世界のどこにも居場所がない、ただひとりの存在として。
あれから、どれだけの月日が流れただろうか。
季節は何度も巡ったはずなのに、ぼくの中では何も変わっていない。
誰とも関わらないように。
そして、死なないように。
そう心がけて生きている――つもりでも。
死は、不意に訪れる。
森で木の根につまずいた時。
川で足を滑らせた時。
夜、獣の気配に気づくのが一瞬遅れた時。
そのたびに、世界は軋み、そして――。
【新たに消費された生命:エドワード】
視界の端に浮かぶ、その冷たい文字。
「……誰だよ」
名前を見ても、何も思い出せない。
顔も、声も、立場も。
ただの“知らない誰か”。
それが、今では当たり前になっていた。
覚えているだけでも、もう三桁近い。
ぼくのせいで、死んだ人間の数。
彼らは、ぼくと話したことがあったのかもしれない。
遠くから見ただけかもしれない。
噂を、耳にしただけかもしれない。
そんな曖昧な「関わり」だけで、命は消費される。
……それでも、ぼくは生きている。
死なないために食べる。
死なないために眠る。
死なないために、今日も森を彷徨う。
その日も、ぼくは森の中で食べられそうな木の実を探していた。
「――お前」
不意に、背後から声がした。
ぞくり、ともしない。
恐怖は、元から無い。
けれど、嫌な予感だけが、確信に変わる。
気づいた時には、前後左右を塞がれていた。
冒険者風の三人組。
革鎧に、剣と短剣。
慣れた立ち位置。
慣れた視線。
「お前、ミコトだな?」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が冷たくなる。
「……ぼくに、関わらないでほしい」
絞り出すように言った。
「お願いだから。近づかないで」
それは、懇願だった。
だが、男は鼻で笑う。
「無理だな」
剣を持った冒険者の男が言う。
「お前が暮らしてた街でな、連続で不審死が起きた」
嫌な予感が、確信に変わる。
「調査が入った。そしたらよ……死んだ連中、全員お前と関わりがあった」
「……違う」
反射的に否定する。
「ぼくは、何も――」
「結果だよ」
男は淡々と告げた。
「原因がどうあれ、お前に関わった人間が死ぬ。なら、お前は――」
その言葉の続きを、聞く必要はなかった。
「――討伐対象だ」
次の瞬間。
問答無用で、剣が振るわれる。
腹を裂かれ、血が噴き出す。
同時に。
世界が、悲鳴を上げた。
視界に走る無数の亀裂。
空間が歪み、音が引き延ばされる。
そして――。
ぼくの身体は、何事もなかったかのように元に戻る。
代わりに。
剣を振るった男の隣にいた冒険者が、一瞬で“肉塊”へと変わっていた。
骨も、形も、判別できない。
「……だから言ったのに」
ぼくは、呟く。
残された冒険者の男が、状況を理解するまでに数秒かかった。
次の瞬間。
「ひ、ひぃっ……!」
悲鳴を上げ、踵を返して逃げ出す。
止める気は、無かった。
どうせ――。
もう、関わってしまった。
ぼくは、その背中を見送りながら、静かに思う。
討伐対象。
化け物。
災厄。
……やっと、世界がぼくを正しく呼び始めたのかもしれない。
それでも、ぼくは歩き出す。
死なないために。
そして、また誰かを殺さないために。
終わらない地獄の、続きを生きるために。
「まるで魔王みたいな扱いだな」
嘲笑うように、ダレカが言った。
その声音には、軽蔑も、怒りも、驚きもない。
ただ事実を述べているだけの、乾いた調子。
「そうだね」
ぼくは、当然のように答えた。
「……否定しないのか?」
わずかに訝しむ気配。
「当然だろ?」
歩きながら、ぼくは言う。
もう立ち止まる理由も、振り返る意味もなかった。
「だって君は――」
この世界に来る、ずっと前から。
ぼくが死にたくなった時、必ず現れた。
誰にも見えず、誰にも聞こえず。
それなのに、ぼくの心の底を、言葉にしなくても理解してきた存在。
痛みが怖い。
苦しみが嫌だ。
死ぬのが、怖い。
そんな弱さを、全部知っている声。
スキルの効果で、ぼくが関わった存在は、例外なく死んできた。
顔も知らない誰か。
名前すら思い出せない誰か。
それでも。
それでも、死なずに、消えずに、ずっとぼくに語りかけてくる。
ぼくと最も深く関わり、
そして絶対に死なない存在。
それは――。
「ぼく自身だ」
答えは、最初から決まっていた。
ダレカは、沈黙した。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ、静かに受け入れる。
「……なるほどな」
やがて、納得したような声がする。
「じゃあ、お前は魔王だ」
「うん」
ぼくは頷く。
「この世界にとっては、きっとね」
誰かと出会えば、その縁が死を呼ぶ。
近づけば近づくほど、犠牲は増える。
それでも、ぼくは生き続ける。
死なないために。
死ねないから。
魔王として。
世界のどこにも居場所がない、ただひとりの存在として。
――終わらない地獄を、今日も歩いていく。




