冬 五
「なんだ」
「私達は離れていよう」
隆亮が言った。
「拷問の内容は秘密なのか?」
「そうじゃない。言っただろう。検非違使じゃなくて良かったと思うくらいだって。聞いたら夜眠れなくなるぞ」
隆亮が真剣な表情で言う。
盗賊にもその顔で言えよ……。
貴晴が心の中で突っ込む。
「そんなに酷いのか?」
「聞きたいなら止めないが私は向こうへ行く」
隆亮はそう言って白石の声が聞こえない場所に行ってしまった。
「まず耳を削いで……」
白石の声が聞こえてきた。
げっ……。
貴晴は慌てて隆亮のいる場所に向かった。
しばらくして白石が貴晴と隆亮のところにやってきた。
「多田殿、あの男が話したいそうだ」
「あ、ありがとうございます」
貴晴が引き攣った顔で頭を下げる。
「あれは唐土という海の向こうの国の書物に書いてあった中でも特に残酷なもので……」
白石が貴晴に説明する。
「あ、詳しい話は……」
夜、眠れなくなったらどうする!
「本当にやっているわけではない」
白石が言った。
なんだ、喋らせるための脅しか……。
貴晴は男のところに向かった。
男の顔色が真っ青に見えるのは夜のせいだけではないだろう。
ちょっと聞いただけでも眠れなくなりそうだもんな……。
「今、聞いたことをやられたくないなら知ってることを話してもらおう」
「なんなんだよ、お前ぇら! ホントに貴族かよ!」
「貴族にどんな夢みてるのか知らないが、貴族だって暴力も振るえば人殺しもするんだよ」
貴晴が答える。
「地獄に落ちろ!」
「その前にお前をこの世の地獄に送ってやろうか? 検非違使庁って言うんだが」
貴晴の言葉に盗賊の顔から血の気が引いた。更に。
「くそっ、こんなことなら大納言の方にいきゃ良かった」
その言葉に貴晴の顔色が変わった。
「おい! 大納言ってどの大納言だ!」
盗賊の胸倉を掴んで怒鳴る。
「名前なんか知らねぇよ! 歌が上手い姫が……」
貴晴は男から手を離すと、
「誰か! 馬を……!」
声を上げた。
白石が随身の一人に命じて馬を連れてこさせる。
「多田殿、この馬をお使いください」
「助かります」
貴晴は馬に飛び乗った。
管大納言の邸に向かって馬を走らせる。
「ーーーーー!」
織子はまた叫び声で目を覚ました。
邸の中を大勢の人が走り回っている足音が聞こえる。
侍女に話を聞こうと部屋の外に顔を出した時、
「ここにもいたぞ!」
後ろから男が怒鳴る声がして腕を掴まれた。
織子は男に引きずられるようにして庭に連れ出された。
松明の明かりで顔をてらされたかと思うと誰かが、
「こいつだ!」
と織子を指さす。
「よし、連れてけ!」
その言葉に男が織子の腕を掴んで別の方へ歩き出す。
「他の女達はこっちだ」
背後で男の声がした。
「しき……二の姫をどこへ連れていく気ですか!」
義母が声を上げる。
「極楽だよ」
男が下卑た声で答えた。
「だ、誰と間違えてるのか知りませんが……」
義母の言葉を、
「間違いかどうかはこっちで確かめるからいいんだよ!」
男は遮り、織子を縛って荷車の荷台に乗せた。
管大納言の邸の前で男達が戦っていた。
随身と群盗だ。
門の近くに女性が二、三人固まっている。
群盗が女性達を連れ去ろうとし、それを随身や郎党達が阻もうとしているようだ。
貴晴は馬を下りると女性達に駆け寄った。
つつじの君がいない……。
「つつじの君は!?」
貴晴の言葉に女性達がきょとんとした顔をする。
そうか、つつじの君って名前じゃないし、大姫でもないし……。
「ええと……」
焦っていてなんと言えばいいか思い付かない。
そう思った時、以前つつじの君と一緒にいた女性がいるのに気付いた。
「あの……! 前に牛車で襲われた時につつじの君と一緒にいらっしゃいましたよね!?」
「え、ああ、狩衣の袖の?」
女性が答える。
「そうです!」
貴晴が勢い込んで頷く。
「織子様なら男に連れていかれて……」
「どっちですか!?」
女性達が指をさす。
貴晴は馬に乗るとそちらに馬を走らせた。
だが、どこまで行っても見つからない。
くそ……!
どこだ……。
焦って辺りを見回した時、
「若様! こちらです!」
由太の声がした。
貴晴は由太のいる方に馬を走らせた。
織子は知らない邸の庭にいた。
暗くて周りはよく見えない。
「もっと火に近付けなさい」
建物の中から女性の声がしたかと思うと織子の顔に松明が寄せられる。
熱い……。
「十二年前に一度会ったきりだから分からないかと思ったけれど……母親にそっくりね」
「父親にも」
女性と男性が御簾の向こうで言った言葉を聞いて織子はハッとした。
父様と母様を知ってるの……!?
それなら両親の話を聞きたい。
織子は親のことをほとんど覚えていない。
だが――。
とてもそんな和やかに話が出来そうな感じじゃない……。
「二年前、行方が分からなくなったと言うから上手くいったのかと思ったら」
やっぱり……。
女性の言葉に織子は肩を落とした。
二年前、織子の命を狙った相手なら当然――。
「始末しなさい。今度こそ確実に」
予想通りの言葉を女性が放つ。
だと思った……。
早く出家しておけば良かった……。
織子は悔やんだ。
そうすれば少なくとも成仏は出来たはずだ。
その時、小さな動物が織子の胸元に頭を擦り付けてきた。
猫……?
織子が幼い頃に飼っていた猫に良く似ていた。
猫が匂いを嗅いだり頭を擦り付けている辺りには守り袋が入っている。
何か猫が好むような物でも入っているのかと首を傾げたが猫が何を好むか知らないから見当が付かない。
餌になりそうなものは入ってないけど……。
どうせ殺されるなら猫にやりたいが縛られていて手が動かせない。
「麻呂! こっちへいらっしゃい!」
女性が猫に呼び掛けた。
麻呂……?
名前まで同じだ。
「麻呂を――その猫をこっちへ連れてきなさい!」
女性の命令に、近くにいた男が猫を掴み上げる。
「いでっ!」
男が声を上げて猫を離した。
猫は織子の側に戻ってくると盛んに胸元の匂いを嗅ぐ。




