確実に何かが変わって行く気配
翌朝、御言はいつも通りの時間に目を覚ました。
頭は冴えていて、喉の渇きもない。昨夜飲んだ酒の名残らしきものは、どこにも感じられなかった。
「……酒って、こんなものなのか」
寝台の上で小さく呟き、上体を起こす。
身体に違和感はない。痛みも、怠さもない。
ただ、酒を飲んだと言う記憶だけが事実として残っている。
カーテンに手をかけ、勢いよく開いた。
朝の日差しが部屋いっぱいに流れ込む。
その瞬間――
太陽の白い光が、昨晩ふと脳裏に浮かんだ薄暗い部屋の、パソコンの光と重なった気がした。
「……っ」
御言は軽く頭を振る。
映像はすぐに霧散し、目の前には宿の見慣れた部屋があるだけだった。
(考えすぎだ。酒のせいだろ)
そう結論づけて、思考を切り替える。
「……パーティのこと、どうするか決めないとな」
独り言のように呟きながら、支度を始める。
剣を腰に下げ、鞄を整える。
固定のパーティを組む。
それは、行動を共にするという以上に、距離を共有するという意味を持つ。
御言にとって、それは簡単なことではない。
他人を、自らのパーソナルスペースに招き入れるという行為だからだ。
そして、もう一つ。
共に過ごす時間が増えれば、避けられない問題がある。
――固有スキル。
言わなくても、彼女たちは深く詮索してこないかもしれない。
だが、もし戦闘中に――
自分を庇ったことで、ソフィアかマリアのどちらかが致命的な傷を負ったら。
(……それだけは)
考えが堂々巡りになる。
一人で答えを出すには、材料が足りなかった。
「……意見、聞きに行くか」
そう決めて宿を出た。
ギルドに着いた頃には、いつもより少し時間が遅れていた。
中はすでに賑わっており、冒険者たちの声が飛び交っている。
御言は視線を巡らせ、目的の人物を探す。
――初めて会った時は、自分を依頼人と勘違いして声をかけてきた男。
冒険者になってからは、時折言葉を交わすようになった、あの熟練の冒険者。
「……いた」
クリスはカウンターに肘をつき、受付嬢と雑談していた。
御言が近づくと、クリスは気配に気づいて振り向く。
「おっ。英雄のご登場だな?」
「……え?」
意味が分からず首を傾げる御言に、受付嬢がくすりと笑う。
「御言さん、ご存じありませんでした?」
「何をですか?」
「オットーさんとロイさん、正式に冒険者を辞めたそうです。それで……」
言葉を継いだのはクリスだった。
「その二人を助けたのが、お前だって話が回ってる」
「……そんな」
御言は視線を逸らし、気まずそうに頬をかく。
「大したことはしてません。ただ、たまたま居合わせただけで……」
「はいはい」
クリスは楽しそうに笑い、からかうのをやめない。
だが、その調子に悪意がないことは、御言にも分かった。
一拍置いて、御言は本題を切り出す。
「……実は、相談があって」
「あ?」
「マリアさんに、固定パーティに誘われました」
その言葉に、クリスは一瞬だけ目を見開き、すぐに大きく頷いた。
「いいじゃねえか」
即答だった。
「え……でも、俺なんかが入っても」
「合わなきゃ抜けりゃいい」
「……そんな簡単に?」
「簡単だろ」
クリスは肩をすくめる。
「パーティなんてな、結婚じゃねえんだ。試して、駄目ならやめる。それだけの話だ」
御言は言葉を失う。
「それで……問題がある理由は?」
そう聞き返され、御言は口を開きかけ――閉じた。
問題。
考えていたはずの不安が、言葉にしようとすると輪郭を失う。
「……特に、ありません」
「だろ?」
クリスは満足そうに頷いた。
結論は、出ていた。
あとは、伝えるだけだ。
「……ありがとうございます」
「いいって。気にすんな」
クリスはそう言ってから、ふと視線をずらし、クエストボードの方を指差す。
「それより、ほら」
御言が振り返ると、そこには二人の姿があった。
掲示板の前で、依頼書を見比べているマリアとソフィア。
胸の奥が、わずかにざわつく。
御言は一歩、前に出た。
「……おはよう」
二人が振り返る。
「色々考えたんだけど……」
一瞬、言葉が詰まる。
だが、足は止まらなかった。
「ぼくと、パーティを組んでくれないかな」
御言の中で確実に何かが変わって行く気配。
空気が、静かに揺れた。
お読みいただきありがとうございます。
自分から、一歩踏み出すことを選んだ御言。
温かい仲間と、少しずつ広がる世界。
それが彼にとって、救いになることを願って。
昨日から今日にかけて、多くの方に読んでいただき、さらに初めての評価もいただけて本当に光栄です。
引き続き、彼らの歩みを見守っていただければ幸いです。




