予測しないピンチは起きます!
世界各国に突如として現れたのは、地球とは異なった土地に通じる”門”であった。世界各国は”門”の向こうの世界と交流を行い始め、そしてそれは日本でも同じ事が言えたのだ。そして世界的に現在、”門”の向こうへの旅行が一大ブームを巻き起こし、私ことかがやまちは、異世界専門添乗員として、とある小さな旅行会社で働いているのである……
実は一般的かは知らないが、添乗員という物は参加者よりも宿泊やご飯のグレードが下がる事が多いという。
私もじつを言うと、研修中はそうだった。何なら民泊で別棟を指示されたらそこは物置だったなんて事も現実として存在した。
それはまあしょうがないっちゃしょうがない。添乗員の世界はちょっとさみしくもの悲しい部分があるが、添乗員にまで旅行会社は大金を支払えないのだ。
出発地が自宅よりも遙かに遠く、自宅から向かったら集合場所に到底間に合わないなんて言う現実があったならば、添乗員は前泊をする。前入りして泊まるわけだが、旅行会社が手配する前泊のホテルは、ランクが低いらしい。うちも低い。冗談交じりで、前泊するホテルを探すなら、駅前の一番ぼろいホテルを探せ、なんていう事もたまに言い合ったりする。
そう言った内情をちょっとは知っている身の上になったわけで、研修中も、一番はじめに異世界滞在ツアーの添乗員として、このワルド国ディック諸島の公式ホテル……公式が警備上一番まともだから……の中でも、ツアーの代金にふさわしいホテルの中でも、参加者と違いランクが最低の部屋が滞在する部屋だったのだ。
別にそこでも私の滞在に支障を来さなかったはずなのだが……考えたくないあれこれが起きて、すったもんだも起きて、果ては緊急で仕入担当達関係者を呼び出すか否かという事まで起き、その結果この豪華客室になったわけだ。
あの時の大騒ぎを思い出すと胃が痛くなってきそうになる。そうそう痛まない頑丈な私の胃袋が痛むのだからかなりの負担であろう。そういう事はさておき、私は予定表に組み込まれている、私の部屋を使っての客室の使い方一式のご案内をするまでだ。
「蛇口はこのようにして使います。ただひねるだけではお水は出てきませんので、注意してくださいね。この石が取り外し式のスイッチだと思っていただくと理解が早いと思います。これをくっつけてからひねると水が出ます。
バスタブにお湯を貯める場合は、大がかりかもしれませんがこのレバーを下に下げてから、この赤い蛇口で貯めてください。レバーを下げる事もスイッチです」
「お湯の温度調整はスイッチ一つで出来ないのかしら」
「面白いお話に聞こえるかもしれませんが、このバスタブが特別なんですよ。このバスタブに使われている材質により、お湯の温度は一定に保たれるんです」
「お湯が熱すぎたら?」
「バスタブの素材に熱が蓄積されます」
「お湯が冷たすぎたら?」
「バスタブに蓄積された熱が放出されて、お湯の温度が保たれます」
「ファンタジー……」
「地球でも作れれば良いのにね」
「こちらでのみ可能な事と聞いています。材質を砕いて溶かす工程が、地球では不可能だとか」
「まちさん詳しいわね」
「異世界専門の添乗員ですので」
私はにこやかに言う。
そしてお風呂の使い方を説明し、備え付けのケトルの使い方も説明する。こちらは先ほどの食堂で見た、赤い石をケトルに入れて待つという作業を皆さん理解してくれた。
「電気のない世界だから、すごく不便だと思っていたのに。意外と不便じゃないのね」
「灯りに関しては不便かもしれません。光源としては地球のLEDと大違いに薄暗いです」
「灯りは魔力とかでなんとかならないの?」
「熱を貯めるのは簡単だと聞いていますが、灯りは熱からさらに一段か二段上の作業を必要とすると言う事があるそうで、こちらで灯りというと火を使った物が私の知る限り、主流ですね」
「でも、ろうそくの明かりの揺れる世界も、ちょっと雰囲気が合って素敵かも」
「薄暗いですよ。それもあって、夜の外出を禁止しているんです。仕入れ担当が夜に足を滑らせて、全治三週間の捻挫という事も実際ありましたし」
「そんなの話して良いの?」
「お客様の身の安全のためなら話して良いと、仕入担当から許可を得ています」
そう言うやりとりの後に、客室の使い方レクチャーは終了する。
この後はホテルでの自由行動になるだろう。まだまだ荷物の整理をしたい人はいるだろうし、ホテルの探索をしたい人も居るだろう。
おすすめした、美術品鑑賞をする人だっているに違いない。
私はと言うと、この使い方レクチャー終了後は、急ぎ荷ほどきを済ませた後に、異世界待合所で事前連絡を済ませてある、礼服のレンタルショップに、大まかな人数の連絡を行い、時間が来たら参加者の中でも希望者の皆様を、そのレンタルショップに案内しなければならない。
レンタルショップは、異世界のお客さんは上等な物をお金を、出し惜しみせずに借りてくれるからうはうは、だとか。
こちらとの信頼関係をぶち壊しにしないために、契約しているレンタルショップの店員や関係者も、状態の良い物を優先的に私達に貸してくれる事で話がついている。
確かにレンタルショップの上等な物は、それなりのお値段がするけれども、旅行で懐の緩んだ参加者が、借りたいと思って借りるわけで、その金額の全額までは旅行代金には含まれていない。レンタルショップで、上限以上の礼服を借りたい場合には、差額のお支払いになる。これはしっかり説明をしているから、今のところもめた事はない。
……宝石関係をレンタルすると、差額がどうしても出てくるというからくりは、喋るともめるから言わない事にしている。
その差額の大小は人によって、樋口さんは懐の痛まない差額で済ませるのが得意な主婦さんだ。
中には、絶対にこの宝石一式を使いたいと言い切り、高額な差額を支払って借りて、でも大満足してツアーを終わらせた人も居る。
まあ、地球のどこでも、このレンタルショップで借りる様な本格的な豪華宝石一揃い……みたいなのをレンタルして、それにふさわしいドレスも借りて……なんていう体験は出来ないのだから、異世界のツアーを特別な体験として彩る部分なのだろう。
私は……参加者より目立ってはいけないという、添乗員としての立場があるので、礼服で問題はなにも無いけれども、地味な物を一揃い用意している。というかレンタルショップに預けている。ここは衣服預かりもやってくれるのだ。
それは私が頻繁にワルド国に来ているからこそ、融通してもらえるという事でもある。
こちらでは衣服のレンタルも、預け入れも、ありふれた文化という側面も大きいだろう。
「行くか」
荷ほどきの後に私は異世界の時計を確認した。異世界の専門の懐中時計は、狂うそぶりを見せた事が無い。
「ロビーに集まって……」
私はレンタルショップに行く人達との集合時間十分前にロビーに向かい、希望者の人数を数えて確認し、フロントに行く旨を告げた後に、礼服を求めてホテルを出発したのであった。
「こんなにたくさんの衣装があるなんて!」
「品揃えが豊富ですね!」
レンタルショップはシンズホテルから大通りを十分進んだ先である。衣服のレンタルショップが軒を連ねる場所にあるそこは、人気店とは言えない閑古鳥の鳴いた店構えだが、実はこの場所で最強の品揃えを誇っている。
閑古鳥の鳴いた姿は仮の姿という奴で、貴族が緊急で礼服をレンタルしたい時に飛び込む最後の砦でもある。上等な礼服の多さの理由はここだ。
ディック諸島はリゾート地で、お忍びの貴族も多い。そしてお忍びという事は、礼服一式を持ち込まずに楽しんでいるケースも多いらしい。
そう言った時に、偶然知り合いと出くわし、パーティでも……となったらさあ大変。
緊急でレンタルショップに駆け込み、知り合いの顔に泥を塗らない姿になるそうだ。
知り合いのパーティにお呼ばれして、知り合いに赤っ恥をかかせるのはどこでもやばい案件という事をその行動が示しているだろう。
とにかく、案内したレンタルショップでは歓声が響いている。私と違って礼服というおしゃれがマナー違反ではない女性達が、初めて見るキラキラとしたあらゆる物に、目の色を輝かせているのだ。
勝手な意見だが、豪華なひらひらしたドレスが死ぬほど嫌い、と言う人はこのツアーには参加しないのだろう。そもそもツアーの内容の説明文の時点で、具体例の写真付きの礼服とはこんな物、と言う見本まで掲載して、こう言った姿で晩餐会に出席します、と明記されているわけだから、これが嫌ならこの滞在ツアーには参加しないのである。
「すみません、預かっていただいた礼服を引き取りに来ました」
皆さんがレンタルショップの店員さんに相談したりして、楽しい大騒ぎをしながら衣装選びをしている間に、私は預けている衣装を回収する。
その手続きをしている時だ。
「まちさん、ご存じですか? 今日はディック諸島の提督、シンの誕生日なんですよ」
レンタルショップの店長、マリーさんが笑顔で言ってきた。
「……冗談ではなく?」
「はい。そのため、夜はあちこちの大通りで飲めや歌えやの大騒ぎになりますし、提督の本館のある隣の島では、盛大なお祝いが行われるとか」
「と言う事は……本日予定されていた晩餐会は……」
「ディック諸島に来ている全ての貴族と言っても過言ではない人々が、本館のある隣の三の島に向かいましたから……中止でしょうね」
「……」
私は言葉を失った。こんなトラブルは思いもしなかった。今から参加者に、晩餐会が無しになったと告げるとしても、その場合の夕食の手配はどうする。
晩餐会に招待してきていた貴族から、連絡が一切無いのはどういう事情だ。
ホテルに夕食の手配を今から頼む? 仕込みもなされていないだろうに、まともな夕食が、あと二時間で最後まで仕上がるとは考えにくい!
考えろ、状況を打開しろ、どうする。
ここは異世界、スマホもなければ無線機器もない。ツアーを企画した人間やこの日に募集をかけた会社に、この緊急事態をすぐ連絡する事は叶わない。
そして皆さん、海の見える食堂での軽食から、夕食のランクを想像しているに違いない。
ドレスだって選んでいる。ホテルで男性だって礼服に着替えているだろう。
この状況で。
どこかの格式の高いレストランに二十人近いに人数をいきなり案内できるか。いや、格式が高ければ高いほど、事前連絡なしにこの人数は処理しない!
血の気が引き、呼吸が速くなる。この場合一番簡単なのは、礼服を選び終わった後に、晩餐会の予定が変わってしまったと参加者に謝罪する事。
そして大急ぎで夕食の確保に走る事だ。
そうするしかない。参加者をホテルに帰して、謝罪して、急遽夕食を都合出来ないかホテルの人に確認して、だめなら可能そうなレストランをいくつか紹介してもらって。
頭の回転を最大にしたその時だ。
「こちらに、かがやまち様は、来ていらっしゃいますか?」
レンタルショップの出入り口付近から、穏やかな物腰の声がかけられ、マリーさんが立ち上がる。
「今、お客さんを連れて来た所よ」
「ああ、間に合いました。行き違いになったらどうしようかと思っておりました」
出入り口の方でそんな会話が行われ、マリーさんと共に、一人の穏やかそうな、高級な衣類に身を包んだ男性が現れた。
「おひさしぶりです、かがやまち様。実は本日は、我らが提督、シン様の記念すべきお誕生日という事でして、かがやまち様がこちらにいらしていたら、何が何でも本館のある三の島に連れてこいと、シン様がおっしゃっております」
「……私は私用で来た訳ではありません。旅行をする方々を案内しているのです」
「はい。ですから、その方々も一緒に。誕生日は一年に一度しかないのですから、そのお祝いに参加できたら、その方々も忘れられない旅行の思い出になるだろうと、シン様がおっしゃいまして。すでに人数の確認も済ませてありますので、かがやまち様がその皆様にお伝えして、三の島までの船に案内していただければ」
「……」
計算が回るのは早かった。ツアーの目玉の一つたる晩餐会が実質不可能となれば、代替案を出さなければならない。そしてそれが可能なのは添乗員の私一人。
そして思い出に残る、と言う事を言うならば、ディック諸島を支配する提督のお誕生日パーティに参加、程の物はそうそう無い。
大きく深呼吸した後に、私は笑顔で男性に言った。
「お招きいただきまして、ありがとうございます。お誕生日をお祝いさせていただきますね。人数は私を含めて二十人です」
「よかった! あの方、あなたが来ているのにお誕生日のお祝いにも来ない、となったら気分を害しますから」
「大人げない」
思わず言うと、男性はちょっと笑った後に、船の時間を告げてから船着き場で待っていると言って、去って行った。女性達が大盛り上がりするレンタルショップに、居づらいと言う部分はありそうだった。




