唐突な既視感
酒場の喧騒は、夕暮れとともに一段と賑やかさを増していた。
木製のテーブルに並ぶジョッキの音、笑い声、どこかで鳴る弦楽器。
御言は指定された席で待ちながら、ぼーっと空席を前にしていた。
やがて扉が開き、姿を見せたのはマリアとソフィア――二人だけだった。
「あれ……オットーさんとロイさんは?」
自然と口に出た問いに、二人は一瞬だけ視線を交わす。
「……ああ」
先に口を開いたのはマリアだった。
「二人とも、今日でパーティを抜けたよ。ゴブリンにやられたのが相当こたえたみたいでさ。田舎に帰って農業でもするってさ」
ソフィアも小さく頷く。
「命に別状はありませんでしたけど……怖かったんだと思います」
卓に、わずかな沈黙が落ちる。
「……そう、ですか」
御言はそれ以上、何も言えなかった。
その空気を嫌ったのか、マリアがぱん、と手を叩いた。
「そんな湿っぽい話はナシだ! 生きてるし、飲める! ほら、乾杯しよう!」
有無を言わさぬ勢いでジョッキが配られる。
「じゃ、今日を乗り切ったことに――乾杯!」
「か、乾杯……」
ソフィアが少し控えめに、御言もそれに合わせる。
初めて飲んだ酒は、意外にもすんなりと受け入れることができた。
「それにしてもさ」
マリアが肘をつき、御言を見た。
「詮索するつもりはないけど…⋯アンタ凄いな。3対1で余裕の勝利だもんな」
「いえ、そんな……偶然です」
御言は曖昧に笑う。
「偶然であんなことは出来ませんよ」
今度はソフィアが続いた。
「認定クエストの時も、御言さんのおかげで何とかなりましたし」
二人の視線が、揃ってこちらに向く。
「……買いかぶりすぎです」
「またまた」
「本当です」
それ以上言葉を重ねることもなく、三人はそれぞれ酒に口をつけた。
けれど、場の空気はどこか柔らいでいた。
やがてマリアが話題を変える。
「でさ、御言。普段はどんなクエスト受けてるんだ?」
「えっ、と⋯⋯採取がほとんどです。森の浅いところで」
「ええっ、それは勿体ない!」
即座に声を上げるマリア。
「でも……慎重なのも、御言さんの良いところだと思いますよ?」
ソフィアはそう言って、柔らかく微笑んだ。
「慎重、ねぇ……」
マリアはそう呟きながら、御言の脇腹――
ゴブリンに槍で貫かれた、あの辺りに視線を向ける。
訝しげな目。
そして、何かを思いついたように顔を上げた。
「ねえ、御言」
「はい」
「私たちとパーティ、組まない?」
「はい?」
唐突な提案だった。
「え……急に言われても困ります」
「いいじゃないか。実力は見たし、人柄も悪くない」
マリアは食い下がる。
「マリア、困らせるものじゃありませんよ」
ソフィアがすっと割って入る。
「御言さんにも考える時間が必要です」
「むー……」
マリアは少し不貞腐れたように唇を尖らせ、黙り込む。
――と思った次の瞬間。
「……ねえ、御言」
突然、マリアが立ち上がり、御言の手を両手で包み込んだ。
「パーティに入ってくれたらさ。野営のとき、いいことがあるかもしれないよ?」
身を乗り出し、胸元を強調する。
「えっ……!?」
御言の顔が一気に熱くなる。
「え? うちの野営の装備、そんな整ってましたっけ?」
ソフィアは本気で分からない顔をしている。
「と、とりあえず……考えさせてください」
御言は慌てて手を引っ込める。
「いい手だと思ったんだけどなあ」
マリアは悪戯っぽく笑う。
――その笑顔を見た瞬間。
御言の視界に、唐突な既視感が走った。
酒場の明かりと重なって見える、薄暗い部屋。
パソコンの画面だけが灯す、白い光。
胸の奥が、ちくりと痛む。
「……?」
違和感を覚えた次の瞬間、景色は元に戻っていた。
(……酒、か)
初めて飲む酒のせいだろう。
そう、自分に言い聞かせる。
「御言?」
「大丈夫ですか?」
二人が不思議そうな顔を向ける。
「……何でもないです」
御言は首を振った。
「ちょっと酔ったみたいなので……今日は、ここまでにしませんか」
「えー⋯⋯」
申し訳無さそうに御言が提案するとマリアが口を尖らせる。
「マリア、迷惑ですよ」
すかさずソフィアはまだ飲み足りなさそうなマリアをなだめる。
この二人は以前からの知り合いなのだろうか、妙に息が合っているように見えた。
「それじゃあ⋯⋯また、改めて」
渋るマリアをよそ目にソフィアと軽く挨拶を交わし、酒場の前で別れた。
夜道を歩いて宿に戻り、御言は部屋のベッドに腰を下ろす。
先ほどの薄暗い部屋の光景を思い返すが、答えは出ない。
「……やっぱり、酒のせいか」
そう結論づけ、思考は自然と別の方向へ向かう。
パーティの話。
嫌なわけではない。
むしろ、少し――楽しかった。
だが、固定のパーティを組むなら、自分のスキルのことも、いずれ話さなければならない。
そのリスクと、仲間を持つことへの、わくわくした気持ち。
御言の心は、その二つの間で静かに揺れていた。
お読みいただきありがとうございます。
初めてのお酒、そしてマリアからの誘い。
順風満帆な異世界生活に見えますが、ふとした瞬間に過ぎった「白い光」は何だったのか……。
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