生きられそうな世界
あれから何度もスキルを使用し、馬車の周囲に群がるゴブリンたちを一体ずつ斬り伏せていった。
最後のゴブリンの死体が地面に崩れ落ちる。
それを見届け、ぼくは荒い息を吐きながらようやく剣を下ろした。
血の匂いが鼻につく。
森は静まり返り、さっきまでの騒がしさが嘘みたいだった。
「……終わった、か」
自分の声がやけに遠く聞こえる。
少しして、馬車の中から物音がした。
軋む音とともに扉が開き、まず顔を覗かせたのは恰幅のいい中年の男だった。
「……あ、あの」
続いて、彼の後ろから少女が顔を出す。
怯えた様子で、けれど必死にこちらを見ていた。
二人ともぼくの姿を見た瞬間、言葉を失ったように固まる。
血に汚れた服。
剣を手に立つ、見知らぬ男。
――それでも。
次の瞬間、男は馬車から飛び降り深く頭を下げた。
「ありがとうございます……! あなたは、命の恩人です!」
勢いよく下げられた頭に、思わず目を瞬かせる。
「え、あ……」
何と言えばいいのか分からず、曖昧に声を漏らす。
すると、男は顔を上げ改めて名乗った。
「私はホッグと申します。行商をしておりまして……こちらは娘のチェルシーです」
「ほ、本当にありがとうございました!」
チェルシーもぺこりと頭を下げる。
その目は怯えよりもどこか憧れの色を帯びていた。
……まるで推しのアイドルでも見ているみたいな目だ。
「いえ……たまたま通りかかっただけです」
そう答えると、ホッグは首を横に振った。
「いえいえ、とてもそんな。あれだけのゴブリンを一人で倒すなんて……あなたは、高名な冒険者の方でしょう?」
冒険者。
その言葉が胸の奥で小さく反響する。
「……えっと、あの……」
否定も肯定もせずに濁すと、ホッグは納得したようにうなずいた。
「やはり。やっぱり冒険者の方は違いますな」
どうやらもう完全にそういう存在だと思われているらしい。
少し話をして、二人が無事だと分かるとホッグは申し訳なさそうに切り出した。
「もしよろしければ……近くの街までご一緒願えませんか? この辺りは、最近物騒でして」
断る理由はなかった。
「……分かりました」
そう答えると、チェルシーがぱっと表情を明るくする。
桃色の髪が彼女の動きに合わせて軽快に揺れていた。
馬車に揺られながら、チェルシーは色々な話をしてくれた。
街から少し離れた場所では魔物は珍しい存在ではないこと。
そのため、魔物を討伐して生計を立てる者たち――冒険者を護衛として雇ったこと。
「ミコトさんは、何かのクエストの帰りなの?」
ふと疑問に思ったのか、チェルシーが尋ねてくる。
先ほど曖昧な返答をしたせいでぼくは冒険者だと思われている。
騙したわけじゃないし、勘違いされたままでも正直問題はない。
それでも――
この世界で自分を偽って過ごすのはなんだか嫌だと感じた。
「ごめんね。ぼくは冒険者じゃないんだ」
その答えに驚いた表情を浮かべるチェルシーを横目にぼくは思案にふける。
仕事として、魔物を狩る。
その報酬で、暮らしていく。
……考えてみれば分かりやすい。
少なくともこの力を持ったぼくには。
馬車の中で、ぼくは小さく息を吐いた。
ここなら。
この世界なら――生きていけるかもしれない。
馬車の揺れに身を任せながらぼくは窓の外に目をやった。
流れていく木々と土の道。
この世界で、生きていく。
その言葉が少しずつ現実味を帯びてくる。
「……ねえ」
ぽつりと、声がこぼれた。
「冒険者になるには、どうしたらいいのかな」
自分でも少し意外だった。
こんなことを口に出して聞くなんて。
チェルシーは一瞬きょとんとした後、ぱっと顔を輝かせる。
「冒険者になるんですか!? ミコトさん!」
「うん……まあ、考えてるだけだけど」
すると、手綱を握っていたホッグが穏やかな声で口を挟んだ。
「冒険者になるなら、冒険者ギルドですよ」
冒険者ギルド。
聞き慣れた響きに思わず背筋が伸びる。
「各地に支部がありましてな。依頼の仲介や、身分証の発行、討伐の管理なんかをしてくれる場所です」
「じゃあ……」
「ええ。今向かっている街にも、ちゃんと支部がありますよ」
そう言ってホッグは前方を指さした。
「ちょうどいい。護衛のお礼もありますし、ギルドの場所くらいなら案内できます」
「……ありがとうございます」
自然とそう言葉が出ていた。
冒険者ギルド。
冒険者として生きるための、入口。
ぼくはまだ何者でもない。
でも――
選択肢が、確かにそこにある。
しばらくして、ホッグが声を上げた。
「おや……見えてきましたよ」
視線を前に向ける。
森が途切れ、その先に――
高い城壁と門を中心に広がる街並みが姿を現した。
人の気配。
煙の匂い。
生きている音。
「……街だ」
ホッグはどこか誇らしげに微笑む。
「ええ。ここが私たちの目的地です」
馬車はゆっくりと街へ向かって進んでいった。
やがて、城壁に囲まれた街が見えてくる。
門の前は人で溢れ、露店の声や獣の匂いが混じり合っていた。
「……すごいな」
思わず漏れた言葉にホッグが笑う。
「この辺りでは、一番大きな街ですからな」
門を抜けたところで馬車は止まった。
ここでお別れらしい。
「改めて、本当にありがとうございました」
ホッグは再び深く頭を下げる。
チェルシーも、少し照れたように言った。
「また……どこかで会えたら、いいですね」
「……ああ」
曖昧に笑って手を振ると、馬車は人混みに消えていった。
一人残され、ぼくは街を見回す。
人がいて、仕事があって、生活がある。
――冒険者。
その言葉をもう一度心の中で転がした。
「……行ってみるか」
そう呟いて、ぼくはホッグに教えてもらった冒険者ギルドへと足を向けた。




