表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/26

同じ道。同じ風景。

 翌日、御言とソフィアは再びギルドにいた。

 依頼内容は、行きと同じく商人の護衛。


 昨日と同じように門の外で待ち合わせをする。

 違う事があるとしたら出発地と目的地が逆な事。

 そして、マリアがいない事だった。


 馬車一台、依頼人はホッグ。

 チェルシーも昨日と変わらず幌を開けて手を振っている。


「帰りもお願いしますね」


 そう言われて、御言は一瞬だけ周囲を見回した。

 意味のない動作だと、自分でも分かっている。

 そこにいるのは、自分とソフィアだけだ。


「はい、宜しくお願いします」


 先に答えたのはソフィアだった。

 迷いのない声だった。


 ホッグはそれ以上何も言わず、二人に礼を言った。

 ――三人だった、という事実には、誰も触れなかった。

 

 馬車はゆっくりと街を離れる。


 昨日通ったのと、同じ道。

 同じ風景。


 風の向きすら、覚えている気がした。

 それなのに。

 足音が、一つ少ない。


 前を行く馬車。

 その後ろを歩く、二人分の影。


 数を数えなければ気づかないほどの違い。

 でも、一度気づいてしまうと、目に入らない方が不自然だった。

 

 見張りの交代も、自然と早くなる。

 休憩中、声をかける相手は一人しかいない。


 会話は続くが、どこか間が空く。

 沈黙が増えた。

 嫌な沈黙ではない。

 気まずいとも、思わない。


 ただ――重い。

 

 夜、焚き火を囲む。

 御言は無意識のうちに、ソフィアの隣に座っていた。

 距離が近いことに気づいたのは、しばらくしてからだった。


 離れようとして、やめる。

 理由は、特にない。


「……二人でも、ちゃんと出来ますよ」


 炎を見つめたまま、ソフィアが言った。

 慰めでも、励ましでもない。

 ただの事実を口にしただけのような声だった。


 御言は、ゆっくりと頷く。


「……うん」


 本当に、出来ている。

 護衛も、見張りも、会話も。

 何一つ、問題は起きていない。

 

 それでも。

 御言の胸の奥には、微かな違和感が残っていた。


 減ったのは人数だけだ。

 それなのに、埋まらない。


 失うのは、もう嫌だ。

 誰かが減るのも、一人になるのも。


 そう思った瞬間、御言ははっとした。

 今の感情に、名前が付けられない。

 

 焚き火が、ぱちりと音を立てる。

 ソフィアは静かに炎を見つめている。

 そこにいる。それだけで、少しだけ楽になる。

 それが何なのかは、分からない。


 分からないまま、御言は目を閉じた。

 

 ――このまま、何事もなければいい。

 そんな願いが、胸の奥で、静かに形を成していた。


 帰りの旅は驚くほど何もなかった。


 ただ、歩き。

 夜になり、見張りに立ち。

 そして眠る。


 ひたすらに失った時を追いかけるように歩く。

 そんな日を繰り返しているうちに目的地へと到着――いや、帰ってきた。


 「ありがとうございます。おかげで無事に帰ってこれました」


 ホッグがほがらかな笑顔で頭を下げる。

 それを見ていたチェルシーが同じようにお辞儀する。


 街へ入っていく二人を見送って御言達も門をくぐり、ギルドへと足を向ける。


ギルドでの達成報告は、驚くほどあっさりと終わった。

 依頼完了の確認。報酬の受け取り。形式的な労いの言葉。


 それらを受け取り、御言とソフィアは並んでギルドを出る。


 ここで、別れるはずだった。

 いつも通りなら、そうする。

 ギルドを出て、軽く会釈をして、それぞれの宿へ向かう。


 ――でも、足は止まらなかった。

 歩く速さが、自然と揃う。どちらからともなく、歩調を合わせたわけでもないのに。


 通りを一つ、曲がる。

 それでも、別れない。


 御言は横目でソフィアを見る。ソフィアも、前を向いたまま歩いている。

 言葉にしてしまえば、理由が必要になる。だから、何も言わなかった。


 宿屋の灯りが見える。

 ここでようやく、どちらかが口を開くべきだった。

 でも、誰も止めなかった。


 扉を押し開ける。


「……部屋、空いてますか」


 声を出したのは、御言だった。

 宿の主人が帳簿から顔を上げる。


「一部屋なら。部屋は二階の突き当たり」


 一瞬の沈黙。

 それは迷いではない。確認でもない。


 ソフィアが、何も言わずに頷いた。

 御言はそのまま料金を支払い、鍵を受け取る。


 階段を上る間、誰も喋らなかった。

 部屋に入ると、そこにはベッドが二つあるのみ。


 それを見て、ソフィアは一度だけ息を吸う。


「……狭いですね」


 拒絶ではない。戸惑いと、覚悟が混じった声だった。


「……うん」


 それ以上、何も言えなかった。


 荷物を置き、椅子に腰を下ろす。

 外はもう暗い。

 部屋の静けさが、耳に痛い。


「今日も、何も起きませんでしたね」


 ソフィアが言う。


「……うん」


「良かったです」


 そう言って、彼女は小さく微笑んだ。

 その笑顔を見て、御言の胸がざわつく。


 安心と、別の何かが混じった感情。


 失いたくない。

 その言葉が、はっきりと形を持って浮かび上がる。


「ソフィア」


 名前を呼ぶと、彼女は顔を上げた。


「……はい」


「……一人になるの、怖くない?」


 自分でも、ずるい質問だと思った。

 それでも、止められなかった。


 ソフィアは少し考えてから、首を横に振る。


「怖くない、とは言えません」


 正直な答えだった。


「でも……」


 視線が、御言に向く。


「今は、大丈夫です」


 それ以上の理由は、語られなかった。


 夜が更ける。

 灯りを落とし、ベッドに横になる。

 自然と、二人同じベッドだった。


 距離は近い。

 触れてはいない。

 けれど、体温は分かる。


 御言は天井を見つめたまま、眠れずにいた。

 目を閉じたソフィアの顔が、すぐ隣にある。


 ――ここにいてほしい。

 それが愛情かどうかは、分からない。


 ただ、離れてほしくなかった。

 その感情を、御言は「大切」と呼ぶことにした。


 間違っているかもしれない。

 それでも今は、それでよかった。


 やがて、意識が沈む。

 二人は、同じ夜を、同じ場所で越えた。

 それが、取り返しのつかない一歩だと気づかないまま。

第15話をお読みいただきありがとうございます。

誰かを失う恐怖を知った時、人はその穴を別のもので埋めようとします。

それが「愛」なのか「依存」なのか。

本人たちにも、まだ分かっていません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ