私は異世界添乗員
世界各国に突如として現れたのは、地球とは異なった土地に通じる”門”であった。世界各国は”門”の向こうの世界と交流を行い始め、そしてそれは日本でも同じ事が言えたのだ。そして世界的に現在、”門”の向こうへの旅行が一大ブームを巻き起こし、私ことかがやまちは、異世界専門添乗員として、とある小さな旅行会社で働いているのである……
この仕事を始めたきっかけについて? そんなのは簡単、現在貧富関係無しに、熱狂的に支持されている異世界旅行のパッケージプランに参加した時に、そのパッケージプランの添乗員さんにスカウトされたから。
「あなたには、”門”の向こう側でも、お客様を無事に帰国させるだけの才能があります。社長に掛け合うから、是非ともうちの会社で一緒に働いてくれないでしょうか」
その時私は、ちょうどと言うべきか何と言うべきか無職で、失業手当その他で生活中で、さらには記録的大雨の結果、自宅が生活不可能な状態にあった。
前の職場での退職金やら、パワハラセクハラ、労基違反の労働の慰謝料やらで、口座はそれなりに貯まっていたけれども、それでも安定的な生活への渇望を持っていた。
自宅を探し、ハロワに通い詰め、履歴書や職歴を送り、なんとか無事だったリクルートスーツで面接にむかう私は、その頃とても疲れていて……だからだ。
マンスリーマンションに帰る途中の道筋で、小さなビルの中にある旅行会社の窓に貼り付けられていた広告が、とびきりキラキラ輝くように見えて……気付けばそのビルのその旅行会社の店内に入り、異世界行きかつ、発着が日本の、割高にも見えるパッケージプランを申し込んでいた。
何やっているんだろうと思ったのは、ほんの一瞬。
次に頭の中に湧き上がってきたのは、この地球ですらないどこかに、旅立てるという喜びだった。
申し込んでから一週間後にあった、パッケージプランの重要事項の説明会……受付の時点でも入念に説明を受けたが、参加した方が絶対に良いと言う事で参加した説明会……の中身もしっかりと記録し、パンフレットを受け取り、まだ見ぬ世界への希望と期待とその他ポジティブな感情を胸に、私は二週間後には荷造りをして、添乗員さんが同行するそのパッケージプランに旅立っていたのである。
まだ見ぬ世界は空が青くて星が綺麗で……地球のどこでも予測できない事がたくさんあって、数回命の危険にさらされかけた。あまり思い出したくないので割愛したい。
同行してくれた添乗員さんも死に物狂いで、参加者を一人も欠けさせる事なく日本に帰国させようと奔走していたが……異世界の常識は地球のどこの常識とも相容れない部分があり、添乗員さん自身も命の危機に片手ほど瀕した。
何の因果か、運命か。その添乗員さんの命をそのたびに救った私は、気付けばパッケージプランの参加者全員の命を救ったりなんやりしていて……一週間の異世界滞在パッケージプランが終わり、無事に全員で地球の日本にある、出発した”門”をくぐって帰ってきた際に、添乗員さんにがっちりと手を握られて、前述の事を言われた訳であった。
職を求めていた私にとって、その言葉は信じたくなる魅力を放っていたのは間違いない。
正直、その時は異世界でのあれこれそれで、非常に疲れて頭がうまく回っても居なかっただろうが、私ははっとした頃には添乗員さんの名刺やその他を渡された状態で、マンスリーマンションに帰宅していた。
悩みには悩んだ。だが袖振り合うのも多生の縁という奴である! と私は一念発起し、電話でその旅行会社と連絡を取り、面接を受け……見事に内定をもらったわけである。
そこからは、必須の資格として旅程管理主任者という物をとる事を最初に行った。私が主に働くのは異世界相手の旅行という訳で、総合旅程管理責任者という資格ではなく、異世界旅程管理責任者という、新しく日本でも作られた資格をとった訳だ。
研修を受け、実地研修を行ったあたりで何やらざわつかれた物の、とにかく私は違法な事でも何でも無く、異世界旅行専門の添乗員になったのであった。
登録者名は本名だが、名札は割と自由に名前を書ける。それはお客様に印象の残る名前にして、いざという時にすぐに呼べるようにと言う配慮だ。
お客さんにも田中さんがいて、添乗員さんも田中さんで、お客さんにもあやさんがいて、添乗員さんもあやさんだった……なんていう時に、とっさの明暗を分けるのが呼び名なので、ちょっと変わった、頭に残りやすい名前の方が、異世界では良いだろうという判断の結果だ。
無論お客さん用の資料には本名も載っている。だが名札は個性を満載にしていいという中身だ。それはうちの旅行会社のみの特色かもしれない。他の旅行会社の添乗員さんがどうかは知らない。私が添乗員さんのいるツアーを申し込んだのは、後にも先にも就職の決め手になった異世界パッケージプランのみなのである。
そして私の仕事の上での名前は、かがやまち。
……異世界を破壊する転生者を発見し、発見次第通報し、実行部隊と連携をとり異世界を救うという、字面にしてみてもわけのわからないであろう前職の際に使っていた名前である。この前職は……私の頭の中が見せた夢だったのかもしれない。
何しろある時目を覚ましたら、使っていたはずの社員寮ではなく、その前に暮らしていたおんぼろアパートで、日付もそこに就職する前の日付まで巻き戻っていたのだから。
つまりパワハラセクハラ、労基違反と満漢全席みたいなブラック企業を辞めて、心がボロボロになっていたその頃に戻っていたのだ。
そんな不思議現象を体験しているけれども、この異世界添乗員になるにあたって、その記憶はとても役立っているから、人間何が人生の役に立つかわからないものである。本当に。
「あなたが居てくれて本当に良かった! もう何度もだめかと思ったけど、あなたが冷静に対応してくれたから、日本に帰ってこられたわ!」
「ありがとうございます」
「あんた、若いのに本当にすごいな! おかげで気持ちよく”門”の向こうでの観光も楽しめたよ。次もあんたがいるこの会社の、異世界パッケージプランを申し込もうかな」
「本当ですか? またお会いできる日を楽しみに待っていますね」
「色々説明会がしつこくてうるさいと思ったけれど……いざ始まってみてわかりました。あの説明会、すっごく大事な物だったんですね! 勉強になりました!」
「それは良かったです。何か足りないと思われた部分がありましたら、メールでのご意見ご感想をお待ちしていますね」
今日も私は、添乗員付き異世界パッケージプランを終了させ、日本に三カ所ある”門”の一つ、関東”門”でお客様と最後のお別れをしていた。
この後は……報告書その他が待っている。今回の問題の洗い直しその他だ。添乗員には旅の後にもそう言った仕事が待っている。特にスマホも使えない異世界の報告は必須だ。
「季節風の関係と……それから治安関係と……これから三ヶ月の間に行われるであろう行事の一覧表と……」
ぶつぶつ言いつつもやりがいはある。リピーターになってくれる人も居る位だ。中には私を指名して、私が行く異世界旅行じゃなきゃいやだと言う人も居る。
なんだか頑張って労働している気がして、私は今日も、会社に戻っての報告書を仕上げる事に頑張れるのであった。




