人に刃を向ける覚悟
御言が、ソフィアとマリアに自分のスキルを打ち明けてから、二週間が経過していた。
その間、三人は以前よりも明らかに精力的に依頼をこなしていった。
数をこなすだけではない。難易度も、一段階ずつ引き上げていた。
ゴブリンやウルフといった低級魔物だけでなく、
オーク、オーガ、トロル――中級と呼ばれる存在とも、正面から向き合うようになった。
それでも、結果は変わらない。
誰一人として、大きな怪我を負うことなく、必ず街へ戻ってくる。
それが繰り返されるうちに、御言たちのパーティは、「妙に安定している」「危なげがない」
そんな評判と共に、じわじわと名が知れ始めていた。
御言のクラス――「勇者」という呼び名も、いつの間にか定着していた。
意味を正確に理解している者は少ない。
それでも「前に立って死なないやつ」「壁役の異常個体」として、冒険者たちの間で話題に上がるには十分だった。
時折、パーティ加入を希望する者が声をかけてくることもあったが、三人はそのたびに丁重に断っていた。
今は、まだ――三人でいい。
等級は、木から銅へと昇格した。
そして次に目指すのは、鉄等級。
ギルドの奥、簡素な説明室で、受付嬢が淡々と告げる。
「鉄等級に昇格するためには、対人戦を経験していただく必要があります」
その言葉に、空気が一瞬、止まった。
受付嬢は表情を変えないまま、説明を続ける。
「皆さんの実力であれば、条件自体はすでに満たしています。ただ――」
「まだ、人を斬った経験がありません」
鉄等級から先は、役割が増える。
罪人の捕縛。
街道警備。
犯罪を行った冒険者への抑止。
それは人に刃を向ける覚悟がなければ、務まらない階層。
ソフィアは、ぎゅっと指を握りしめていた。
表情には迷いと、はっきりした抵抗が浮かんでいる。
一方でマリアは、腕を組み、どこか楽しそうに口角を上げていた。
「なるほどね。やっと来たって感じだ」
御言だけが、特に表情を変えなかった。
人を斬る。
殺す。
その言葉に、実感が伴わなかった。
恐ろしくも、重くもない。
ただ、「そういう段階に来たのか」と、事実として受け止めているだけだった。
「やるならさ」
マリアが言う。
「中途半端に避けるより、もっと上を目指そう」
その一言で、決まった。
提示された指定クエストは、山賊退治。
隣町との街道沿いに現れる集団を排除する依頼だ。
討伐証明は、指、耳などの身体部位。
もし指名手配犯が含まれていた場合は――首。
否応なく、意識させられる。
これから、自分たちは人を殺す。
ギルドを出て、街を離れても、三人の会話はほとんどなかった。
街道を進むにつれ、空気が重くなる。
近づいているのは、敵だけではない。
死の匂いだった。
「……戦闘の時は」
御言が、静かに口を開いた。
「ぼくが、手を下すよ」
それは提案というより、確認に近い声音だった。
「バカ言うな」
即座に、マリアが返す。
「アンタにだけ背負わせる気はない」
「アタシだって、やる」
ソフィアも、少し遅れて頷く。
「……大丈夫です。覚悟は、しています」
三人は、それ以上何も言わなかった。
その後はいつもの雰囲気で何事も無かったかのように他愛もない話をしながら街道沿いを進む。
そして山賊が出没すると言われていた地点に差し掛かった瞬間、道を塞ぐように人影が現れた。
粗末な革鎧に、血の染みついた武器。
数は六人。
「なんだ、冒険者かよ」
先頭の男が、舌打ち混じりに吐き捨てる。
「まぁいい。男は殺して、女は犯す。それで帳尻は合うだろ?」
もう一人の男がそう答えると下卑た笑い声が、街道に広がった。
ソフィアの肩が、ぴくりと震える。
マリアは斧の柄を握りしめ、歯を噛み締めた。
御言は、何も言わなかった。
ただ、腰の剣に手をかける。
「やれ」
その一言で、山賊たちは一斉に動いた。
最初に飛んできたのは、剣だった。
横薙ぎの一閃――
御言の首が、あっさりと宙を舞う。
血が噴き、身体が前のめりに倒れ、首が地面に転がり落ちる。
一瞬の静寂。
次の瞬間、斬った山賊が、にやりと笑った。
「なんだよ、拍子抜けだな。後はお楽しみ――」
その言葉は、途中で途切れた。
倒れていたはずの御言の身体が、ゆっくりと起き上がる。
転がっていた首は、霧のように消え、
次の瞬間、何事もなかったかのように“繋がって”いた。
御言は、首を軽く傾ける。
「……それで?」
まるで、今の出来事を確認するように。
呟きは、淡々としていた。
山賊たちの顔から、笑みが消える。
「お、おい……今の……」
「首、斬ったよな……?」
恐怖が、目に見える形で広がっていく。
御言は、一歩踏み出した。
剣が閃く。
一人目の腹を斬り裂き、返す刃で喉を断つ。
倒れる。
次の瞬間、マリアが吼えた。
「――喰らいなっ!!」
斧が振り下ろされる。
肩口から胴までを一直線に叩き割り、血飛沫が舞う。
「そこですっ!」
支援魔法を唱え終えたソフィアが後方から、マジックアローを放つ。
紫色の光を帯びた魔力の矢が、山賊の心臓を的確に貫く。
残る山賊は三人。
隙を見て逃げようとした男の足元に、御言の剣が突き立つ。
体勢を崩したところへ、マリアの斧が叩き込まれた。
また一人。
最後の二人は、完全に戦意を失っていた。
「ば、化け物……」
震える声で呟いた直後、剣が喉を貫き、斧が頭蓋を砕く。
戦闘は、終わった。
街道には、六つの死体と、静かに剣を納める御言、
血を拭うマリア、そして唇を噛み締めるソフィアが残された。
全てが終わったあと。
マリアが、深く息を吐きながら呟いた。
「……これに、慣れていかないとな」
御言は、その背中を見つめながら、思う。
二人と比べて人を殺した後も何も感じず、殺されても死なないぼくは何処に向かっているのか、と。




