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死ねないぼくと、死なせたくない彼女

 御言は焦る気持ちを抑えながら、街外れの道を駆け抜けた。

 心臓は早鐘を打ち、心が最悪の事態を想起させる。


 ――あの時、一緒に行っていれば。

 後悔が、胸の奥で波のように押し寄せる。


 ソフィアが拐われたと言う事実の重みが、抑えつけても溢れ出す焦りとなって足を前へ前へと動かす。


 指定された廃墟までの道のりは、果てしなく長く思えた。


「無事でいればいいけど……いや、無事であるはずだ」


 自分に言い聞かせながら、御言は走り続ける。

 視界に廃墟が入った時、胸の奥に冷たい緊張が走った。


 街の明かりは届かず、薄暗い館の佇まいが、静かに御言を迎えている。


 ――この世界に来る前の自分なら、確実に足がすくんだだろう。

 だが、今のぼくにはスキルがある。


「……行こう」


躊躇することなく、御言は館の扉を押し開けた。


「おや、案外早かったな」


 館の奥から、男の声が響く。

 今朝、ギルドで御言に声をかけてきた、あの冒険者だった。


「俺のこと、覚えてるかい?」


 覚えている。

 マリアが居ないことに気付き、自分をパーティに加えろと売り込んできた男だ。


「ハッ……無視かよ。まぁ、いいか」


 御言は警戒しつつ、館内を見渡す。

 ソフィアの姿は、どこにも見つからなかった。


「ソフィアはどこだ」


 御言の声は低く、硬く、館の静寂に染み渡る。


「おー、怖い怖い。流石、不死の勇者様だ」


 男はわざとらしく肩をすくめ、嘲るような笑みを浮かべた。

 館内の空気が、重く、冷たく、そして異様に張り詰めていく。


 御言のは、ただ一つの問いに支配されていた。

 ――ソフィアは、無事なのか?


「そんな顔すんなよ、あのお嬢ちゃんなら無事だよ⋯⋯まだ、な」


 まだ――。

 意味ありげなその言葉に、御言は眉を潜ませる。


「⋯⋯だから、そんな顔すんなって!」


 男が苛立ったように近くにある椅子を蹴り上げる。

 木材の崩れる音が館内に強く鳴り響く。


「俺を怒らせたらさ、わかんだろ?」


 ニヤニヤと下卑た笑いを見せる男の目はどこか焦点が合っていないようにも見えた。

 半笑いで、手が震え、そして吹っ切れたような表情。


 脅されなくてもわかる。

 男は正常じゃない。


「⋯⋯ぼくは、どうしたらいい?」


 刺激しないように御言が尋ねる。


「あぁ?! あぁ⋯⋯そうだな。それが本題だったな」


 「⋯⋯着いて来い」


 そう言うと、男は背を向け、館の奥へと歩き出す。

 床板が軋む音が、やけに大きく耳に残る。


 御言は一瞬だけ逡巡してから、その背中を追った。


 逃げ道は、ない。

 でも、引き返す選択肢も、最初から存在していなかった。


 館の奥、崩れかけた扉の先に、地下へと続く階段があった。

 湿った空気が、冷たく肌にまとわりつき、一段降りるごとに、胸の奥がざわついていく。


 ――もし、あの時。

 一緒に行っていれば。

 待つなんて言わなければ。

 後悔が、遅れて牙を剥く。


 焦りで呼吸が浅くなるのを、必死に抑えながら、御言は階段を降り切った。


 地下室は薄暗く、かび臭かった。

 ランタンの淡い光の中で、見覚えのある金色の髪が目に入る。


「……ソフィア!」


 思わず声が漏れた。

 柱に縛られ、床に座り込むような姿勢でソフィアはそこにいた。


 服は乱れているが、大きな外傷は見当たらない。

 その事実だけで、胸が少しだけ軽くなる。


「……御言、さん……」


 弱々しく、けれど確かに御言の名を呼ぶ声。


 生きている。

 それだけで、胸のつかえが取れた気がした。


「ごめんなさい……。私……」


「いい、喋らなくていい」


 御言、出来るだけ穏やかな声で言った。

 自分に言い聞かせるみたいに。


 その様子を、男は壁にもたれながら眺めている。

 口元には、愉快そうな笑み。

 まるで芝居でも見ているかのようだった。


「いやぁ、感動の再会だな」


 男が手を叩く。

 乾いた音が、地下室に反響する。


「お嬢ちゃんにはな、遅効性の毒を仕込んである」


 軽い調子で、男は言った。

 御言の手が、反射的に剣へと伸びる。


「おっと」


 それを見逃さず、男はすぐに続ける。


「俺が死んだら、解毒方法は永遠に分からねぇ。つまり……助からないぜ?」


 歯を、強く噛みしめる。

 怒りで視界が狭くなるのを、必死に堪えた。


「……何が、望みだ」


 搾り出すように、御言が尋ねる。

 男は満足そうに、口角を吊り上げる。


「アンタ、不死って言ってるじゃないか。それが本当か知りたくてな」


 近づいてくる視線が、いやに生々しい。


「お嬢ちゃんを助けたけりゃ、お前が代わりに死んでみろ」


「……なんで、そんなことを……!」


 ソフィアが、震える声で叫ぶ。

 男は舌打ちし、苛立ったように顔を歪めた。


「不死だかなんだか知らねぇが、ぽっと出の新人風情が銀等級間近だと?」


 拳を握りしめ、吐き捨てるように続ける。


「それに、せっかく俺が入ってやるって言ったのに断りやがる」


 目は笑っていない。

 妬みと怒りが、剥き出しになっている。


「単純に気に食わないんだよ。それだけだ」


 その言葉が、地下室に落ちる。

 御言がソフィアを見る。

 彼女は、必死に首を横に振っていた。


 世界が視界の端から少しずつ歪んでいく。


 ――選べ。

 死ねないぼくと、死なせたくない彼女を。


 胸の奥で、何かが静かに、軋んだ。

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