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影の弾正台と秘密の姫  作者: 月夜野 すみれ


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冬 六

「その娘をどこかに連れていきなさい! 今度こそしくじるんじゃありませんよ!」

 女性が声を上げると、

「その娘はもう関係ないだろう」

 男性が言った。


「いいえ! あの若造もまだ生きてるんですよ! あの子がようやく春宮に決まったのに奪われでもしたらどうするんですか!」

 女性が言い返した。


 若造……?


 織子ではない。

 父も違う。

 例え生きていたとしても春宮にはなれない。

 でもそうなると――。


 誰のこと……?


 織子が首を傾げる。


 今上帝の親王は一人しかいない。

 それが今の春宮だ。

 だから春宮に冊立されるまでに時間が掛かったのを(みんな)不思議がっていたくらいである。

 帝の兄弟が春宮に立てられることはあるが今存命中の兄弟はいない。


「あの若造とその娘は関係ないだろう」

 男性がそう言うと、

「帝はその娘の言うことを信じてるんです!」

 女性が言い返した。

「えっ!?」

 織子は女性の言葉に声を上げた。


「あの、私、今上帝とは……」

「お黙りなさい! お前の父親が春宮冊立(さくりつ)の邪魔していたんです!」

 女性が織子に怒鳴る。


()……(ちち)とも十年間会ってなか……」

「お黙り!」

 女性の怒気(どき)(はら)んだ声に織子は口を(つぐ)んだ。


「さっさとその娘を殺しなさい!」

「ここではよせ! どこかへ連れていけ!」

 男性が慌てて男に指示した。


「おかしなことは考えるんじゃありませんよ」

 女性が言ったのは織子に対してかと思った。

 しかし、

「殺したと偽って生かしておくような……そうね、その娘の首を持ってきて私に見せなさい。そうすれば誤魔化(ごまか)すことは出来ないでしょう」

 と女性が続けた。

 織子が震える。


 女性は男に言ったのだ。

 二年前、織子を襲撃した者が織子を殺したと偽ったから今回は誤魔化(ごまか)されないという意味だったらしい。


「へい」

 男は女性に返事をすると、

「おい!」

 誰かに合図した。

 すると織子は担ぎ上げられた。


 邸を出ると、織子は再び荷車の荷台に転がされる。

 すぐに荷台が動き出す。


「アニキ、どちらへ? 殺すなら河原へ……」

「すぐにとは言われてねぇんだ。(ねぐら)でたっぷり楽しんでからでもいいだろう」

 男がそう言うと、

「ちげぇねぇ」

 別の男が答える。


『楽しむ』の意味は分からないが織子にとっては楽しいことではなさそうだ。



 由太に先導されて着いた邸の前には白石とその配下らしい官人達――おそらく検非違使――が揃っていた。

 既に門を破ろうとしている。


「白石殿!? どうして……」

「多田殿が行かれた後に捕まえた男達から聞き出しまして」

 白石が説明している間に一際(ひときわ)大きな音がしたかと思うと門が壊れた。

 検非違使達がなだれ込む。


 貴晴も急いで後に続く。


 中でまた声が上がった。


 見ると柄の悪い男達が検非違使に斬り掛かっている。

 検非違使達も応戦する。


 貴晴にも男が向かってくる。

 男が刀を振り下ろす。


 貴晴は一拍遅れて抜刀した。

 振り上げながら太刀の(しのぎ)に相手の刃を当てて外し袈裟に斬り下ろす。

 倒れる男の脇を通り過ぎながら辺りを見回す。


「若様! 外です! 外に男が!」

 郎党の声に貴晴は門の前に引き返すと馬に乗った。


「あちらです!」

 由太が指差した。


 そちらに向けて馬を駆る。



「なんだ、ありゃ!」

「検非違使か!? なんでここに……!」

 男達の声がしたかと思うと荷車が止まり織子は地面に投げ出された。


「きゃ!」

「仕方ねぇ、この娘を始末して逃げるしか……悪く思うなよ」

 男はそう言うと刀を振り上げた。


 織子が目を(つぶ)る。



 馬を走らせていた貴晴の目に刀を振り上げている男が映った。

 地面に小袿を着た女性が転がされている。


「つつじの君!?」

 貴晴は急いで馬を女性と男の間に割り込ませながら手を伸ばして女性を抱え上げた。


「うわっ!」

 男が転がった。

 後から()いてきた由太と郎党達が男達を取り押さえる。


 助けた女性の顔を見ると、やはりつつじの君だった。


「つつじの君!」

 貴晴が呼び掛けると、つつじの君が目を開いた。


「え! た、多田様!?」

 つつじの君が貴晴を見て目を見開く。

「ご無事ですか!?」

「は、はい。ありがとうございます」

 つつじの君がそう言った時、

「若様! ここにいる賊は捕まえました。これから検非違使に引き渡します」

 と由太が報告してきた。


「あの、つつじの君、あの賊に襲撃を依頼した者を捕らえるまで……右大臣家に来ていただけますか?」

 自分の邸へ、と言いたいのを(こら)えて右大臣家と言った。


 何故つつじの君だけこの邸に連れてこられたのかは分からないが管大納言の邸が賊に知られている以上、指示役を捕まえるまで戻るのは危険だろう。

 かといって貴晴の邸は小さいし木っ端役人には随身など付いてないので管大納言の邸よりも守りが手薄だ。

 となると後は隆亮の邸しかない。


 右大臣にも姫がいるが、邸の中にいるなら一人守るのも二人守るのも同じだろう。

 大臣は大納言より随身も多いから大納言家よりは安全なはずだ。


「もちろん、管大納言のお邸にはつつじの君の無事は知らせます。なんなら、つつじの君から文を書いていただいても構いません」

 貴晴の言葉に、

「はい……あの、多田様は右大臣のご令息なのですか?」

 つつじの君が言った。

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