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影の弾正台と秘密の姫  作者: 月夜野 すみれ


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冬 四

「どうした?」

「用があるから帰ってこいと――右大臣家に」

「…………」


 右大臣は今、妻の家に行っている。

 それは右大臣家からは内裏の方角が方塞りになっていて参内に差し障りがあるからだ。


「明日、朝議(ちょうぎ)は?」

 貴晴が訊ねた。

 朝議というのは帝と公卿達の会議である。


「ある。絶対に出ないといけないのが」

 だとしたら本宅に呼び付けるはずがない。

 右大臣家からは内裏の方角は方塞りなのだ。

 今夜右大臣家の本宅に泊まってしまったら明日の朝議に出られなくなる。


 貴晴と隆亮は顔を見合わせた。


「五郎。車の用意を。邸に帰る」

 隆亮がそう指示すると五郎は黙って出ていった。


「若様、郎党から矢を見付けたという報告がありました。文を見た形跡はないと」

 由太が報告した。


「じゃあ、気を付けろよ」

 隆亮はそう言って帰っていった。



 夜――



「若様」

 由太が声を潜めて呼び掛けてきた。

「庭に文が落ちていたそうです」


 落ちているのを確認しただけで持ってこなかったのだろう。

 由太は文を差し出さなかった。


「ただ……」

「なんだ」


()(くず)の (のち)()はむと (ちぎ)りしも 風に散る葉の うらみるなりと〟


 由太が歌を詠んだ。


「……私は何か由太(おまえ)に恨まれるようなことをしたか?」

 貴晴が言うと、

「文に書いてあった歌だそうです」

 由太が答えた。


 持ってくるわけにはいかなかったから覚えてきて伝えたのだろう。

 拾うなと言われて中身を確認した上でその場に置いたままにして内容を報告するとは中々優秀な郎党だ。


 気付かれていないかどうか探るためかもしれないから関係なさそうな内容でも拾ってこなかったのは正解だろう。

 ただ――。


 恨み……?

 内大臣が狙われているのは群盗の頭の正体を知ってるからじゃないのか?


「やはりただの群盗ではないという事か」


 この歌の意味ははっきりしないが、歌で『うらみ』と言ったら普通は〝恨み〟と〝裏を見る(裏見)〟の掛詞である。


 開ける門の場所などは書いてないようだが……。


「葛が生えてるところはあるか?」

「西側に」

 由太が答える。


 内大臣の姫の寝所――つまり今貴晴達がいるのが西の対だ。


「失礼致します」

 郎党がやってきて、

「文を拾った使用人が西の門を開けに向かいました」

 と声を潜めて報告した。



「やっぱり西の対の警備が厳重になってるようだな」

 群盗の一人が仲間に囁く。


 男達は音を立てないようにしながら東の対に向かった。


 東の対の寝所では薄明かりが灯されていた。

 小袿を着た女性が本でも読んでいるのか俯いている。


「騒ぐな。大人しくしてれば殺しゃしねぇ」

 盗賊が小袿の女性に下卑(げび)た笑みを浮かべながら刀を突き付ける。


 俯いていた女性は重ねた小袿の下に手を伸ばした。


 女性は襲の下に手を伸ばしたかと思うと微かな金属音がした。

 次の瞬間、女性が振り返り銀閃がひらめく。


「ーーーーー!」

 男が叫び声を上げて倒れた。


 他の男達が浮き足だつ。

 小袿を着た人物が更に踏み込み別の盗賊に斬り捨てる。

 別の盗賊が倒れる。


手前(てめ)ぇ!」

 男の一人が女性の動きを止めようと長い髪を踏み付けた。

 (かもじ)(付け毛)が外れる。


 取れた(かもじ)をそのままに貴晴は振り返ると男を斬り捨てた。


「男!?」

「悪いな」

 貴晴がそう言って盗賊を斬り倒す。

 盗賊が倒れる。


 別の盗賊が背後から貴晴に斬り掛かろうとした瞬間、几帳(きちょう)の向こうから几帳ごと斬り裂かれ真っ二つになった。

 転がった男の上に壊れた几帳が倒れる。


 外に飛び出そうとした男が影に潜んでいた五郎に足を掛けられて庭に転がり落ちる。

 そこに郎党達が飛び掛かって取り押さえた。


「若様、多田様は生け捕りにしたいのでは? 斬らないでくださいよ」

 五郎が隆亮を(たしな)める。

「いや、貴晴も斬ってるし」

 隆亮が弁解するように答えた。


「若様、一人を除いて全員取り押さえました。生きてる者は」

 由太が報告する。


 当然、その一人は郎党が追っているのだろう。

 誰かの指示ならそいつの元に行くはずだ。


「やはり西の対はこちらを騙すためかぁ」

 隆亮が言った。


 牛車は車宿(くるまやどり)という建物に置いてある。大きい邸宅の場合は。

 その建物に行って牛車だけ右大臣家に向かわせて隆亮と五郎はこっそり邸に戻ってきていたのだ。


 まぁ、数を頼みに押し寄せたんじゃないから隆亮の助けはなくても良かったのかもしれないが……。


 とはいえ、それは終わった後だから分かる話であって仕損じるわけにはいかないのだから手を抜くわけにはいかなかったのだ。


「若様、検非違使に引き渡す前に話を聞きますか?」

「誰が話すか!」

 縛られて地面に転がされている盗賊が言った。


「検非違使から聞かれたいのか? 恐ろしく残酷な聞き方されるそうだぞ」

 貴晴が隆亮を見た。

「ああ。思わず目を背けたくなるような残酷さだぞ。怖いぞぉ」

 隆亮が軽い口調で言う。


 それじゃ、全然怖そうに聞こえないだろうが!


「へっ、脅しても無駄だ」

 盗賊が不敵な笑みを浮かべる。


 ほら見ろ……。


「私が詳しく説明しよう」

 不意に大志(だいさかん)の白石が出てきた。


「一体どこから……」

「内大臣の名前は白石だ。白石大志(だいさかん)は内大臣の嫡男だぞ」


 そうだったのか……。


 白石は賊に屈み込んだ。

 隆亮が貴晴の腕を引く。

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