死なない体を手に入れた
死なない体を手に入れた時、人はまず「どう生きるか」じゃなく、「どこまで無茶ができるか」を考える。
それはきっと、仕方のないことだ。
だって――痛くない。苦しくない。怖くない。
そして、死なない。
失敗しても、終わらない。
やり直しがきく人生なんて、これまでのぼくには想像すらできなかった。
せっかく不死になったんだ。
それなら、この力を使って生きていくしかない。
……たとえば。
モンスターを狩って、その報酬で生計を立てて、異世界でそれなりに暮らす。
よくある話だ。
よくある異世界の、生き方。
命を賭ける必要はない。
無茶をしても、死なないんだから。
「……悪くないよな」
そう呟いた声には、ほんの少しだけ期待が混じる。
「――!!」
その声をかき消すように、森の奥から甲高い悲鳴が響く。
反射的に足が動いた。
考えるより先に、音のする方へ駆けていた。
木々を抜けた先。
ひっくり返った馬車と、散乱した荷。
そして――血に濡れた護衛らしき男。
「……遅かった、か」
息はない。
その向こうで、緑色の小柄な影が荷を漁っていた。
それは漫画とかでよく見るゴブリンそのものだった。
「……あれが、モンスター」
思ったより小さい。
思ったより――弱そうだ。
足元に転がっていた剣を拾う。
血の付いた剣の重さが、手に伝わる。
一瞬、ためらい。
でも、すぐに切り替える。
どうせ死なない。
間違えても、終わらない。
「……試すには、ちょうどいい」
背後から近づき、剣を振り下ろす。
「――っ!」
浅いが、確かな手応え。
「ギャッ!」
振り返ったゴブリンが叫ぶ。
「ハハ、こっちだよ」
自分でも驚くほど、声が軽かった。
――少し、調子に乗っていた。
次の瞬間、視界が横にずれた。
軽い。
あまりにも、軽い。
それもそのはず。
剣を握っていたはずの左手が――なかった。
「……あ」
痛みはない。
血の感触もない。
ただ、“腕がなくなった”という事実だけが、遅れて、静かに理解として落ちてくる。
ふと視界の端に、文字が浮かぶ。
【スキル使用可能「思想反転:死にたい→死ねない」《メメント・モリ》】
喉が詰まる。
これは、物語じゃない。
現実だ。
地面に転がる自分の腕が、なぜか“未来の自分”みたいに見えた。
笑みを浮かべながらゴブリンが踏み込んでくる。
「……ふざけるな」
小さく吐き捨てる。
腕を斬られただけだ。
まだ、終わってない。
覚悟を決め、はっきりと口にする。
「――思想反転:死にたい→死ねない《メメント・モリ》」
世界が、裏返った。
引き剥がされる感覚。
白く塗り潰され、時間が巻き戻るような感覚。
気づけば腕は元に戻り、剣を握って立っていた。
【思想反転 発動】
淡い文字が消える。
「……戻った」
ゴブリンが剣を振り上げる。
――二度目は、もう慌てない。
数分後。
倒れたゴブリンを見下ろし、息を吐く。
「……勝てた」
それなのに、胸の奥がざらつく。
痛みはなかった。
恐怖もなかった。
それでも――
「……くそっ」
ぼくは脳の奥に残るこの不快感に、まだ名前をつけられなかった。




