亜空間市場とは
世界各国に突如として現れたのは、地球とは異なった土地に通じる”門”であった。世界各国は”門”の向こうの世界と交流を行い始め、そしてそれは日本でも同じ事が言えたのだ。そして世界的に現在、”門”の向こうへの旅行が一大ブームを巻き起こし、私ことかがやまちは、異世界専門添乗員として、とある小さな旅行会社で働いているのである……
「これもだめ」
「これもだめ」
「こっちもだめ」
関東”門”前には建物がある。簡易的な空港の手荷物検査の場所のような内装の、しかし比較的大きな建物だ。それは関東”門”に入る人が、一日でも相当な数だと示している。
そして手荷物検査の現場では……何と言うべきか、来る度に見る光景が繰り広げられている。
それは手荷物検査を軽く見た人達が、検査をくぐり抜けられず、どんどん荷物を検査員に取り上げられたり、泣く泣く捨てたりする光景だ。
「プラスチック製品がことごとくとられてる……」
そう言ったのは誰だったかと思って背後を見ると、初めてのお一人での参加の、豊橋様だった。
「ねえ、スーツケースやリュックサックが大丈夫なのはどうして……?」
「それはこれからわかりますよ。あれを見てください」
豊橋様の当然の疑問に、私は前方を手で指し示して答えた。
手荷物検査をくぐり抜けた、ナイロン製なのかのリュックサックに、検査員の人がでっかく背面の部分にシールを貼ったのだ。……魔方陣なのでとっても厨二病に見えるシールであるが、大真面目にこれである。
「……あれが、魔力阻害シール?」
「はい。異世界でしか作れないシールです。スーツケースやリュックサックにあのシールを貼る事によって、魔力による影響を遮断できます。……しかし最低でもあの大きさでしかシールを作れないため、大体のプラスチック製品が荷物検査で取り上げられるという事です」
「外れないの?」
「異世界では剥がれません。あの場所で、滞在時間を聞いているのが見えると思いますが……あ、もう私達の順番ですね、一緒に見てやってみた方が早いですよ」
私はここで、私の同行するツアーの参加者の皆さんの人数を数え直し、全員居る事を再び確認し、手荷物検査の門の前まで来た。
「今日はよろしくお願いいたします」
「はい、滞在証明書その他を提出してください」
「はい」
私は手荷物検査の検査員の人に、ツアー内容と参加者の人数の詳細が書かれた紙を渡した。
これは手荷物検査を待つ間に、しっかり記載した物である。これがなければツアー旅行者は手荷物検査を受ける事すら出来ない。
「はい、一週間の滞在ツアーですね、参加者は添乗員含め二十人。今から二十名をカウントしますので、番号札を受け取ってください」
検査員の人がそう言って、私を含めて二十人に番号札を手渡す。ここは地球なのでQRコードの入った番号札がプリントアウトして渡された。
そこからは、荷物検査が始まる訳だ。
私はもう手慣れすぎていて、ばっと布製のナップザックを広げて見せて、何も取り上げられる事なく通った。
するとナップザックにもべたんと、シールが背面に貼り付けられる。シールはその途端に、縫いつけられた様に密着した。
その様子を後ろの参加者にも見せて声を張る。
「このように貼られたシールは、期日までは剥がれませんが、期日を過ぎるとシールだけ燃えて無くなります! そのため”門”を通る際には毎回、シールを貼る必要がありますのでご注意ください!」
私はそこから速やかに、参加者のフォローにも入る。仕事なので文句は言わない。
「え、これも?」
寝癖直しのスプレーも取り上げ。……外がプラスチックで液漏れがやばいからと言うと、納得してもらえた。
「これすら!?」
シリコンの耳栓。……異世界で劣化し、耳の中で崩れて大惨事になるケースがあるというと、泣く泣く諦めてくれた。
「え、えええ……」
化粧品。これも外側のプラスチックが劣化した事で、中身が鞄の中にぶちまけられた事故が発生したというと、そっかこれも……と納得してくれた。
そしてそもそも、飛行機の手荷物で取り上げられる物の大半はここでだって取り上げられてしまうのは、仕方の無い事であろう。
事故らないプラスチック製品の持ち込みは、自己責任という書類に署名捺印済みである。
参加者の皆さんも、それなりに重要書類を見て工夫したり、これくらいなら大丈夫だろうと思って必要な物を持ってきたけれど、荷物検査に引っかかると言うケースがいつも多い。
だが、完全に地球ではない物理の働く場所に行くので、そこは納得してもらうしかないのだ。
私の添乗する参加者の皆さんは、バス内でも私が繰り返し忠告した事もあってか、納得してくれるけれども、他のツアーの人の中には
「なんでこれがだめなんだ!」
「これを持って行かないといけないのに!!」
「ふざけてんじゃねえよ!」
と大声でもめていたりしている。それは気のせいか、インスタで映えを狙った写真を撮っている風な人も多かった。映えを否定は出来ないけれども、異世界に行くのだから、異世界の物理に対して納得してもらいたい。
「……あの……スマホはどうしたら……」
と聞いてきたのは新婚旅行なのだという磯山さんご夫妻。私は真顔で頷いた。
「皆様、スマートフォンや携帯が、異世界で劣化するのは困ると思います。そのため”市場”内のこのマーク……これが日本認可店の印なので、このお店の中で言っていただくと、今皆様が貼ったシールと同じ滞在期間中、魔力を遮断する巾着袋を貸し出してもらえます! ただしこれは、書類にも記載ありましたとおり、異世界で一度も巾着袋を開けない場合のみ、魔力を遮断する限定的効果しかないので、ご利用の方はシールを掲示して借りてください。ですが使用上の注意はお守りください!」
これも参加者の皆さんに再度アナウンス。何故かというと一度に情報を詰め込みすぎると、皆さん覚えきれないからである。
私はこういうアナウンスも慣れた。月に三週間は異世界にいるので慣れた。パスポートにも異世界”門”のはんこが積み上がって行くばかりだ。
しかし、私と同じだけのノウハウがない添乗員も多い様子だ。まごついていたり怒鳴られたりしている人も散見するが、……手を貸せないのは仕方が無い。私は私のツアー客を優先するのだから。
そして参加者全員が荷物検査を通り、いよいよ関東”門”から、第一段階である”市場”に出発である。
この”市場”は……異世界と地球の中間地点の亜空間、と言う説明が早いだろう。異世界でも地球でもない空間が広がり、そこではどんな言葉も通じ合う。滞在期間が同じ人達が意気投合し、帰りにここで落ち合ってご飯を食べようと約束をするパターンすらある。
”市場”の治安は日本並みに良い。”市場”はそのためか、安全な観光地ランキングの上位に食い込んだ。異世界自体は……上位に食い込めない程度の安全さだ。
そのためか、”市場”だけ観光したいという意見も増えてきているらしいが、詳しい内情はまだ私まで伝わっていない。
「ごほん。……皆様、無事に”市場”まで来る事が出来ました。ご協力の方をありがとうございます。異世界”門”に移動するまでは、”市場”での自由時間となります。”市場”内はスマホ、携帯電話、その他電子機器が電波は異常に悪いですが使用できます。しかし異世界”門”を通ったら使えませんので、しっかり念頭に入れて、自由時間をお楽しみください。”市場”出発は十一時半で、集合場所はこの場所、中央日本認可店前です。繰り返します……」
どうしても地球での日常生活に必要な電子機器は誰も取り上げられなかったので、私は諸注意を三回大声で繰り返し、皆さん思い思いに”市場”内を観光しに行く。まさか行きに砂糖を買う人は居ないだろう。荷物増えるし。
私はと言うと……中央日本認可店内にある、これから目指す異世界の情報が載っている新聞風のペーパーを隅々まで確認する作業がある。
ペーパーの確認をしていると、いそいそと樋口さん親子が私に近付いてくる。
「まちさん、何か良い情報ある?」
「ツアーのオプションで行える、魔法工具を使用したアクセサリー製作の材料で、良い物が契約工房に入荷したようですから、ちょっと豪華なのが作れそうです」
「異世界の宝石って、地球じゃダイヤモンドより硬くなるから、加工できないのよね。でも異世界の宝石って地球の宝石よりきらきらよね」
「中の微細な何かが、地球の太陽の光をいっそう反射するとか」
「うちの旦那ったら、じゃあ異世界ガラスでLEDをいっそう明るくする加工出来無いかっていうのよ! これだから技術者は」
「素敵ですね、省エネが進化しそうです」
「まちさんはこれからどうするの?」
「情報の確認の後は”市場”を見回って、お困りのお客様の手伝いをしてから、行きつけのカフェでお茶を一杯楽しんで、ここに戻ってきますよ」
樋口さん親子がなるほど、と頷く。
「まちさんについて歩けば、”市場”内の良いところは見れるし、まちさんのお気に入りなんだから、おいしいお茶が飲めるわ」
樋口さんがウインクして宮子さんに言う。
「じゃあ、行きましょうか」
ペーパーの確認は済んだので、私は認可店の窓際の椅子から立ち上がり、ペーパーを元の位置に戻して、二人と共に”市場”内に歩き出したのだった。
亜空間”市場”は、観光客向けの華やかな部分と、業者向けのごみごみした部分の差が明確で、それが看板にきっちり書かれている。そして観光客向けの部分は石畳に雑ながらも地図があり、よほどの方向音痴でも、石畳の通りに歩けば、各国の認可店の前まで戻れる仕様だ。これは”市場”で迷子を大量に出してしまった反省から行われた処置とも言える。
「あ、まちさん、写真撮って!! まだ電波つながるから、親に写真見せたいの!」
「もちろん、さあ笑って笑って!」
私は観光客向けの場所で写真の手伝いを頼む、ツアー参加者では一番多い五人での参加の、田村さん達の手伝いをした。
「うーん、素敵だけど……今は荷物になるから……」
「少々お値段はかかりますが、ここで購入して、認可店で宅配便にして、ご自宅に送るという方法もとれますよ、素敵なグラスですね!」
「ありがとうございます。これは耐熱みたいなので、すごく割れにくい耐熱グラスを探していたから……」
新婚夫婦の磯山夫妻の、夫である磯山徹さんが、妹が探していたからと悩んでいたので助言をしたりもした。
その他、異世界”門”内に持ち運べそうかどうかという質問はたくさんもらいつつ、素材と危険物かどうかと魔力耐久性があるかと……何人もの人にあれこれ聞かれた後に、私の認可店での待機まであと二十分と言う時にやっと、私は顔なじみになりつつあるカフェに到着した。
「あんた、また来たの? いつもので良い? そっちのお二人はどうする?」
「いつものでお願いします。あ、お二人はメニュー表見ますか?」
「まちさんと同じ物で」
「私も……」
「はいよ」
カフェの席に樋口さん親子と座ると、もう顔を覚えたのだろう店主がざっくり聞いてきたので、頷く。
二人は私の飲むものなら間違いが無いというわけか、私と同じ物。
そして出てきたのは、大きなマグカップ並々のミルクティーに見える飲み物だ。
「これは何かしら」
「今から行く異世界で親しまれているお茶に、地球の紅茶をブレンドした物に並々のミルクを入れた物ですよ。割と味にパンチがあります」
「へえ……あら、おいしい」
「味が強いけれど、なんだか飲めます」
「異世界では、地球の紅茶ブレンドはないので、もっとパンチが効いた物になるので、これから行くぞって思う時に飲むんですよね」
そんな会話をしつつ、マグカップ一杯のお茶を飲み、おのおの会計を済ませ、集合の二十分前に私は待機場所である日本認可店に戻ってきたのだった。




