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「…やっちゃったー!」
「完全に素が出てたね。フローラ。」
ニコニコと赤茶色の瞳を細めるティナを睨む。
すると後ろからポンと頭に手が乗った。
「フローラって睨んでも怖くないんだよな。それよりもお前、剣も振れるんだな。」
感心するように、紺色の肩につかないくらいの髪を揺らしながらユリオが言う。
この二人は私より爵位は上だが、堅苦しいのが好きではないらしく、たまたま私の素を見られ仲良くなった。
「…まぁね、体格的に剣を主体で扱うのは難しいから。身体強化に魔力を使うのはもったいないかなって。」
「ふーん、まぁ確かにな。」
適当な理由で誤魔化したが、疑問に思われなかったようだ。
「それにしても…。」
ティナの言葉でそっと辺りを見渡すと、視線が突き刺さっているのを感じる。先程の生徒は教師に怒られているが、それよりも私の素の方が注目度が高いようだ。
「困ったなぁ…。」
ざわざわと生徒たちが話している。けれども、それよりも困ったことがあった。先程の視線、確かにセラだった。彼は過去にあった出来事から、無謀な行動が嫌いだという。
(さっきのアウトかなぁ…?)
冷たく鋭い視線を思い出す。『氷雷の騎士』そのものだった。
彼が『氷雷の騎士』と呼ばれるのは、魔法の適性が上位属性である氷と雷だから、というだけでは無い。氷のように冷たく冷静な態度。雷のように厳しく刺々しい物言いから、そう呼ばれるようになったと聞いている。
そして、そうなった彼の背景には、一人の人物が関係していたと噂なのだ。その人物は幼い頃に愛を誓い合っただとか、彼の初恋の人だとか、まことしやかに囁かれている。
(そんな人がいたなんて知らなかったけどなぁ…。)
ともかく、彼に嫌いな行為をしたと目をつけられれば、この辺境伯領で働くことは不可能になってしまう。
学園を上の中くらいの成績で卒業し、またノクターン騎士団に入ることが目標なのだ。
一月ある実地訓練の残りの日数は、出来るだけ大人しくしていようと決めて、集合をかける教師の元へ急いだ。
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目が覚めて知らない天井が目に入る。
「あぁ、そうだった。ノルディアス領だった。」
ノルディアス領の安全地帯に建てた臨時テント。貴族とはいえ軍に着くことの多い生徒は、野営も経験しておくことになっている。とはいっても、テントの中には簡易ベッドも設置され、十分暮らしやすいと前世の感覚で思う。
いつも通り早めに起きた私は、日課の素振りをしようと他の生徒を起こさないよう、そっとテントを出る。念の為人目につかないところに移動し、剣を振る。
筋肉の付きづらいこの体は、身体強化をかけなければ剣を振ることも難しい。こればかりは前世の方が良かったなぁと思いつつ、回数をこなしていく。
「こんなもんかぁ。」
呟いた声は誰にも届かないーーはずだった。ガサッと言う音で振り返り、咄嗟に剣を構え驚いた。立っていたのは、セラフィム・ノルディアスだったから。
「何をしている。」
ハッと我に返った私は、ドレスでないため騎士の礼をとり挨拶をする。
「お初にお目にかかります。クローデリア子爵家が第四子、フローラ・クローデリアと申します。魔法騎士を志望しております故、鍛錬のためと日課の素振りをしておりました。」
貴族らしい口調を意識しつつ挨拶をするが、冷や汗が止まらない。すると、目を見開いたセラは少し震える声で言い放つ。
「その騎士の礼、どこで習った。」
その言葉でハッとした。騎士の礼は普通両膝を地面につけてとる。当時、家族のように思っていたセラに、片膝をつき物語に出てくる王子様の真似をしていた。片手を胸に当て、手を取る仕草をしてからかっていた私は、前世の癖で片膝をつき胸に手をあてていた。
(しまった……。)
焦った私は何も言えなくなってしまう。落ち着こうと思えば思うほど、頭が働かず地面が回っているかのようだった。
「も、申し訳ありません。」
謝ってすぐに礼を取り直そうと思った。しかしグッと顎を掴まれ、上を向けられる。
「そうじゃない。何故その礼を知っている。」
鋭く光る青い瞳に見つめられ、自分の手が震えていることが分かる。
「…お、おとぎ話で、出てきた登場人物です。」
これ以上答えることが出来なかった私の声は、酷く弱々しかったと思う。その言葉に眉間の皺を深くしたセラは、私を離すと「すまない」とだけ残し去っていった。
腰が抜けた私はしばらく立つことが出来ずに、探しに来たユリオに手伝ってもらい、テントに戻った。