離別
しかし内親王は基本的に同じ皇族としか結婚出来ない。
もちろん内親王が臣籍降嫁――貴族に嫁いだ――という例もなくはないのだが、それは摂関家の息子のような高い身分が相手の場合だけだ。
従五位下で内親王を望むのは無理だ。
あの歌物語の男も同じ気持ちだったのか……。
有名な歌物語に内親王と恋に落ちて駆け落ちする男の話があるのだ。
身分など、望んだことはなかったのに……。
官職は何度か望んだが。父のも自分のも。
春宮となりたいと思ったことなど……。
貴晴は溜息を吐いた。
そういえば――。
「つつじの君が仰っていた麻呂ですが……」
貴晴が言った。
内親王だと打ち明けるわけにはいかないから織子を連れ去ったのが女御だと言えなかったのだとしたらもう話しても問題ないはずだ。
「女御の猫だとご存じだったのですか? それで、あの袋を……」
貴晴は織子に訊ねた。
「女御?……ああ、ではやはり、あの方は春宮様のお母様だったのですね」
「ご存じなかったのなら何故、言葉を濁しておられたのですか?」
単に暗くてよく分からなかったという事だったのか?
「父が春宮冊立の邪魔をしていたとか、私が邪魔をするとか仰っていたので……」
つまり帝や春宮が関わっているようだから言いづらかっただけか……。
春宮冊立の邪魔を出来るような立場の人間となると身元はかなり絞られる。
二年前に一度襲撃されていて内親王だという事を人に知られたくないと思えば春宮や女御と関わりがあるというわけにはいかないだろう。
そういえば――。
「都の近くまで戻ってきてから襲撃されたんですよね? 退下した斎王を狙う理由は……前の帝が春宮冊立の邪魔をしていたと思っていたから、その逆恨みだったということですか?」
「いえ、どなたかに春宮位を奪われるかもしれないと……それで帝が私の言う事を信じるとかなんとか……でも、私は今の帝とお話ししたことは……」
織子が首を傾げながら言った。
斎宮に旅立つ儀式をすっぽかしたのだから今上帝が織子に会ったことがあるとしても十二年以上前だ。
となると、帝は織子の言うことを信じているというより恐れていて、つつじの君が廃太子をしろと言ったらその通りにするかもしれないと思っていたのかもしれない。
そもそも、帝が織子を恐れているのは大赦させるために女御が毒を飲ませたせいなのだから自業自得なのだが――。
「帝には他に親王様がいらっしゃらないのですから廃太子などあるわけないのに……」
織子は『帝には他にご存命のご兄弟はいらっしゃらないし……』と言いながら首を傾げている。
祖父が言っていたように、皇族しか皇后になれなかった時代は帝の意向がもっと尊重されていたから春宮選びにもその意思が反映された。
ただ、それも相当大昔の話だ。
今は帝の意向があったところで貴族達が反対すれば今の春宮を廃太子して新しい春宮を冊立することなど出来ない。
まして、既に冊立されてる春宮になんの瑕疵もないのに……。
だから、つつじの君が狙われたのか……?
つつじの君が廃太子をしろというお告げをするかもしれないと……。
ただ、織子は既に退下している。
斎王の――というか斎宮に祀られている神の――お告げがあるとしても、それを告げるのは今の斎王のはずだ。
退下した斎王の言葉が影響するとは思えないのだが――。
帝も女御も後ろめたさで疑心暗鬼になってるだけなのか……?
数日後――
「つつじの君が……」
貴晴は隆亮から織子が太政大臣の邸に移されたと聞かされた。
そうなると、もう今までのように気軽に会いに行けない。
どちらにしろ入内はもう決定していて後は日にちを占うだけだろうから会えたところでどうにもならない。
つつじの君が内親王だと分かる前に大納言家に婿入りできていれば……。
いや、離縁させられるだけか……。
妻側からも離縁は出来るのだ。夫側からの方が簡単なだけで。
特に皇族の場合は本人の意向を無視して別れさせることが出来る。
「それで、これからお前を連れて参内するようにと……」
「だから、そういうことは先に言え!」
貴晴が突っ込むと、
「若様、用意は出来ております」
由太が言った。
内裏に着くと、貴晴はいつものように一人でいつも案内される場所に連れていかれた。
御簾の向こうには帝もいる。
「貴晴の報告にあった〝鬼〟の塒と思しき邸に検非違使を派遣した」
祖父が言った。
それを言うのに帝が出てくる必要はないと思うが……。
「おそらく〝鬼〟を使っていたのは左大臣だろう。それと……」
祖父が言葉を濁す。
女御、か……。
内大臣が女御は群盗の仕業に見せ掛けて帝に毒を盛らせた女官を殺したと言っていたからな……。
「最初にお前が言ったことを覚えているか?」
祖父が貴晴に訊ねる。
〝取り締まる必要が出てきたと言うことですね。身分の高い者を〟
「弾正台として取り締まれという事ですね」
「そうだ。女御も、な」
帝が言った。
「無理に決まってるでしょう!」
思わず声を上げた貴晴を、
「貴晴……!」
祖父が窘めようとした。
「よい」
それを帝が止める。




