第11話
――前回のあらすじ――
セラピーの過酷な指導に耐え、泥臭くも生きる力を刻み始めた仁。そんな彼を連れ出し、王女・キュアが向かったのは陽光あふれる城下町・エアルデだった。
「王女様も腹は減るのじゃ!」
慣れない屋台の列に照れるキュアと、呆れながらも菓子を買い与える仁。異世界の賑わいの中で交わされる軽口は、二人の距離を少しずつ縮めていく。
だが、宝石店で見せたキュアの物憂げな横顔、そして仁の脳裏をかすめた既視感――。穏やかな時間の中に、拭い去れない「過去」の断片が顔を覗かせる。
「ああ。楽しかったよ。異世界に来て、一番な」
その言葉に安堵したキュアの微笑みも束の間、仁を襲ったのは心臓を掴むような鋭い激痛。
世界の美しさを知るほどに、残酷な「余命一年」のカウントダウンが静かに、しかし確実にその音を大きくしていくのだった。
夕暮れの柔らかな光が、王城の庭園を琥珀色に染め上げていた。
芝生の上に大の字に寝転んだ河西仁は、肺の奥から絞り出すような吐息を漏らした。
「……死ぬ。今度こそ、本当に死ぬ……」
目の前には、転がった木剣と、無数の打撃痕が刻まれた訓練用の人形。
朝から始まったメイド・セラピーの猛特訓は、休憩という概念が欠落していた。
「まだ、倒れるには早いですよ。心臓が動いているうちは、筋肉を動かせます」
冷徹な声が背後から飛んでくる。
振り返ると、そこにはお盆に銀のデキャンタを載せたメイド、メディカが立っていた。
「水……、ありがとうございます……」
仁は這い上がるように上半身を起こし、受け取ったコップの水を一気に煽った。
喉を焼くような渇きが癒え、冷たい感触がじわじわと全身に染み渡っていく。
「仁様は、本当によく頑張りますね」
メディカが、慈しむような微笑みを浮かべて隣に屈み込んだ。
「そう見えるか? ただ、やらされてるだけだよ」
「いいえ。普通の方なら、三日と持たずに逃げ出しています。仁様の瞳には、何か……強い意志のようなものを感じます」
「逃げる場所なんて、どこにもないからな」
仁は自嘲気味に笑った。
この異世界でも、そして自分の運命からも、逃げ場など存在しない。
その時だった。
「仁ーーーっ!」
静かな夕暮れを切り裂くような、弾んだ声。
黄金の髪をなびかせ、キュアがこちらへ駆けてくる。
夕日に照らされた彼女の姿は、まるで光そのものが形を成したかのようだった。
「今日の修行は終わりじゃ! よいな!」
「……相変わらず、急だな。今度はなんだよ」
「決まっておる。遊びじゃ!」
「王女様が、遊びかよ」
「王女じゃからこそ、遊びにも全力なのじゃ!」
キュアは腰に手を当てて堂々と宣言した。
二人がやってきたのは、城の最奥にひっそりと佇む裏庭だった。
中央には鏡のような小さな池があり、周囲を取り囲む古木が静かに枝を伸ばしている。
喧騒から切り離された、奇跡のような静寂がそこにはあった。
「ここ、いいじゃろ。わらわが一番気に入っておる場所じゃ」
キュアは芝生の上に無造作に腰を下ろした。
「……確かに。落ち着く場所だな」
仁もその隣に座り、水面に映る燃えるような夕日を見つめた。
風が止まり、世界が一時停止したかのような錯覚に陥る。
「仁」
「ん?」
「今日は、おぬしの話を聞かせてくれ」
キュアが、膝を抱えながら仁を覗き込んできた。サファイアの瞳が好奇心に揺れている。
「わらわの知らない、おぬしの世界の話
じゃ。……何でもよいぞ」
仁は少し迷い、やがて遠い空を見上げた。
記憶の引き出しから、一番奥に隠していた物語をゆっくりと取り出す。
「……俺さ。子供の頃、たった一人の幼馴染がいたんだ」
キュアの肩が、ピクリとわずかに震えた。
「学校も、帰り道も、遊ぶ時もずっと一緒。腐れ縁ってやつだな。そいつは、とにかく元気なやつだったんだ。よく笑って、たまに泣いて……。でも、誰よりも優しかった」
仁の脳裏に、ひまわりのように笑う少女の姿が浮かぶ。
「でもある日、急に病気になったんだ。入院して、学校にも来れなくなって。……だから俺、毎日見舞いに行ったんだ。先生に怒られても、親に止められても、病院のベッドの横にいた」
キュアは何も言わず、膝に顔を埋めるようにして聞き入っていた。
「そいつ、よく言ってたんだよ。『あの山に登りたい』って。俺の町には、願いを叶えてくれる伝説の山があったから。……一緒に登ろうって、何度も約束したんだ」
仁の声が、少しだけ掠れた。
「でも……、その約束は守れなかった。結局、俺一人で登ることになったんだ」
次回公開(これからは1日4本投稿でやります)
3/20(金)19:30〜




