同じ道。同じ風景。
翌日、御言とソフィアは再びギルドにいた。
依頼内容は、行きと同じく商人の護衛。
昨日と同じように門の外で待ち合わせをする。
違う事があるとしたら出発地と目的地が逆な事。
そして、マリアがいない事だった。
馬車一台、依頼人はホッグ。
チェルシーも昨日と変わらず幌を開けて手を振っている。
「帰りもお願いしますね」
そう言われて、御言は一瞬だけ周囲を見回した。
意味のない動作だと、自分でも分かっている。
そこにいるのは、自分とソフィアだけだ。
「はい、宜しくお願いします」
先に答えたのはソフィアだった。
迷いのない声だった。
ホッグはそれ以上何も言わず、二人に礼を言った。
――三人だった、という事実には、誰も触れなかった。
馬車はゆっくりと街を離れる。
昨日通ったのと、同じ道。
同じ風景。
風の向きすら、覚えている気がした。
それなのに。
足音が、一つ少ない。
前を行く馬車。
その後ろを歩く、二人分の影。
数を数えなければ気づかないほどの違い。
でも、一度気づいてしまうと、目に入らない方が不自然だった。
見張りの交代も、自然と早くなる。
休憩中、声をかける相手は一人しかいない。
会話は続くが、どこか間が空く。
沈黙が増えた。
嫌な沈黙ではない。
気まずいとも、思わない。
ただ――重い。
夜、焚き火を囲む。
御言は無意識のうちに、ソフィアの隣に座っていた。
距離が近いことに気づいたのは、しばらくしてからだった。
離れようとして、やめる。
理由は、特にない。
「……二人でも、ちゃんと出来ますよ」
炎を見つめたまま、ソフィアが言った。
慰めでも、励ましでもない。
ただの事実を口にしただけのような声だった。
御言は、ゆっくりと頷く。
「……うん」
本当に、出来ている。
護衛も、見張りも、会話も。
何一つ、問題は起きていない。
それでも。
御言の胸の奥には、微かな違和感が残っていた。
減ったのは人数だけだ。
それなのに、埋まらない。
失うのは、もう嫌だ。
誰かが減るのも、一人になるのも。
そう思った瞬間、御言ははっとした。
今の感情に、名前が付けられない。
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
ソフィアは静かに炎を見つめている。
そこにいる。それだけで、少しだけ楽になる。
それが何なのかは、分からない。
分からないまま、御言は目を閉じた。
――このまま、何事もなければいい。
そんな願いが、胸の奥で、静かに形を成していた。
帰りの旅は驚くほど何もなかった。
ただ、歩き。
夜になり、見張りに立ち。
そして眠る。
ひたすらに失った時を追いかけるように歩く。
そんな日を繰り返しているうちに目的地へと到着――いや、帰ってきた。
「ありがとうございます。おかげで無事に帰ってこれました」
ホッグがほがらかな笑顔で頭を下げる。
それを見ていたチェルシーが同じようにお辞儀する。
街へ入っていく二人を見送って御言達も門をくぐり、ギルドへと足を向ける。
ギルドでの達成報告は、驚くほどあっさりと終わった。
依頼完了の確認。報酬の受け取り。形式的な労いの言葉。
それらを受け取り、御言とソフィアは並んでギルドを出る。
ここで、別れるはずだった。
いつも通りなら、そうする。
ギルドを出て、軽く会釈をして、それぞれの宿へ向かう。
――でも、足は止まらなかった。
歩く速さが、自然と揃う。どちらからともなく、歩調を合わせたわけでもないのに。
通りを一つ、曲がる。
それでも、別れない。
御言は横目でソフィアを見る。ソフィアも、前を向いたまま歩いている。
言葉にしてしまえば、理由が必要になる。だから、何も言わなかった。
宿屋の灯りが見える。
ここでようやく、どちらかが口を開くべきだった。
でも、誰も止めなかった。
扉を押し開ける。
「……部屋、空いてますか」
声を出したのは、御言だった。
宿の主人が帳簿から顔を上げる。
「一部屋なら。部屋は二階の突き当たり」
一瞬の沈黙。
それは迷いではない。確認でもない。
ソフィアが、何も言わずに頷いた。
御言はそのまま料金を支払い、鍵を受け取る。
階段を上る間、誰も喋らなかった。
部屋に入ると、そこにはベッドが二つあるのみ。
それを見て、ソフィアは一度だけ息を吸う。
「……狭いですね」
拒絶ではない。戸惑いと、覚悟が混じった声だった。
「……うん」
それ以上、何も言えなかった。
荷物を置き、椅子に腰を下ろす。
外はもう暗い。
部屋の静けさが、耳に痛い。
「今日も、何も起きませんでしたね」
ソフィアが言う。
「……うん」
「良かったです」
そう言って、彼女は小さく微笑んだ。
その笑顔を見て、御言の胸がざわつく。
安心と、別の何かが混じった感情。
失いたくない。
その言葉が、はっきりと形を持って浮かび上がる。
「ソフィア」
名前を呼ぶと、彼女は顔を上げた。
「……はい」
「……一人になるの、怖くない?」
自分でも、ずるい質問だと思った。
それでも、止められなかった。
ソフィアは少し考えてから、首を横に振る。
「怖くない、とは言えません」
正直な答えだった。
「でも……」
視線が、御言に向く。
「今は、大丈夫です」
それ以上の理由は、語られなかった。
夜が更ける。
灯りを落とし、ベッドに横になる。
自然と、二人同じベッドだった。
距離は近い。
触れてはいない。
けれど、体温は分かる。
御言は天井を見つめたまま、眠れずにいた。
目を閉じたソフィアの顔が、すぐ隣にある。
――ここにいてほしい。
それが愛情かどうかは、分からない。
ただ、離れてほしくなかった。
その感情を、御言は「大切」と呼ぶことにした。
間違っているかもしれない。
それでも今は、それでよかった。
やがて、意識が沈む。
二人は、同じ夜を、同じ場所で越えた。
それが、取り返しのつかない一歩だと気づかないまま。
第15話をお読みいただきありがとうございます。
誰かを失う恐怖を知った時、人はその穴を別のもので埋めようとします。
それが「愛」なのか「依存」なのか。
本人たちにも、まだ分かっていません。




