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流遷のグリムエッジハンター

作者: 沢城侑

 魔王軍の侵略を人が退けて100年が過ぎた。


 世界に魔物はまだ多く残っているが、それは統率を失った獣に成り下がっていて、もはや人の存亡を脅かす脅威では無くなっていた。

 そして今や魔物は世界に素材として存在している。

 その希少な素材を求めて人々は、競い合って狩りを行うのであった。


◇ ◆ ◇ ◆


 狩場街――シュテン。

 馬車から降りた男は、古びた一軒家の前に立っていた。


 男は地図を見る。場所は確かにここで合っているが、こんなボロ屋敷が本当に待ち合わせ場所なのだろうか。そう思いながらも扉をノックした。


「やぁ、よく来てくれたね、レオン。ようこそギルド・ロトンウィンドへ」

 出てきた女が快活に言う。


「来てやったぞ、ヴァネッサ。こんな街まで呼びつけやがって」

「まぁまぁ、私とアンタの仲じゃないか」

 そう言うと、女――ヴァネッサは蠱惑的な笑みを浮かべた。


「意外だなお前がギルドに所属しているなんて」

 レオンは木造りのギルドハウスの中を見渡しながら言った。


「正確にはギルド所属じゃないわ。ちょいと縁があってね、お世話になっているのよ。それにアンタも縁があるはずだよ」


「俺にも?」

「ここはハーグラスの造ったギルドさ」


「……あのオッサン辞めてギルドなんか造っていたのか……。それで俺を呼び出した理由はなんだ?」


「せっかちだね。もう少し思い出話とかをする気はないのかい?」


「これでも忙しくな」

 呆れ気味に息を吐いてヴァネッサは口を開く。


「ここのギルドの姉妹を助けて欲しいの」

「姉妹を助ける?」


「そう、ハーグラスの娘、今はここのギルドマスターよ」


 ヴァネッサの話を聞く所によると、姉妹は病死したハーグラスに代わって、若くしてギルドを継いだのだが、ギルド経営能力、戦闘能力共に未熟であった。そしてかつては数十人いた所属員も次第に数を減らし、ついには姉妹だけになったという。


 そしてさらに追い打ちを掛けるように――。

「買収される?」


「そう、ギルド・イグナイトって大手のギルドがあってね。そこにライセンスもろとも買われちゃうの」

 ライセンスとは認められたギルドのみが所有を許される狩場での狩猟の権利である。これが無ければ、そのギルドはいくら実力が高かろうと、狩場に出ることすら許されないのだ。


「なんでまた、そんなことに?」


「経営が苦しい時に作った借金が原因ね。でもまだ買われると決まったわけじゃないわ。明後日の狩猟日の稼ぎで借金をある程度返せばいいんだけど」


「メンバーが居ないのに、どうやって稼ぐんだ?」


「そこで貴方の出番ってわけ」


「断る」

 レオンは即答であった。


「……そう言うと思ったわ。でも、断っていいのかしら?」


「どういう意味だ?」


「今度行く狩場、グリムエッジの噂があるわ」


 レオンは鋭い眼でヴァネッサを見つめる。


「いいだろう。詳しく話を聞かせろ」


◇ ◆ ◇ ◆


 ヴァネッサとの話を終えたレオンは、姉妹に会いに行くことにした。


 姉妹の名は姉がエレノアで妹がクロエというらしい。今日二人は訓練所で戦闘訓練を行っているとのことだった。


 狩場は決められた狩猟日にしか開場せず、それ以外の日は立ち入ることはできない。その為、冒険者たちは禁猟期間は訓練にいそしむのだという。


 訓練所に着いたレオンが聞き込みをしたところ、彼女たちは他のギルドとの模擬戦を行っているとのことだった。


 レオンが模擬戦場へ行ってみると、二人組の少女が男の四人組と戦闘を繰り広げていた。レオンは二人の実力をみるのに丁度いい機会と考えて、そのまま遠巻きに見ることにした。


◇ ◆ ◇ ◆


「――ハァァァ!」

 小柄な少女が、裂帛の気合とともに剣を振り下ろした。


 相手にかわされた剣戟が地面を打つと爆発とともに土が爆ぜた。どうやら爆裂術式を仕込んだ魔法剣らしい。


 少女はその爆風にあおられて、たたらを踏んだ。彼女は自身の剣による攻撃で体勢を崩してしまっていた。


 そして相手がその隙を見逃すはずは無く、槍の一撃が彼女の胸当てを撃ち抜いた。模擬戦用の刃引きをした武器なので胸当てを貫通するには至らないが、それでも強烈な衝撃で小柄な少女の身体は宙を舞った。


 派手に地面を転がる少女の前に、もう一人の少女が立ちふさがる。

 彼女は後衛職らしく法衣に身を包んで先端に宝玉のついた杖を構えている。


 彼女の唇が呪文を紡ぐと大きく魔力が膨らんだ。その気配に相手の男たちは身構える。しかし彼女が杖を掲げた瞬間、ぷすんという音と共に魔力は霧散してしまった。


 いわゆる不発――魔法行使の失敗である。


 相手の横薙ぎの一撃が少女の横腹にめり込んで彼女は崩れ落ちた。

 模擬戦は彼女たちの自滅のような形で幕を下ろした。


 なるほど、と思いレオンは彼女たちへと歩を進めた。


◇ ◆ ◇ ◆


「――さぁ、お姉ちゃん、もう一戦いくよ!」

 小柄な少女がもうひとりの少女へと告げた。

 告げられた方の少女は脇腹をさすっている。


「ちょっと待ってよ、クロエ」

「モンスターは待ってくれないわよ!」

 どうやら小柄な少女がクロエで、脇腹を押さえているのがエレノアの方だ。


 クロエの方はまだやる気満々らしく、エレノアを起こそうとしている。


「止めておけ。また同じ結果だ」

 レオンが話しかけると、二人の少女の視線がこちらに向く。


「誰よ、アンタ?」

 怪訝にクロエが問うてくるが、レオンは返答もせずに彼女たちを、特に装備を観察する。


 クロエの方の片手剣――グレド製の98式ロングソード。旧式の術式埋め込み(ビルト)式の魔法剣。埋め込まれた魔法は先程の戦いから察するに爆裂系の魔法。重くて使いづらい部類に入る剣だ。


 エレノアの方の杖――ロイゼン製のファイスモデル。今どき珍しい木の杖。耐久性と安定性には難があるはず。


 今や術式装填(カートリッジ)式の剣や軽量金属を使った高耐久の杖、最新型でいえば特性変換式(モードチェンジ)の魔法具でさえある中、二人共前時代的な武器を使っている。


「お前ら、武器を交換して前後衛を交代してみろ」


「何よいきなり。というか誰なのよ!」


「俺はヴァネッサの知り合いだ。言われた通り武器を交換しろ」

 その言葉に姉妹は顔を見合わせる。


 姉妹が戸惑っている間にレオンは強引に武器を取って、二人に持ち替えさせた。


「立て、俺が相手をしてやる」

 まくし立てられて、姉妹は困惑しながらも武器を持って立つ。


「前衛は攻撃をしなくていい。剣を使ってひたすら防御に徹するんだ。後衛は隙が見えたら魔法を撃て。行くぞ」

 レオンはそう言うと、剣を持つエレノアへ素手での攻撃を繰り出し始めた。


「わ、ちょ、ちょっと」

 エレノアは驚きながらも剣を左右に振り、レオンの拳打を受ける。


 尚もレオンは攻撃を繰り返す。少しずつ攻撃の威力を強めながら。


 最初は戸惑っていたエレノアは次第に剣の操作が滑らかになっていき、レオンの攻撃も余裕を持って捌けるようになっていった。


 そこでレオンはわざと間合いを開けた。

 その瞬間を狙って、クロエが呪文を紡ぐ。


爆光閃(エクスフラッシュ)


 杖の先端から発生した光の玉がレオンに迫る。レオンは腕を交差させて防御をする。腕にぶつかった光の玉は爆発を起こして、レオンの身体を数歩後ろへ跳ね飛ばした。


 それを見た姉妹は、二人揃って間合いを詰めてくる。

 油断せずに勝負を決めにきている。


 しかし――。


「待て、降参だ」

 レオンの言葉に姉妹は動きを止めた。レオンは腕組みをして二人に問う。


「どうだ? 戦いやすかったか?」


 姉妹は困惑した顔を見合わせて、二人揃って首肯した。



◇ ◆ ◇ ◆



「明後日の狩猟日もさっきの編成で行くぞ。武器はそれぞれに調整してやるから、俺に貸せ」


 ギルドハウスに着くなりレオンは姉妹に言った。


「だから! アンタは誰なのよ! あと、説明が少なすぎるのよ!」

 クロエはむくれて言う。

 エレノアの方も怪訝な顔をしている。


「ごめんね。コイツはレオンで、私が助っ人で呼んだのよ。斥候レンジャーで装備の調整もできるの。いい腕なんだけど、無口なのが玉にキズなのよ」

 ヴァネッサが横から説明を入れた。


 説明終わりにレオンは姉妹に手を差し出して武器を要求する。


 エレノアとクロエはしぶしぶといった様子で武器を手渡した。


「ここはギルドハウスだろ? 武器庫はどこにある? 余っている武器を部品として使わせてくれ」

「あ、は、はい」

 エレノアはそう言って、武器庫へとレオンを案内した。


「ここが武器庫で。使わない武器と防具はここに……」

「わかった」

 レオンはそう言うと、武器庫の中を物色し始めた。


 その背中にエレノアは話しかける。

「あの~、父のお知り合いなのですか? どうして、私たちの助っ人を?」


「……君たちのお父さんには世話になった。助けるのは当然だ」


「そ、そうですか」

 他にも何か聞きたそうなエレノアだったが、それ以上話しかけるのが憚られて、武器庫を後にするのだった。


 それからしばらくして、トレイに料理を乗せたエレノアが再び武器庫に現れた。

「あ、あの、夕食時なので、お食事をお持ちしました」


「すまない、そこへ置いておいてくれ」

 背中を向けて振り向かずにレオンは答える。


「レオンさん? 今日はどちらにお泊りですか? 宿は取られているのですか?」

 レオンは微かに逡巡する。


「別に、その辺の安宿なら空いているだろ」


「い、いえ、狩猟日前ですので、どこも満室だと思います」


「そうか、なら、どこかの馬小屋でも貸してもらうさ」


「そ、それでは、ここに泊まられてはいかがでしょうか? 幸い部屋は余っていますし、ご助力頂ける方におもてなしをさせて下さい」

 レオンは手を止めて首だけをエレノアに向ける。


「分かった、世話になる」



 武器庫から出てきたエレノアをクロエはジト目で見る。

「お姉ちゃん、あの無口野郎に随分とつくすじゃない?」


「そ、そんなことは無いわ。ただ、助けてくれる方に、これくらいしてもいいでしょう」


「そんなこと言って、忘れたの? お父さんが死んで言い寄ってくる男がどんな奴らだったか」


「そ、それは……」

 エレノアは俯く。


「ま、いいわ、何かあったら私が守るから」


「ありがとう。クロエ」

 クロエはずいっとエレノアに顔を寄せる。


「好きになっちゃだめよ」


「な、ならないわよ」

 その言葉とは裏腹にエレノアは頬を赤らめるのだった。



◇ ◆ ◇ ◆



 夜更け過ぎ、武器庫に酒瓶とグラスを持ったヴァネッサが現れた。

「一杯どう?」


 レオンは汚れた手を拭いてグラスを受け取った。

「随分優しいじゃないかレオン。アンタにも庇護欲があったのかい?」


「別に、あのハーグラスのオッサンには世話になったからな」


「恩返しってわけだ」


「こんなんじゃ、返しきれねえけどな」


 そう言ってレオンはグラスを煽った。



◇ ◆ ◇ ◆



 次の日――。

 レオンが調節した武器をそれぞれ持って二人は訓練をしていた。


 魔力の安定性には難があるものの瞬発力があるエレノアを前衛として、エレノアよりも魔力を扱う才能があるクロエを後衛として、レオンを相手にして模擬戦を繰り返していた。


 レオンのナイフがエレノアに襲い掛かる。

 強打がエレノアの剣に打ちすえられるが、エレノアは体勢を崩さずに打ち返してくる。


 その攻撃はレオンには当たらないが、彼に隙を作るのには充分だった。


光矢(レイアロー)

 複数の光る矢がレオンに襲い掛かる。


 レオンはそれを叩き落とすが、その内の一本が腿をかすめた。


 クロエは絶好の機会と見るや膨大な魔力を練り込む。そして特大の爆裂魔法を放とうとするが――慣れていない魔法行使に一瞬魔力の加減を間違えた。


 クロエの手元で爆裂魔法が弾けようとする。動揺した彼女は棒立ちだ。


 次の瞬間、レオンはクロエに突っ込んで来た。彼はクロエの爆裂魔法を素手で払い飛ばした。


 数歩離れたところに着弾した魔法は大きな爆発を起こした。しかしそれさえもレオンがかばったことでクロエは無傷で済んだ。


 クロエの足元に鮮血が散る。素手で爆裂魔法を弾いたレオンが負傷したことは明らかだった。


「大丈夫!?」

 クロエがレオンを見るが、彼は何くわぬ顔で手を押さえている。


 しかしその手には血がついているものの、傷はすっかりと無くなってしまっていた。


「え? 傷は?」


「問題ない」

 彼は背を向けた。


「休憩だ」

 そう言って彼はひとり模擬戦場から出ていった。


 ぽかんとその背中を見つめるクロエに、エレノアがすり寄ってきてささやく。


「好きになっちゃだめよ?」


「ならないわよ!」


◇ ◆ ◇ ◆


 そして、狩猟日当日を迎えた――。


 無数の冒険者が集まり、昂揚と緊張が入り交じる空気の中、それが最高潮に達する瞬間、狩場の入口の鐘が打ち鳴らされた。


 禁猟期間の終わり――狩場の開場の合図だった。


 雪崩のように冒険者たちは我先にと森へと入っていく。

 それに続けと、クロエも駆け出そうとするが、レオンに止められた。


「焦るな。まずは場の雰囲気を掴むんだ」


「そんなこと言っても狙いの大物を先に狩られちゃうよ!」


「死ぬよりかはマシだ」


 こうして彼らの狩猟は静かに幕を開けたのだった。



◇ ◆ ◇ ◆


 

 狩場に入った彼らは戦い方を確かめるように弱いモンスターを狩っていた。


 弱いモンスター故にそれらから手に入る素材の希少性は低く、幾ら狩ってもほとんど稼ぎにならない。

 そんな状態にクロエは苛立ちを覚えていた。


「こんなのばっかり狩っていても埒が明かないよ」

 ぶつくさと言いながら、クロエはバッタ型のモンスターの羽をむしる。


「あ、あの、レオンさん。さすがにこの辺りのモンスターを倒していても、借金は……」

 申し訳無さそうにエレノアが言う。


 レオンは周囲を見渡して警戒をしながら応える。


「今は肩慣らしをしながら戦力温存している。本気を出すのは大物を見つけた時だ」


「温存ですか……」

 そうは言っても、とエレノアは思う。こんな浅い区域で戦っていても大物など出てくるはずが無い。もっと深い所へ行かなければ大型モンスターとは出会えないはず。


 しかし――。


「居た。交戦に入っている。行くぞ」

 レオンが不意に言った。そう言うと彼は駆け出した。慌てて二人の姉妹も後を追うのだった。


 かなりの距離を走って、こんな距離の気配など聞き取れるはずが無いだろうと、エレノアたちが思っていると、本当にそれらは現れた。


 馬くらいの大きさの巨大なトカゲと、四人組の冒険者が交戦中であった。


「あれは! バステリザード!」


「戦っているのは、ギルド・イグナイトね」


 四人組の冒険者は大手ギルドのギルド・イグナイトのメンバーだった。


 バステリザードが大きな口を開ける。

 口の前に大きな火球が出現した。それはギルド・イグナイトのメンバーたちに襲い掛かる。

 四人組は散り散りになりながらも、洗練された立ち回りでバステリザードを追い詰めていく。


 その様子を見てクロエが言う。

「私たちも行こう! アイツを狩らないと!」


「もう遅い」


「遅い?」

 レオンの制止にクロエが聞き返す。


「もうあいつらの獲物だ、ここで手出しするとかえって邪魔になる。それにさっきも言ったが戦力は温存しておいたほうがいい」


 そう話していると、四人組の一人の射手アーチャーが放った矢が、光を纏ってバステリザードへ向かっていく。

 その矢は生きているかのように木々の間を縫って飛びながら、バステリザードの胴体へ突き刺さった。最新の弓術魔法が埋め込まれた追尾型矢じりだ。


 その隙を付いて他の三人は距離を詰めて、各々の武器を叩き込んでいく。

 バステリザードは一際甲高い声を上げて動かなくなった。


「狩られちゃいましたね……」

 残念そうにエレノアが言う。

 

 しかしすぐに異変に気づく。


 突如として森の奥から地響きがする。それは確かにこちらへ向かってきている。


「何?! この地響き!」

 クロエが叫ぶ。


「あのバステリザードは子どもだ。子どもの鳴き声で駆け付けるのは何だと思う?」

 レオンが淡々と告げるとそれは現れた。


 先程のバステリザードの五倍をあろうかという巨大トカゲだった。


 その大きさにギルド・イグナイトのメンバーは逃げ出してしまった。

 それを見てレオンは笑う。


「丁度いい。俺達の獲物だ」


「どこが丁度いいのよ! あんな化け物どうやって狩るのよ!」


「あいつはたかだかCランクだ。その意味を考えろ」


 そう言うと、レオンは飛び出してバステリザードの方へと向かって行った。


 それに気づいたバステリザードはレオンを目掛けて突っ込んできた。


 しかし彼は斥候(レンジャー)らしく軽やかに木々の間を駆けながら、バステリザードの攻撃から逃げ続けている。


「Cランクって言ったって……」


「考えましょう、クロエ。レオンの言った意味を。私たちに勝てない相手じゃないってことよ」

 クロエの呟きにエレノアが応える。


 その時バステリザードが大きな口を開ける。

 先程の子どもの時と同じように、口の前に大きな火球が出現する。

 しかしその大きさは段違いだ。それをレオンは辛うじてかわすが、当たった場所は大きく地面がえぐれてしまっていた。


 それを見た姉妹は揃って気づく。

 そして顔を見合わせると互いに頷いて動き出した。


◇ ◆ ◇ ◆


 幾度目かの攻撃を避けて木の陰に隠れたレオンは一息ついた。


 あの姉妹は来ない。

 ――さすがに怖気づいたか、仕方が無い一人で――。


 そう思っていた彼の元へ姉妹が駆けつけた。


「レオン、私たちもやるわ!」

 クロエが言った。彼女たちは決意を秘めた瞳をしていた。


「俺の言葉の意味は分かったか?」


「おそらくは」

 エレノアが応える。


「よし、いいだろう。俺は引き続き陽動をする。お前らがあいつを仕留めろ」

 姉妹はそろって頷いた。



 再びレオンは相手の前に躍り出て、注意を引き付ける。


 バステリザードは突進や噛みつきを駆使してレオンを捉えようとする。


 しかし彼の巧みな動きによってまったく攻撃は届かない。


 痺れを切らしたように、バステリザードは咆哮を上げる。


 待望の瞬間だった。


 予想通り、バステリザードの開いた口の周りに火球が出現した。


 しかしその瞬間、エレノアが剣で相手の頭を横殴りした。

 剣から発生した爆裂魔法が顔を揺らす。


 致命打とはならない一撃だったが、バステリザードはそちらに気をとられて、無防備にも口を開けたままだ。


 そしてその口の中へ――。


爆烈閃光連弾(デトネイトバースト)

 クロエの魔法が叩き込まれた。


 身体の内側で起きた大爆発に耐えられるわけもなく、バステリザードは大きな音を立てて地面に倒れ込んだ。


 そしてそのままピクリとも動かなくなった。

 

 姉妹は歓喜に湧き、お互いに抱き合ったのだった。



◇ ◆ ◇ ◆



 クロエは魔法で切れ味を高めたナタでバステリザードを解体する。


 エレノアは粗く解体された素材の余分な箇所を切り落として運びやすいように整えている。


 レオンの方はというと、それらの手伝いはせずに相変わらず周囲の警戒をしている。

 レオンの耳が何かに反応した。

 

 暫くして一人の男が姿を現した。逃げ出したギルド・イグナイトの四人組の一人だった。


「す、すごいな、アレを倒したのか……」

 男が声を掛けてきた。

 レオンは応えない。


「アンタたち、手伝っていないんだから、分け前はあげないわよ」

 クロエがナタを片手に言う。


「はは、分かっているさ。俺はさっきの小さいやつの素材を取りに来たんだよ」

 男は笑いながら言った。


 彼が通り過ぎて木々の陰に消えようとした時。不意に振り返った。


「――やっぱり、気が変わった」

 男は懐から小さな筒状の棒を取り出した。


 それを見た瞬間、レオンが跳ねるように動く。


 男の筒が爆発音を立てた。


 クロエに覆いかぶさったレオンの脇腹に鮮血が迸った。


「グッ!」

 うめき声を上げながらもレオンは投擲用のナイフを投げる。


 しかし、男は軽やかにそれを避けた。


「いい反応をするじゃないか」

 男が言った。


 レオンは苦悶の表情を浮かべながらも身体を起こして、エレノアとクロエを背中に隠す。


「サムリッド単発式魔導銃。モンスターを狩るには向かない武器だな」

 レオンが男に向かって言う。


「そりゃ、そうだ、これは人を狩るための武器だからな」

 男が笑いながら言う。


「そうか、お前が――――強殺者(グリムエッジ)か」

 男の表情が変わった。


「お前、何者だ……」

 男が冷徹に問う。

 しかしレオンは答えない。


「ふん、まあいい、どうせ死ぬんだ。何者でもいいさ」

 男は腰の剣を抜いた。


 レオンはよろよろと立ち上がり、エレノアとクロエに言う。


「お前たちは下がっていろ。これは俺の獲物だ」


 レオンの殺気の満ちた顔にエレノアとクロエは背筋を凍らせる。


「ハッ、その傷で何ができる?」

 しかしレオンは嗤う。

 彼は袖をめくってそこに着けられた腕輪に触れた。すると腕輪は淡く光った。


形式変換(モードチェンジ)回復士(ヒーラー)

 次の瞬間、彼は手の平を脇腹の傷にあてた。


 そして手を離すと傷は跡形も無く消えていた。


 その光景に強殺者の男は驚愕する。


「お前、斥候(レンジャー)じゃなかったのか!? 何故、回復魔法を使える!」

「俺は、斥候(レンジャー)でも回復士(ヒーラー)でも無い――――強殺者(グリムエッジ)ハンターだ」


 男はその言葉に青ざめながら、手元の剣に膨大な魔力を込めた。


 特大の魔法剣の一撃を放とうという魂胆だ。


「死ねえ!」


形式変換(モードチェンジ)盾剣士(パラディン)

 レオンは手の平をかざす。すると目の前に等身大の光の盾が出現した。


 男の剣が光輝き、放たれた魔法が盾の前で大爆発を起こす。

 しかし衝撃は一切遮断されていた。


 その光景に驚愕した男は逃げようとする。


 三度レオンの腕輪が輝く。


形式変換(モードチェンジ)暗殺者(アサシン)


 レオンの身体が揺らめいたかと思うと煙の様に消えた。


 そして一瞬の内に男の背後に回り込んで、首を絞めて失神に至らせた。


 エレノアとクロエは互いに身を寄せ合いながら、その光景をただ見つめるだけだった。



◇ ◆ ◇ ◆



「――あの姿が、レオンの本当の姿なんだね」

 レオンは強殺者の男を縛る作業をしている。

 その背中に向けてクロエが言った。


「ああ、俺の本職はモンスターを狩る方じゃない。冒険者を殺す奴を狩るのが俺の仕事だ」


「どうして黙っていたのですか?」

 エレノアが問う。


「俺の存在がバレると奴らは尻尾を出さない。お前たちから情報が漏れる可能性があるからな」


「私たちを隠れ蓑に使ったの?」

 エレノアの言葉にレオンの手が止まる。

 彼はゆっくりと振り向く。


「そうだ、お前たちはカモフラージュだ。お前たちのライセンスのお陰で怪しまれずに狩場に入ることができた」

 

 クロエはレオンを睨みつけて拳を震わせる。

 エレノアの方は憂いの表情で顔を伏せている。


 レオンはグリムエッジの男を肩に担ぐ。そして何も言わずに立ち去った。



◇ ◆ ◇ ◆



 次の日の早朝――。

 朝もやが煙る中、レオンはフードをかぶり、街道馬車を待っていた。


「レオン、もう帰るのかい?」

 どこからともなく現れたヴァネッサが言った。


 レオンはかすかに顔をあげる。


「もうこの街に用は無い」


「返しきれない恩ってのは返せたのかい?」


「……どういう意味だ?」


 ヴァネッサは何も答えずに建物の陰へ手招きする。するとエレノアとクロエが姿を現した。


 レオンは顔を伏せる。


 何かを言い淀むエレノアの背中をヴァネッサが優しく叩く。


「あの、レオンさん、もう少しだけ、私たちを隠れ蓑にしてもらえませんか?」


 レオンは微かに顔を上げた。


「何を言っている?」


「あ、あのですね……」

 俯くエレノアの代わりにクロエが前にでる。


「あー、じれったい! あのね、私たちにはまだまだ借金があるの! こんな中途半端な状態で置いていかれたら困るの!」


「俺はお前たちを騙したんだぞ」


「わかっているわよ。でも、アンタのお陰で強くなったのも事実なの。だからもう少し騙されてあげるわよ……」


 そう言って俯くクロエの代わりに、今度はエレノアが顔をあげる。


「私たちは、レオンさんが強殺者(グリムエッジ)ハンターなんて知りません。私たちが知っているのは、ギルド・ロトンウィンドのレオンさんです」


 朝もやに朝日が差し込み辺りに光があふれる。


 レオンは一つため息をついた。


「借金を返すまででいいんだな?」


 その言葉に二人の姉妹は朝日のように微笑んだ。



 ~ 完 ~


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