第5話
――前回のあらすじ――
城のメイドたち(メディシナ、クリニカ、セラピー、メディカ)と対面する仁。
キュアは強引に仁を自分の「護衛」に任命し、これから鍛えると宣言する。
その直後、仁は胸に激痛を感じて倒れ、自分が余命一年の病人であることを再認識する。
キュアは仁の様子を見て「おぬしも、そうなのじゃな」と寂しげに呟くが、改めて彼を城に置くことを決意する。
朝の柔らかな光が、王城の高く細長い窓から差し込み、豪華な絨毯の上に幾何学的な模様を描いていた。
河西仁は、天蓋付きのベッドの中で、見慣れない高い天井をぼんやりと見上げていた。
昨夜までの自分なら、目覚めて最初に見えるのはアパートの染みの浮いた天井だったはずだ。
「……夢じゃ、なかったんだな」
体を起こすと、パジャマ代わりの柔らかな布地が肌に触れる。
それと同時に、胸の奥に針で刺したような鋭い痛みが走った。仁は思わず胸を押さえ、細く息を吐き出す。
(……やっぱり、病気は消えてくれないのか)
昨夜、日本の病院で告げられた「余命一年」という宣告。
異世界へ飛ばされても、その呪いのような現実は、影のようにピタリと背後に張り付いているらしい。
「仁様、お目覚めでしょうか?」
控えめなノックの音とともに、扉が開いた。入ってきたのは、眼鏡の奥に知的な瞳を光らせたメイドのメディシナだ。
彼女はこの城のメイドたちを束ねる、冷静沈着なまとめ役だという。
「朝食の準備が整っております。キュア様がお待ちです」
「……ありがとうございます。すぐ行きます」
仁は重い体を動かし、着替えを済ませて食堂へと向かった。
食堂の円卓では、すでに金髪の王女キュアが、行儀悪くパンをかじりながら座っていた。
朝日を浴びた彼女の髪は、まるで溶けた黄金のように美しく輝いている。
「遅いぞ、仁! 主を待たせるとは何事じゃ」
「いや、こっちはまだ状況に体が追いついてないんだよ」
「護衛ならば、主が目覚める一刻前には門の前に立っておらねばならぬ」
「だから、護衛を引き受けた覚えはないって……」
言い合いながら席に着くと、メイドのクリニカが手際よく料理を運んできた。
湯気の立つ野菜たっぷりのスープ、香ばしく焼かれた厚切りの肉、そして焼き立てのパン。
一口スープを口に含むと、滋味深い味わいが五臓六腑に染み渡る。
「……うまい」
「じゃろう? わらわの国の料理は世界一じゃ」
キュアは自分のことのように胸を張り、満足げににやりと笑う。
その無邪気な笑顔を見ていると、自分が死を待つ身であることさえ、一瞬だけ忘れそうになるから不思議だ。
だが、安らぎの時間は長くは続かなかった。
朝食を終えるなり、キュアは勢いよく立ち上がった。
「よし、仁。修行じゃ!」
「……は?」
嫌な予感が、的中した。
城の裏手に広がる訓練場は、乾いた土の匂いが立ち込めていた。
整然と並ぶ武器棚や、無数に傷のついた木製の人形が、ここが戦いの場であることを物語っている。
そこで待っていたのは、ポニーテールのメイド、セラピーだった。
彼女は細身だが、その立ち姿からは隙のない武人のような威圧感が漂っている。
「本当に、この病弱そうな少年が護衛なのですか?」
セラピーの疑いの眼差しが仁を射抜く。
「姫様を守るには、あまりに線が細すぎるかと」
「まあ、それは否定できないな」
仁は苦笑しながら、差し出された練習用の木剣を受け取った。
ずしりと重い。
重心が指先に食い込み、それだけで腕が震えそうになる。
「まずは振ってみてください。全力で」
「……こうか?」
ブンッ、と空気を切る音が響く。
だが、それはあまりにも力なく、重心の定まらないものだった。
セラピーは深いため息をつき、首を振った。
「……ひどいものです。近所の子供の方が、まだマシな筋をしていますよ」
「手厳しいな……」
容赦ない評 価に肩を落とす仁だったが、隣で見ていたキュアはなぜか楽しそうだった。
「よいよい。最初は誰でもそんなものじゃ。おぬしはこれから、必ず強くなる」
「そんな簡単に言うなよ。俺の体、知ってるだろ?」
「簡単ではない。じゃが、おぬしならできる」
キュアの表情からふっと幼さが消え、真剣な光が宿る。
その言葉には、根拠のない自信以上の、何か重い確信がこもっているように感じられた。
次回は翌日18時に公開します。




