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悪くない

ギルドを出たあと、御言はしばらく街をあてもなく歩いていた。


木製の冒険者証は、服の内ポケットにしまってある。

それでも、そこに「在る」ことが分かるだけで、不思議と背筋が伸びた。


――冒険者。

まだ実感はない。

けれど、確かに一歩は踏み出したのだと思う。


受付嬢から教えてもらった宿屋は、ギルドからそう遠くない場所にあった。

「旅人の止まり木」という、いかにもそれらしい名前の宿だ。

中に入ると、木の床がきしみ、温かいスープの匂いが漂ってくる。


忙しいのか受付の女性は一瞬だけこちらを見ると、慌ただしく宿帳を取り出した。


「一泊ですね? 朝食付きで、こちらの部屋になります」


その態度に文句を言いたい気持ちもあるが、鍵を受け取った瞬間胸の奥が少し高鳴った。


――自分で稼いだ金で、宿に泊まる。

たったそれだけのことなのに、妙に誇らしい。


中に入って見回すと、部屋は簡素だったが清潔でちゃんとベッドもある。

何より、異世界っぽく感じた。


扉を閉め、鍵をかけた瞬間。

御言は、ベッドに腰を下ろし――

そのまま、仰向けに倒れ込んだ。


「……はあ」


天井を見つめながら、息を吐く。

今日一日の出来事が、ゆっくりと頭の中を巡る。


森。

ウルフ。

ソフィア。

そして、初めての報酬。


「……悪く、ないな」


誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。


達成感。

高揚感。

それと同時に、少しの疲労。


認定クエストの報酬は、正直多くはない。

宿に一泊して、簡単な食事をすれば、ほとんど残らない程度だ。


それでも。


――明日も、動ける。

その事実が、今の御言には十分だった。


明日はギルドで、簡単なクエストを探そう。

無理のないものを、少しずつ。

そう考えながら、御言はいつの間にか眠りに落ちていた。



翌朝。

街の音で目を覚ます。


人の声。

馬車の音。

どこかで鳴る鐘。


――朝だ。

軽く身支度を整え、御言はギルドへ向かった。

まだ朝の早い時間だというのに、ギルド内はすでに賑わっている。


他の冒険者に習い、クエストボードの前に立ち依頼書を一枚一枚眺めていく。


討伐。

護衛。

採取。


その中で、ふと目に留まる名前があった。


「依頼主:ホッグ」


思わず、瞬きをする。


――昨日の商人だ。

内容は、森での薬草採取。

数も少なく、危険度も低い。


「……これも縁、だよな」


そう思い、その依頼を受注する。

受付で手続きを済ませ、指定された店へ向かった。


その店は、街の中ほどにあった。

中に入ると、すぐに声がかかる。


「……あれ?」


顔を上げたホッグが、目を丸くする。


「昨日の……! ゴブリンから助けてくださった方じゃないですか」


「こんにちは」


そう答えると、奥からチェルシーが顔を出した。


「あっ……!」


昨日とは違い、明るい表情で駆け寄ってくる。


「昨日は、本当にありがとうございました!」


改めて深く頭を下げられ、御言は少し慌てた。


「いえ……無事でよかったです」


ホッグは御言の服の内側に下がる鎖に視線を向けて、少し驚いたように言う。


「もしかして……冒険者に?」


御言は、冒険者証を取り出した。

木製のそれを見て、ホッグは目を細める。


「そうですか……本当に、冒険者になられたんですな」


「昨日、教えてもらったおかげです」


その言葉に、ホッグは嬉しそうに笑った。


「いえいえ。ですが、こうして依頼を受けてくださるとは……」


チェルシーも、ぱっと顔を輝かせる。


「じゃあ、これが最初のお仕事なんですね!」


「そうなる、かな」


その後、他愛もない話を二人と交わしながら依頼の内容を確認し、採取場所である昨日と同じ森へ向かうことになった。


森での指定された薬草の採取は、驚くほど順調だった。

それもそのはず、薬草は昨日認定クエストでウルフを討伐した場所のすぐ近くに群生していたため、数もすぐに揃った。


規定枚数を少し超える程度の薬草を集め、森を抜けようとしたところで、木々の間から人影が見えた。


「……あ」


先に気づいたのは、向こうだった。

栗色の髪を揺らしながら、ソフィアが立ち止まる。


「御言さん?」


彼女に顔と名前を覚えられていることに、少し胸が高鳴る。


「ソフィア」


どうやら、彼女もクエスト帰りらしい。

軽く言葉を交わし、それぞれの成果を確認する。


「順調そうですね」


「そっちも」


どうやら彼女も似たような採取クエストを受けたらしい。

昨日の経験を踏まえて一人での討伐クエストは危険だと改めて認識したそうだ。


短いやり取りだったが、どこか安心する。

同じギルドに所属する、知った顔。

それだけで、少し世界が近くなった気がした。


街へ着き、それぞれクエストの報告に向かうため簡単な挨拶をして別々の方向へ向かう。


分かれ際、ソフィアが小さく手を振る。

御言も、それに応える。


――冒険者としての生活は、まだ始まったばかりだ。


けれど。

この世界で、こうして一日を終えられるなら。


「……悪くない」


その言葉を、もう一度心の中で繰り返しながら、御言は街へと歩き出した。

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