第7話
前回のあらすじ
セラピーの苛烈な指導による「地獄の修練」に身を投じる仁。異世界の洗礼ともいえる過酷な修行に、病を抱えた体は限界を迎えようとしていた。しかし、かつての無気力な自分を振り払うかのように、仁は何度でも立ち上がる。
そんな彼に、キュアは伝説の霊峰『星祈峰』の存在を明かす。「どんな願いも叶う」とされるその山は、皮肉にも仁が日本で幼馴染のために祈った『星願山』の記憶を呼び覚ますこととなった。
「願いなんて、もうない」と言い放ち、自らの余命を突きつける仁。だが、その瞳に宿る熱い光を、キュアは見逃してはいなかった――。
夕闇が王城の中庭を、しっとりとした紫のベールで包み込んでいた。
修行を終えた河西仁は、彫刻の施された重厚な石のベンチに腰を下ろし、燃えるような夕焼け空を見上げていた。
「……つ、疲れた。死ぬかと思った……」
腕が、心臓の鼓動に合わせてじりじりと熱を持っている。
メイド・セラピーの指導は、控えめに言っても「鬼」だった。
木剣を振るという動作が、これほどまでに全身の筋肉を、そして限られた体力を削っていくものだとは思いもしなかった。
重い体を引きずるように座り込んでいると、すぐ近くで鈴を転がすような笑い声が響く。
「なんとも情けない姿じゃな、仁」
顔を上げると、そこにキュアが立っていた。
夕日に照らされた彼女の金髪は、まるで残り火を纏っているかのように赤く輝いている。
「王女様は、元気すぎるだろ……」
「わらわは毎日、この城の誰よりも鍛えておるからの」
キュアは当然のように仁の隣に腰を下ろした。
少しだけ顔を近づけ、覗き込むように彼の顔を観察する。
「体、本当に大丈夫か? 酷く青白いが」
その瞳には、主としての威厳よりも、一人の少女としての純粋な心配が滲んでいた。
仁は無理に口角を上げ、軽く笑ってみせる。
「……まあな。元々、丈夫な方じゃないんだ。少し休めば平気だよ」
キュアはそれ以上追求しなかった。
ただ、一瞬だけ、誰にも気づかれないほど微かに眉をひそめた。
しばらくの間、二人の間には心地よい沈黙が流れた。
空の赤みが次第に深まり、夜の帷が降りてくる。
遠くの空に、昼間見上げたあの山のシルエットが、より鮮明に浮かび上がっていた。
「なあ」
仁が、その山を指差した。
「あの山、星祈峰って言ったっけ」
キュアは静かに頷く。
「そうじゃ。王国の人々が、神話の時代から語り継いでいる聖なる山。山頂に辿り着き、祈りを捧げれば、どんな願いも叶うと言われておる」
仁は、どこか遠くを見るような目で笑った。
「……おかしな話だよな。まるで俺の世界にも、同じ山があるみたいだ」
「ほう、異世界にもか?」
「ああ。俺のいた町にも、似たような言い伝えのある山があったんだ。名前は違うけど、ルールはほとんど同じでさ」
山頂に行けば願いが叶う。
ただし。
「自分のための願いは、決して叶わない」
キュアが、仁の言葉を遮るように言った。
仁は驚いて、彼女の横顔を見つめた。
「……それも、同じなのか」
キュアは瞳を細め、宵闇に溶けゆく稜線を見つめる。
「面白いのう。海を越え、空を越えた別の世界に、同じ理の山があるとは」
「それだけじゃない」
仁の声が、少しだけ低くなった。
「願いが叶う代わりには、必ず相応の『代償』がある。何かを得るには、何かを捨てなきゃならない。それがルールだった」
仁は膝の上に置いた自分の手を見つめた。
「……実はさ、俺、一回だけ登ったことがあるんだ。8年前、まだガキだった頃に」
次回公開は20時!!




