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心を癒すことは、出来ないでしょうか

 昨日のことを、御言はぼんやりと思い返していた。


 山賊。

 血。


 刃が首を断ち切った感触。

 それらを思い出しても、胸がざわつくことはない。

 痛みも恐怖も、後悔もない。


 ――それでも。


(受け入れられて、よかった)


 誰に、何を、という具体的な形はない。

 ただ漠然とした安堵だけが、胸の奥に残っていた。


「明日は休みにしよう」


 昨日ギルドで別れる時に、マリアがそう言った。

 有無を言わせない調子だった。


「初めての対人戦だったんだ。何もなかった顔してるのはアンタだけだけどね」


 その言葉に、御言は特に反論せず頷いた。

 結果として、今日は急遽“休日”になった。


 いつもよりゆっくりと支度をし、宿を出る。


 特に目的はない。

 ただ、歩きたかった。


 街はいつも通りだった。

 行き交う人々の声、露店の呼び込み、金属の打ち合う音。


 ぼんやりと歩いていると、不意に背中を叩かれた。


「よっ」


 振り返ると、首から銀色の冒険者証を下げた男が立っていた。


「鉄級昇進、おめでとさん」


 クリスだった。


「……ありがとう」


「噂になってるぜ。三人組で急成長中の新人パーティ。山賊を相手にして無傷とか、出来すぎだろ」


 軽口を叩きながらも、クリスの視線は真剣だった。

 少しだけ言葉を交わし、別れる。


 再び、街を歩く。


「あーっ、御言さんだ!」


 甲高い声に呼び止められて、はっと顔を上げる。


 気づけば、ホッグの店の前に立っていた。

 桃色の髪を揺らしながら、チェルシーが手を振って跳ねている。


「おや、御言さん。最近ずいぶん活躍しているようですね」


 その声につられて、店の奥からホッグが顔を出した。 


「御言さんたちのパーティ、噂になってますよ。若いのにたいしたもんだ」


「だって、私の英雄だもんね!」


 得意げに胸を張るチェルシー。

 御言は、どう返していいか分からず、曖昧に頷いた。


 そこへ、聞き慣れた声が割り込む。


「探したよ」


 振り向いた先にいたのはマリアだった。


「あー⋯⋯用がある。でも、ここじゃなんだからさ」


 そう言って、御言の返事を待たず、街の外れへと歩き出す。


 すぐ近くの草原。

 風に揺れる草の音だけが、二人の間を満たしていた。


 マリアは少しだけ視線を逸らし、深呼吸する。


「……こういうの、苦手なんだけどさ」


 一拍置いて、結論だけを投げる。


「アタシはアンタが好きだ」


 あまりに率直で、装飾のない言葉。


「だから、取り敢えず言っとく。それだけ」


 言い切った直後、照れたように顔を背ける。


「アタシはこういうの、柄じゃないんだよ」


 その瞬間、御言の視界の端で、灰色の砂嵐のようなものが広がった。


 一瞬、世界が歪む。


「……どうした?」


 心配そうな声。


「大丈夫。驚いただけ」


 本当に、それだけだった。


「すぐに返事は出来ない。ごめん」


 正直な言葉を、正直に告げる。


「いいよ」


 マリアはあっさりと言った。


「逆に、今すぐ答えられても困るし」


 不思議そうな顔をする御言に、肩をすくめる。


「いや、こっちの話」


 そして付け加える。


「ソフィアが、街の教会でアンタを待ってる」


 そう言ってマリアは手をヒラヒラとさせて送り出そうとする。


「一緒に行かないのか?」


「⋯⋯邪魔はしたくない」


 意味ありげな言葉を残し、マリアは踵を返した。


 一人で向かった教会の前。

 ソフィアは落ち着かない様子で、何度も辺りを見回していた。


「ソフィア」


 声をかけると、びくりと肩を跳ねさせる。


「あ、御言さん……」


 少し俯き、緊張した様子で口を開く。


「あの……」


 促されるまま、教会の裏手へ。

 静かな場所で、ソフィアは深く息を吸った。


「私では、御言さんの傷を癒すことは出来ません」


 真っ直ぐな視線。


「でも……心を癒すことは、出来ないでしょうか?」


 その言葉に、ほんの一瞬、既視感が走る。

 けれど違和感は、すぐに消えた。


「⋯⋯えっと」


「あなたの事が、好きです」


 御言が何かを言う前にソフィアが言葉を続ける。

 同じ日に、二人から告白されたことに、御言は戸惑う。


 それを察したように、ソフィアは続けた。


「この話は、マリアも知っています。マリアが御言さんにした話も、全部」


 二人で話し合ったのだという。


「どちらかを選んでほしい、とは言いません」


「……ごめん」


 今は答えが出せない。

 そう告げると、ソフィアは微笑んだ。


「大丈夫です。御言さんの気持ちが決まるまで待ちます。私も、マリアも」



 一人で考えたい、と伝えるとソフィアわかりました、と言っては頷く。


 教会の裏手を離れ、御言はそのまま歩き出した。

 どこへ向かうかは、決めていない。


 気がつけば、昼間に通った通りを、もう一度歩いていた。

 足取りは一定で、呼吸も乱れていない。


 ――考えないようにしている、という自覚すらなかった。


 ふと、立ち止まる。

 理由は分からない。

 その瞬間になって、ようやく気づく。


 胸の奥に、何かが溜まっている。

 また足が勝手に前へ進む。


 マリアの声が、浮かぶ。

 ソフィアの表情が、浮かぶ。


 どちらも、はっきりと残っている。

 嫌じゃない。


 重いとも思わない。

 むしろ――心地いい、とすら感じている。


 それなのに、それ以上が言葉にならない。


(これは、何だ?)


 考えようとするほど、輪郭がぼやける。

 名前を付けようとすると、逃げていく。


 市場の喧騒の中で、御言は立ち止まる。


 失う場面を、想像する。

 ――胸の奥が、わずかに沈んだ。


 理由は分からない。

 理屈も出てこない。


 でも、その感覚だけは、はっきりしていた。


(これは、嫌だ)


 日が沈み、街に灯りがともる。


(どうしたらいいかは、分からない)


 それでも。


(どうしたいかは、分かる)


 気づけば御言は、二人の泊まる宿の前に立っていた。


 宿の主人に声をかけ、二人の部屋を聞く。

 部屋の前に立って、一度だけ呼吸を整え扉を叩く。


 迎え入れてくれたのはソフィアだった。

 表情を見て察したのか彼女は頷き、部屋の中へと案内する。


 御言が訪ねてきた事にどこか落ち着かない様子のマリアが椅子を引く。


 二人の前に座り、真剣な表情で見つめる。


「ぼくは……」


 言葉を探す。


 正しい言い方が分からない。

 そもそも、誰かを好きになる、という感覚をこれまで知らずに生きてきた。


(でも――)


視線を上げ、二人を見る。


「二人がいない未来を、想像できなかった」


少しだけ、間を置いて続ける。


「だから……」


「ソフィアと、マリアと、ずっと一緒に居たい」


選ぶ、という言葉は使わなかった。

それでも、意味は伝わったのだろう。


二人は顔を見合わせてから、笑った。


どこか、安心したように。

嬉しそうに。

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