――魔王と呼ばれるなら。 魔王らしく、生きてやろうか。
討伐対象と言われて以降、御言は森のさらに奥地へと身を潜めるようになった。
理由は単純だ。
――討伐に来る冒険者が、後を絶たなかったから。
どうやら、あの時逃げ出した冒険者が、御言の存在をギルドに報告したらしい。
それ以降、噂は尾ひれを付け、やがて正式な文書になり、討伐依頼として掲示されたようだ。
自称魔王は、公認の魔王へ。
「ギルド公認の魔王様、ね。それならライセンス証の素材は何になるんだ?」
からかうように、ダレカが言う。
「知らないよ」
御言は小さく肩をすくめる。
「……っていうか、ぼくはもう死にたいと思ってないのに。なんで君は消えないんだ」
御言がむっとした声音で言う。
「お前は俺だ。強がりくらいわかる」
即答だった。
「お前が死にたいかぎり。いつでも、いやでも、一緒に生きるしかないんだよ」
御言は返事をしなかった。
否定する気力すら、もう無かった。
その時だった。
木々の隙間から、足音がする。
四人分。装備の擦れる音。緊張した呼吸。
またか、と御言は思う。
「――お前が、ミコトだな」
冒険者の一人が、槍を構えたまま声を張り上げる。
御言は振り返らない。
「殺したいなら、殺してもいいよ」
淡々とした声。
「どうなってもいいなら、ね」
冒険者たちは一瞬、言葉を失った。
だが、それも一瞬だ。
「ふざけるな! 俺たちは――」
言葉の途中で、御言が槍に自ら突き刺さる。
腹部に、鈍い衝撃。
肉を裂き、臓を貫く感触。
――そして。
世界に、いつものように亀裂が走った。
視界が歪み、空間が悲鳴を上げる。
次の瞬間。
御言の身体は、何事もなかったかのように元に戻り。
代わりに、一人の冒険者が――肉塊へと変わっていた。
骨も、皮膚も、形を保てないまま、地面に崩れ落ちる。
「……あーあ」
御言は、飽き飽きしたように、深いため息を吐いた。
血の臭いにも、悲鳴にも、もはや心は動かない。
何度も。
何度も。
同じ光景を見てきた。
最近では、誰が死のうと関係ないとすら思うようになっていた。
どうせ、ぼくが死ねば、誰かが死ぬ。
なら、最初から同じだ。
――魔王と呼ばれるなら。
魔王らしく、生きてやろうか。
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
残された冒険者たちが、悲鳴を上げて逃げ出すのを追うように、御言はただ、森の外へと歩き出した。
終わらない。
止まらない。
死なないために、生き続ける。
殺されないために、殺され続ける。
それが――
御言の心をゆっくりと乾燥させていった。
「いいのか?」
ダレカが問いかける。
「構わない、もういっそこの世界と道連れに死んでやるさ」
御言は明るい様子で答える。
ぼくと関わった人が死ぬことで、ぼくが生き返り続けると言うのなら。
その全てが居なくなったら、どうなる?
どうせ、もう失うものは何もない。
ならば終わり方は自分の意思で決めよう。
「⋯⋯いいんだな、それで」
ダレカの声が遠くなる。
それもそうだ、ぼくは今死にたいわけじゃない。
森を出るまでの間、何人かの冒険者と出会う。
ぼくの事を知っている奴。
ぼくの事を知らない奴。
どちらも同じ。
ぼくに殺されるか。
ぼくを殺して死ぬか。
自ら選択して奪った罪の無い人間の命は、いつかの山賊を殺した時と変わらない重さになっていた。
森を出て、あてもなく彷徨い続ける。
意識してたわけじゃない。
そこに辿り着いたのは、偶然だった。
でも、見た瞬間に分かった。
――ああ、ここだ。
ぼくが、ソフィアを埋めた場所。
名前もない。
墓標もない。
花すらない。
それなのに、忘れるはずがなかった。
ぼくはしばらく、その場から動けなかった。
誰も、何も言わない。
それが、ひどく現実的だった。
風が吹いた。
森の奥とは違う、乾いた風だった。
血の匂いも、鉄の匂いもない。
ただ、土と草の匂いだけが、静かにそこにあった。
ぼくは、膝を折る。
祈るつもりはなかった。
謝る資格もない。
そもそも、何を言えばいいのか分からなかった。
ソフィアは、もういない。
それは、何度も確認した事実だ。
死んだ。
埋めた。
終わった。
――はずだった。
胸の奥が、ひどく鈍く沈む。
痛くはない。
涙も出ない。
ただ、確かに「そこにある」重み。
それだけだ。
それなのに。
この場所に立っていると、
死にたいと願っていた自分が、ひどく不格好に思えてしまう。
ぼくは、土に手を伸ばす。
柔らかい。
ちゃんと、踏みしめられる。
痛くもない。
苦しくもない。
怖くもない。
ぼくは今、死にたいわけじゃない。
それが、何よりも残酷だった。
立ち上がる。
振り返らない。
振り返ってしまえば、ここに縛られる気がした。
もう戻れない。
人としても、冒険者としても。
それでも、生きる。
死ねないから。
終われないから。
魔王と呼ばれるなら。
魔王として、生き続けるしかない。
ぼくは、再び歩き出す。
――次に誰かと出会った時、ぼくは何を思うんだろうか。




