異世界のワルドにようこそ!
世界各国に突如として現れたのは、地球とは異なった土地に通じる”門”であった。世界各国は”門”の向こうの世界と交流を行い始め、そしてそれは日本でも同じ事が言えたのだ。そして世界的に現在、”門”の向こうへの旅行が一大ブームを巻き起こし、私ことかがやまちは、異世界専門添乗員として、とある小さな旅行会社で働いているのである……
異世界”門”の前の二度目の荷物検査では、よほどやらかさない限り、もう中身を回収される事はない。
そもそもの話で、”市場”で買った物の中には異世界に持ち込めない物があるのか、と言う事が疑問に上がるけれども、答えは簡単。生鮮品を持ち込むなと言う事だ。
”市場”の中にある物なのだから、異世界に持ち込めるのではないかと思うかもしれないが、許可書抜きにそう言った物を行き来させるのは禁止事項だ。生鮮品には何の菌などが付着しているかわからない。
これは地球側の衛生観念に似たものが、異世界にも持ち込まれた結果、決められた規定と言えるだろう。
「皆さん、持ち物は生鮮品が入っていませんね? 生鮮品は持ち込めませんよ! 許可証抜きにそう言った物は異世界に持って行けませんからね! 皆さん、準備は良いでしょうか、異世界に行くのをやめるのは今のうちですよ!」
私は集合場所に戻ってきた参加者の皆さんに、少しおどけつつ大声を出して話す。たまに、ここでもう異世界環境がお腹いっぱいという人が出てきて、帰りたいと言うのだ。
そう言った人達への気遣いもここにはある。帰るならここで帰った方が良いのだ。一回”門”を抜けるよりもその前に帰った方が、いろいろお互いのためなのである。
「まちさん居るなら大丈夫よ! ああ、楽しみ! いつ行っても異世界の宮殿の見学は最高よね!」
興奮混じりに樋口さんが言う。もう恥ずかしいのか、宮子さんの顔が赤い。
私は参加者の数をもう一回数え直してから、全員そろっている事、途中で辞める人が居ないかを確認し、”門”を開ける準備に入るように合図を送った。
「関東”門”第四十八を開門します。カウント 3 2 1……開門!」
関東”門”の使用可能な出入り口は百八。日本の三つの”門”、関東”門”関西”門”九州”門”の全てで、毎日百八の出入り口を管制官が開く。
そして私の添乗するツアーの皆さんが期待に満ちた顔で、”門”が開くのを待っている。私は呼吸を整えて身構えて……”門”が開くその瞬間に、目もくらむ光が放たれて、数分、一切の音が消える時間が経過し……次に光から目が慣れて、見えてくるのは異世界”門”を通った先にある”門”待機所だ。
異世界”門”の先は待機所である。そこで渡航理由を確認する作業が行われた後に、ここを出れば……一週間滞在する異世界の中に入るわけだ。
「うわー……すごい……」
私はこれを何度も何度も繰り返しているので、もう手続きその他が慣れている。それどころか。
「あ、かがやまちさん、また滞在ツアーの添乗ですか。お疲れ様です」
「ありがとうございます。こちら、私の添乗するツアーの参加者の人数と名簿です。期間などの詳細の確認をお願いします」
「はい」
私はこれまた提出しなれた書類一切合切を提出し、参加者の皆さんと待機所の椅子に座って申請が通るのを待つ。
「こうして申請を通ると、いよいよ異世界の中に入る事が出来ます」
「どうして関東”門”より厳しいのですか?」
「もしも行方不明者が出た場合に、捜索のための情報です」
「出るの……? 行方不明者」
恐れおののいた声で言ったのは、豊橋さんだ。私は頷いた。
「出ます。説明会でもご説明させていただきましたが、毎年十数名の行方不明者が出ています。しかしそれは自己責任の下の行動の結果となります」
「……そうなの?」
「ツアーが絶対に安全とは言えませんが、ツアーの規約を著しく逸脱した行動の結果、行方不明になるのは、異世界では簡単なのですよ」
これも説明会でしつこく説明した事だ。
地球では一体何人が異世界で行方不明になったかの統計は取れていない。
だが日本国内から日本の”門”を使用して渡航した人の中で、毎年十数名の行方不明者が出ているのは事実だ。
そして異世界側の調査の結果、彼等彼女等は、参加したツアーの規約を無視した事により、異世界の闇に消えていった事がわかっている。
微細な事はわからない物の、現地での目撃情報などを集めた結果、ツアー客が添乗員などが示した約定を無視したという事はわかったのだ。
「まちさん居るから大丈夫よ。この人ねえ、すっごく強いのよ!」
「樋口さん、ハードルを高くしないでください」
「だってえ、スリも置き引きも脅迫も全部! あなたどうにかしちゃうじゃない。オプションでの夜のツアーも、あなたが担当する時だけでしょ」
「異世界の情勢は著しく変わるんですよ。ご自分の安全はご自分でも確認してください」
「辛辣な事言うけど、まちさん最強説あるんだから」
樋口さんが言うのは仕方が無い。樋口さんが参加したツアーで、以前、スリにあった参加者の荷物を小石を犯人に投げつけて取り返した事があれば、置き引きに遭いかけた参加者の荷物をなんとか奪取した事もあるし、参加者がお金持ちだと考えて刃物で脅してきたごろつきとの怒鳴りあいを行い、相手が迫力負けして逃げた事もある。
五回に及ぶ樋口さんの参加したツアーの全てで、そう言った事のことごとくをどうにかしてきたから、彼女が私に信頼を寄せてしまうのは仕方が無い。
だから私が添乗員としてつきそうツアーのみ、有料オプションで夜の異世界お散歩ツアーなんて物を盛り込まないでくださいと言ったのに、参加者アンケートの結果それは付けられた訳だ……なんてこったい。
「まちさんお強いんですね……」
豊橋さんが言うのは仕方が無い。私は一見して強そうに見えない見た目をしているので、私がそんなに強そうだとは思われないのだ。
強いかと言われたらなんとも言えないが、異世界でのあれこれに慣れていると言われたら慣れざるを得ない仕事をしてきたからとしか、言いようが無い。
「五十八番の一週間滞在ツアーの皆様、お待たせいたしました。入国許可が出たのでお進みください」
「皆さん、入国許可が下りましたので、入り口からいよいよ異世界の国、ワルドに入りますよ」
数十分ほど手持ちぶさたで待っていた参加者の皆さんが、うれしそうに立ち上がり、私の振る旗の後に続いていく。
後方では、他の渡航者が盛大にもめる声が聞こえている。
「なんでこの書類じゃだめなんですか」
「この記載が足りません」
「これではいけないのですか」
「この記載はこちらでは大事な物になっております」
「いつまで待てば良いの? あっちは私達より後に申請してたじゃない」
「書類に不備がない方々から順番に許可を出しています」
「そんな……!」
「パパ、ママ、あきた!」
後方からの声で、参加者の皆さんが小さな声で言う。
「まちさん異世界渡航のプロなのマジだった……」
聞こえないふりをして、私はいよいよ、今ですら異世界情緒あふれる空気を感じる建物なのに、そこを出るとなったので、後ろを振り返り笑顔で言う。
「ようこそ、異世界の国の一つ、皆さんが一週間滞在する国、ワルドです!」
「わあ……!!」
扉を開くと、そこから見えて来るのは地球では見られないほど深い青色の空と、そして。
「すごい!! 空が青くて建物が真っ白! 屋根もびっくりするくらい皆碧い!」
「海辺の町だわ……綺麗……」
「ツアーは確か、宮殿と美術館と、魔法工房の見学でしょ? でもここにお城はなさそう」
皆さん思い思いにそう言う。私は笑顔でこう言った。
「皆さんの滞在する場所が、このワルド国ディック諸島の一大リゾート地になります」
「確かにリゾート地って感じする……」
「こんな良いところに一週間滞在であの値段っておかしくない……?」
誰かがぼそりと言うものの、気にしない気にしない。
「まずはホテルを目指しながら、大通りを観光していきましょう。私の旗が見えなくなる程足を止めないでくださいね。見失いそうになったら大声で私を呼んでください。立ち止まります」
「注意事項は?」
「露天商と会話してはいけません! 彼等はお話が長いので、私をすぐに見失います」
「他には?」
「声をかけられても細い道に入ってはいけません! あっという間に身ぐるみ剥がされます」
私は出来る限りの注意事項を言っていく。
その間もホテルを目指して進んでいく。大通りは賑やかで、異国の服装などや、道具や、町並みから本当にここは異世界だと感じ取れるだろう。
「スマホが使えればなあ」
「一眼レフが使えれば良いのに」
「こんなに素敵なのに記録できないなんて」
「ホテルに絵はがきが色々ありますよ。お買い求めになる方も多いです」
「処分に困らない?」
「写真を一枚撮った気分になればよろしいのではと」
「そう言う考えもあるか」
「またツアーに参加していただいた際に、持ち込んでいただけたらこちらで処分する事も可能です」
「商売魂がすごい……」
誰が言ったのか聞こえないふりをしておく。誰かが頷いているの知らないふり。
そうしてホテル前に到着すると、初めてこのツアーに参加する人達が息をのむのが伝わってきた。
「こちらが皆さんが一週間滞在するホテル、シンズホテルです」
気持ちはよくわかる。あのツアー価格で、地球の一流ホテル並みの風格のホテルに泊まれるなんて普通思えない。
それに……普通だったらこのホテルに宿泊するのに、あのツアー価格では黒字になりにくい。私はその理由を探したが、今はその理由は居ない。よし、平穏にチェックイン出来そうである。
「皆さんお疲れでしょうから、まずはホテルにチェックインし、お荷物などの整理を行った後にディナー前の軽食にしましょう」
このツアーでは、一日目の朝ご飯と昼ご飯は提供しない。昼ご飯の後の軽食から一日最低二食は提供する内容だ。
皆さん疲れているのは感じ取れていたため、速やかにチェックインする。するとわらわらとフロントマンが現れ、参加者の皆さんの荷物を預かり、彼等の滞在する部屋に案内していく。
「外に出ないでくださいね! お願いですよ!」
再三の注意を促し、私もまた、ホテルの部屋に向かったのであった。




