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辺境伯家の屋敷、装飾の綺麗な鏡の前で、私は何故かドレスを着せられていた。
「ほんとにいつも急だよね!」
化粧をされている私はセラに文句を言う。
「仕方ない。フローラはよく逃げるからな。」
その言葉にぐっと言葉が詰まった。大人しく化粧を施され、綺麗に整えられる。
「…それで、今日はなんなの。」
「デートだ。もうすぐお前は王都へ帰ってしまうだろう?その前に恋人らしいことをしようと思ってな。」
実地訓練はあと一週間も無い。確かにもうすぐ帰るのだが、会えない訳では無いし、長期休みは来いと言われている。二月くらいじゃないかと思ったが、不満そうな顔に言葉を飲み込んだ。
「うん、綺麗だよ、フローラ。」
支度が終わり、頬を撫でながらセラは言う。相変わらずとても甘い。
「…セラも素敵だよ…。」
そっぽを向きながら言ってもセラは嬉しそうにする。差し出してくれる手をとって、懐かしい辺境伯領を歩くことにした。
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「十七年も経てば、変わるなぁ。」
しみじみと呟けば苦笑が返ってくる。顔馴染みだった店も残ってはいるが、今のこの顔では話しかけることはかなわない。
「…俺がいる。俺は分かっている。」
セラにぎゅっと手を握られそう言われる。心配そうな顔のセラは、私の言いたいことが分かっているようだった。
「そんな顔をするな。俺はお前の笑った顔が好きだ。」
「…うん。ありがとう。」
セラの言葉に、なんだか安心してしまった。気を取り直して楽しむことにした私は、セラの手を引いて気になった所へ歩き出した。
色々見て周り、少し疲れた私たちは、カフェで休憩をすることにした。
「紅茶とケーキ、あとコーヒー。」
私に聞きもせず注文をするセラは、好みは変わってないだろう?と言っているようだった。運ばれてきたものは完璧に私の好みで、ジトっとセラを見てしまう。
「どうした?可愛い顔して。食べないのか?」
「…あま。」
「ん?そんなに甘いのか?」
セラの言動に対して言った言葉だが、本人には自覚はないようだ。
「セラの言葉だよ。よくそんな恥ずかしく気もなく言えるよな。」
すると、フッと笑ったセラが、懐かしいというように話す。
「昔は、お前の方が恥ずかしく気もなく、キザなセリフを言っていたじゃないか。」
「…いや、あれはごっこ遊びのようなものだし…。」
ムッと唇を尖らせた私に、置いていたフォークを差し出す。
「ほら、好きだろう?」
受け取って食べようとすると、ひょいと避けられる。
「…おい。それじゃ食べられないだろ。」
「そのまま食べたらいい。食べさせてやるよ。」
テラス席に座っているせいか、注目されている気がする。
「…なぁ、見られているぞ?氷雷の騎士様だろ?いいの?」
「何がだ?」
ケロッと答えるセラは何も気にしていないようだ。
「いや、こんな甘いとこ見られて平気なのかって…。」
「好きな女に甘くして何が悪い?大体勝手にそう言ってるだけで、俺が呼ばせたわけじゃない。俺はお前にしかこんな事はしないからな。勘違いでもしてるんだろ。」
堂々と言い切るセラはフォークを口元に寄せてくる。腹を括って食べると、嬉しそうなセラが見えて私の方が恥ずかしくなった。
仕返してやろうと、フォークを取り返してケーキを掬う。
「ん。」
セラは、私が差し出したケーキを見て、不思議そうな顔をする。
「お返しだよ。食べさせてくれたからね。」
私がそう言うと、予想に反してニコッと笑ったセラは、私の手を握ってケーキを食べる。
「ふっ。間接キスだな。」
「…っ!」
優しく笑うセラに、顔が染まるのがわかった。思わず俯くと、クスクスと笑い声が聞こえる。
「…なんだよ。手慣れすぎてないか。」
小さく呟いたはずなのに聞こえていたらしい言葉は、セラに否定される。
「慣れてるわけないだろ?俺がこうするのはお前にだけだと言っただろ。…それにお前は存外こういうのが好きだろ?王子様とか。」
顔を上げると、頬杖をつきながらこちらを見ているセラと目が合う。
「…よく読んでいたじゃないか。恋愛小説。」
バレていたことに驚き、恥ずかしさで何も言えなくなる。
「案外可愛い趣味だと思っていたんだ。」
「……自分には無縁だったけどな。」
からかっている訳では無いと分かっているけど、拗ねたような言葉が自分から出てきてしまう。
「俺じゃダメか?」
「…何言ってんの。」
私の手を握って聞いてくるセラをジロっと見る。
「俺じゃ役不足か?」
「………ダメだったら、こんなに照れるわけないだろ!」
可愛くない物言いをついしてしまう。ぷいっとそっぽを向きながら言うと、セラから「そっか」と嬉しそうな声が聞こえた。私の手を握って指をスリスリと撫でるセラに、高鳴った心臓がうるさかった。