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「私だって急だったし、断れるわけないだろ!」
母上にガミガミと怒られ、ついつい言い返してしまう。先程王都に戻ったばかりで疲れているのに、家に帰ってくるなりこの様子だ。
ノルディアス領からの帰り、「直ぐに会いに行くね」と言うセラに何を言っているんだと、呆れながらも「手紙を書く」と言って出発した。行きと同じように、二週間程かけて王都まで戻ってきた。
疲れたため、家に帰ってゆっくりしようと思っていたのだが、母上が玄関で待っており、どういうことだと焦っていたのだ。
「フローラ!どういうことなの!」
「……疲れて帰ってきた娘に第一声がそれなの…。」
「どうして、こんなに予想外の出来事を持って帰ってくるのよ。」
「いや、それは私が聞きたいくらい。」
そう言って、ぷんぷんと怒っている母上の言葉を、半分程無視していたらお兄様が見えた。
「もういいんじゃない?フローラだって、相手に願われたら断れないでしょ。フローラから言い出すわけが無いんだから、それくらいにしてあげなよ。」
「お兄様…!流石よく分かっている!」
お兄様の言葉に、ようやく私が断れなかっただけだと理解した母上が、ため息をついた。そして、心配そうな顔をして聞いてくる。
「フローラ、貴方はそれでいいの?」
「…まぁ、納得してるよ。それにあの人、私がこんなんでも気にしてないからね。」
そう言った私の言葉で、お兄様も唖然とする。
「…たまたま見られて、その後に婚約しようって言われたの!私のせいじゃない!」
二人の様子に焦った私は、それだけ言うと自分の部屋に逃げることにした。
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実地訓練の休暇明け、家族に散々文句を言われた私は、一足先に学園に戻ってきていた。
「…いや、私のせいでは無いだろ。」
寮の部屋で呟きながら学園に行く準備を終え、カバンを持って部屋を出る。教室に着くと既にユリオが来ていた。
「おはよう。どうだった?」
「おはよー、散々怒られた…。私のせいじゃないのに。」
分かってるというようなユリオに、頬を膨らませながら文句を言う。苦笑したユリオと話してると、ティナも教室に入ってきた。
「おはよう、二人とも。」
「おはよー。」
「ああ、おはよう。」
挨拶をしたティナは私の様子を見て、納得したかのように笑った。
「疲れているわね。」
「…そりゃそうだよ。休暇な感じしなかったよ…。」
雑談をしていると、授業の鐘がなる。きちんと座り直し、ドアが開く音にそちらを見ると固まってしまった。
「は?」
ドアから見えた担任の後ろに、見覚えのある銀髪が立っていたからだ。
「えー、今日から二月程、魔法の指導で特別に授業を見てくださいます、セラフィム・ノルディアス辺境伯です。彼は上位属性に適性があり、高い技術を持っています。ぜひこの機会に、色々質問をして学んでください。」
担任の言葉が右から左に抜けていく。
何をしているんだという言葉を飲み込んで、ジトっと見ると私に気づいたセラは、ニコッと笑い掛けてくる。その様子に気づいた、周りの生徒はチラチラと私を見るが、引き攣った顔をなおすことが出来ない。
授業の終わり、文句を言おうと思っていると、セラは先に話しかけてきた。
「フローラ、会いたかった。」
「……私は、こんなに早く会うと思ってなかったんだけど。」
「フローラは、会いたくなかった?」
私の言葉をスルーして、椅子に座っている私の傍にしゃがむと、上目遣いで尋ねてくる。
「…いや、そうじゃなくて。え?私の声聞こえてない?」
「…仕事を片付けて急いできたんだ…。褒めて欲しい。」
褒めてというように頭を差し出してくる様子に、つい頭を撫ででしまう。真顔でこういう事をしてくるのはどうなんだ。ぐるぐるとどうしようか考えたが、セラの考えを読める気がしない。
「…………あ、もういいや。深く考えるのやーめた。」
考えても無駄だと感じた私は、思考を放棄することにした。そんな私の手に頬を擦り付けながら、試すように私を見上げるセラに、ドキドキしてしまう私も重症だと感じていた。
一章はこれで終わりになります。二章は書き終わり次第纏めて投稿します。