例を設けても、取り締まりがないとなれば無視をする。この事故もそうだ。歩く時くらい前を見るという当たり前の事にすら、条例や法規制をせねばならんのかね」
大川が眉間に皺を寄せている。
「竹上さんに相談してはいかがでしょうか」
2時間後、総理官邸執務室に竹上が到着した。
「総理、お呼びでしょうか」
「AI技術者としての君に、相談を求めたい」
総理は竹上に、いわゆる「ながらスマホ」の規制について相談をした。
「確実に減らすならば、強い法規制をかける方が良いでしょう。しかし同時に、取締という実効性がなければ、直ちに無意味と化する可能性があります」
「本当は、それぞれが気づいて直すことが一番良いんだ」
大川が力無く呟いた。
「ポイ捨て禁止条例、屋外喫煙禁止条例、取り締まりがないと分かればやりたい放題です。民営化された駐車の取締ですら、緩い地域は全く変化がありません。やはり実効性が伴いませんと…」
そう言って、竹上は何かを思いついた表情になった。
「では総理、こういうのはどうでしょう。『ながらスマホ禁止法』を施行します」
「それだけでは不十分だ」
「さらに『ながらスマホ監視員』を配置します。街中のAIカメラで歩きスマホを監視し、付近で待機している監視員が取り締まりにあたる」
「それなら、最初から監視員が歩いている方が良いのではないかね」
「そうなると、監視員のいないところではながらスマホが横行します。カメラで監視され、どこから監視員が来るか分からない方が、抑止力になるのではと。減らすことが目的ならば取締と同時に、嫌でもやめなければならない環境を作り出すことです」
「よし、それで行こう。システムの詳細は君に任せる」
オフィスに戻った竹上は、システムの詳細を煮詰めることにした。
「村川君、君は、ながらスマホはするか?」
「しませんよ。武道家は隙をつくりません」
合気道の形を見せた。村川は合気道の有段者だ。
「でも、実際多いですよね。前を見ないで歩いているということは、相手が避ける前提でいるとしか思えません。危機感のなさだと思います」
「その通りだな、同感だ。そして甘えと、想像力の無さもあると思う。今朝の事故がそうだ。階段で足元ではなく画面を見ている…自分が踏み外すはずがないと思っているのだろうな」
「それすら想像できていなかったりして」
村川は軽蔑した表情を浮かべた。
1週間後、システムを完成させた竹上は総理を訪ねていた。
「歩きスマホは即時確保は強すぎますので、このような制度で運用したいと思います…」
「取り締まり要員は随時募集を行いますが、まずは近隣の企業及び大学の陸上部員に権限を与え、確保出来るようにします」
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「歩きスマホの実質的な禁止令が出されました」
マスコミが街中でインタビューしている。
「あんな事故があったしねぇ、仕方ないですね」
「マジクソっすね。ながらスマホ上等だよ」
「私は止めませんよ、誰にも迷惑かけていませんから」
即日施行された「ながらスマホ禁止令」により、極端に歩行者の手からスマホは見えなくなった。
それでも、あえて挑戦的な態度をとる中年のサラリーマンらしき男もいた。
「あの男ですね」
窓に真っ黒なスモークフィルムを貼られたマイクロバスの中で、男たちがAIカメラからの画像を注視している。
警報が鳴り出した。
「隊長、確保します!」
2人の男がマイクロバスから飛び出した。スマホ歩きの男が気づいて逃げ出すが、あっという間に確保された。
「なんていう速さだよ…」
男は完全に息が切れている。
「あなたは今、ながらスマホで、他者と接近していました。衝突を防止し、相手を負傷から守る為、確保した次第です」
ながらスマホ取締り隊長は、竹上の作ったシステムを男に説明した。
「歩行ベクトル予測」: スマホを注視している人間の数秒後の軌道を予測し、他者と接触する確率が 80% を超えた瞬間に、付近の監視員へアラートと「最短迎撃ルート」を送信。
「こんなのインチキだろ!誰が決めたんだ、俺が他人にぶつかるって」
マイクロバスの後部席から男が現れた。竹上だった。
「AIですよ、AIが判定しました。それ以前に、条例が施行されたにも関わらず、あなたは法を犯しました。あなたの罪は大変重たいですよ」
男はがっくりとうなだれた。
その後も監視カメラと陸上部による取り締まりは終日続けられた。そして誰一人逃げきれる者はいなかった。
中には、1週間で5度確保された者もいた。
確保された男はマイクロバスに連行され、竹上が尋問に当たった。
「貴方、反省していないようですね」
「俺の自由を侵害される覚えはねえぞ」
「周囲の人を危険に巻き込んでも、そう言えますか」
「そんなアホなマネはしねぇよ」
不貞腐れた態度で、完全に開き直っている。
「これを見てください」
竹上がパソコンのモニターを見せた。
「これ、『依存度スコアリング』と申しましてね。過去のカメラデータから、その人物がどれだけ常習的に歩きスマホをしているかを瞬時に特定します」
わずかに男の目が泳いだ。
「常習者には、罰金額が跳ね上がる『累進罰金制』となっているのですよ。あなた、分かっていますよね」
算出された金額を見て、男は椅子から崩れ落ちた。
「こんな金額…払えるかよ」
竹上は表情を変えずに男を見据えた。
「この金額は、あなたが将来起こすはずだった事故の『示談金の前払い』だと考えれば、妥当な数字です」
男がわずかに顔を上げた。
「AIの予測によれば、あなたはあと3日以内に階段で高齢者と接触し、全治3ヶ月の怪我を負わせる確率が 92% です」
「そ、そんなの予言だろ!」
「違いますね。予言などという非科学的なものではありません。統計学に基づいた『必然』ですよ。」
男は屈強なスタッフにマイクロバスから連れ出され、ハイエースに乗せられた。矯正施設での義務労働がこれから課せられる。
都市部では、歩きスマホ防止に関する法律が罰則付きの形でスピード成立し、即日施行された。
総理官邸
「竹上さんのシステムによって、いわゆる『ながらスマホ』は随分減りました」
秘書官が大川にデータをパソコンで見せる。
「本来なら、各々が気づいてやらなければ良いだけの事なんだ」
大川は苦々しい顔で秘書官を見た。
「自由を謳歌して、結果として制約を作ってしまう。矛盾していますね」
「その通りだ。自分勝手に自由を謳歌し、他人を危険に巻き込むなど言語道断だ」
その頃竹上は、オフィスで監視モニターを見ていた。村川がコーヒーを運んできた。
「パッと見は、ながらスマホは減りましたかね」
「うん、確かに規制が効いているのだろう。だが、これは根本的な解決策じゃない。あの階段事故のような悲惨な出来事の抑止力としては機能しているが」
「結局のところ、自覚するしかないって…でもそれは、竹上さんの嫌いな『性善説』でしたね」
村川が笑った。
「私は性善説が嫌いというわけではない。そこに頼るのが危険だと考えているだけだ」
竹上がコーヒーを飲む。
「村川君、一つ聞きたい。ながらスマホだが、それほどやめられないものか?私には、誰もが移動の時間すら費やす程の緊急性の高いことをしている様には思えん」
「そうですねぇ。おそらくですけど、没頭し過ぎて、公という世界にいるのに自分だけは隔絶された世界にいる、と思ってしまうのかもしれませんね」
この時間も繁華街や駅、あらゆる場所で監視員たちが監視を行い、あるいは確保をしている。
中にはバイクや車で逃走を図るものもいた。
「隊長、マル被が逃走を図りました」
取り逃がした監視員がインカムで報告をする。
「了解、シグナルコントロールを使う」
端末を操作し、逃走車の経路にある信号を全て赤にした。同時にNシステムと連携し、逃走車の現在位置を割り出す。
監視員達は改造された電動キックボードで、あっという間に逃走車に追いついた。
「隊長、マル被確保」
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「ながらスマホ防止法」と、それに基づく監視体制は、称賛の一方で様々な波紋も起こしていた。討論番組のテーマにもなっている
パネリストが大勢出演している番組
「私はね、自由の制限は反対です」
「無制限な自由なんてないんだよ!」
「私有財産に制限加えて良いんですか!?」
「怪我した人の前で言えるのか、それを」
「弾圧には徹底的に抵抗します!」
「うるさい、だまれ!」
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「村川君。ながらスマホを制限された人々はどうなると思う」
竹上が村川に問いかけた。
「どうでしょう…素直にやめるとは思いません」
「同感だ。個々人のスマートフォンの使用が禁止されたわけではない。要は使い方なんだ」
「そうですね。私有財産の制限ではありませんからね」
「私はね、必ず我慢が出来なくなる人たちが出てくると思う。実はそれをAIに判定してもらったよ。そうしたところ、恐ろしい予測が出た」
竹上が村川にモニターを見せる。
「えぇ!?信じられません!」
竹上のデスクの電話がなった。総理官邸からだった。
「承知しました。すぐに伺います」
総理官邸
「竹上君、これは予測していたかね」
総理は新聞の切り抜き記事を竹上に見せ、老眼鏡を外した。
「実はそれを算出したばかりでした」
竹上はデータをプリントアウトした用紙を見せた。
[都市部在住者の流出超過→過疎の地域へ]
[過疎の地域は歓迎の声]
[もう都市部には住めない]
[〇〇市は、ながらスマホ条例はありません]
新聞の切り抜き記事には、この様な見出しが載っていた。竹上は、ながらスマホを禁止された人々の次の行動を、AIで予測していた。
「ながらスマホをやめるのではなく、それが出来る地域に移住するとはね…恐れ入ったよ」
大川は呆れたように言った。
「結局、問題の起きる場所が変わるだけで、人間は変わらなかったという事です。ただAI予測によれば、移住先も三年以内にながらスマホによる問題が発生するとされています」
「問題を解決するのではなく、現状を継続出来る場所を変えたか…たくましいものだ」
大川は苦笑いをして竹上を見た。
「総理。遅かれ早かれ問題はまた起きます。やはり、問題を起こしている人たちが根本を理解しませんと、何の解決にもならなりません」
そう言って、竹上は執務室を出た。
終
お読みくださりありがとうございました。
久々に「査定社会」を創作いたしました。
お楽しみいただけたら幸いです。




