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影の弾正台と秘密の姫  作者: 月夜野 すみれ


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冬 三

「『をぐるまの』の被枕が『うし』なのは『車』を引くのは『牛』だからで、『(うし)』から『(うし)の刻』に掛けてるって聞いたぞ」

 隆亮が言った。

「でも、襲撃はあったぞ」

 貴晴が答える。

「たまたま重なったんじゃないか? 元々狙われてたわけだし」


 それもそうか……。


「あるいは群盗が使用人の誰かを抱き込んで攫うために忍び込むつもりだったとか」

 隆亮の従者――五郎が言った。

「それもあり得るな」

 隆亮が言った。


 確かに隆亮の言う通り『丑の刻に西の門を開けろ』という文だったことは考えられる。


 逢引の手引きは姫が別邸にいるから考えづらい――逢引の手引きをするような侍女なら姫に()いて行っているかそうではなくても邸にいないことは知っているはずだ――が、攫うために門を開けさせるだけなら下働きの使用人でも可能だし、それなら姫がいないことを知らなくても不思議はない。


 いつ、どこの門を開けるかの指示を歌で送ってきたのは万が一見られた時のための用心だろう。

 歌で『門を開けてほしい』と言われたなら逢引の誘いだと弁解出来るからだ。


 貴晴自身で気付けず指摘されてしまうとは悔しいが、恋愛に関しては隆亮には既に二人も妻がいるから詳しいのだ。

 それはともかく、もし隆亮や五郎の言う通りなら――。


「由太、郎党に矢を探させてくれ」

 貴晴がそう言うと由太は郎党に指示をしに行った。


 返歌を付けた矢を放ったのは矢が飛んできたおおよその方向である。

 もしかしたら敵の手には渡っていないかもしれない。

 それなら気付かれる前に回収してしまえば再び同じ手を使ってくる可能性がある。



 織子が門の方を見ると男性の後ろ姿が見えた。


 多田様の御使者かしら……。


 辺りに文を受け取ったらしい侍女はいない。

 あの男性は、邸の門の近くに文を渡せそうな使用人が見当たらないから渡さずに帰るのだろうか?


 織子は男性に声を掛けるべきか迷った。

 だが織子が男性から直接文を受け取るわけにもいかない。


 使用人(ひと)を呼んでくるべきだろうか。

 だが、それまであの男性は帰らずにいてくれるだろうか。


 貴晴はここしばらく文を贈ってきてないらしい。

〝らしい〟というのは必ずしも織子が使う紙として貴晴の文が渡されるとは限らないからだ。

 紙は他の事にも使う。

 たまたま貴晴からの文を織子に渡してくれない限り知りようがないのだ。


 というか、多田様は私が大姫ではないと知ってらっしゃるのよね……。


 だが織子にも文は来ていない。

 つつじの君がどうのと言っていたが別に織子に興味があったわけではないということだろう。


 そもそも多田様は内大臣家に婿入りされたのだし……。


 妻は複数持てるとは言え望みは薄そうだ。


 やっぱり出家しよう……。


 織子は溜息を()いた。



 その夜――



「ーーーーー!」


 誰かの叫び声がして織子は飛び起きた。

 だが部屋の中は真っ暗だ。

 まだ夜なのだろう。


 邸の中を大勢の人が走り回っている足音が響く。


 と、思うと、

「姫様! ご無事ですか!?」

 と匡達に言っている侍女達の声も聞こえてきた。


「何があったの?」

 織子は目の前を通り過ぎようとした侍女に声を掛けた。

「何者かが押し入ろうとしているそうです。おそらく群盗だろうと……」

 侍女はそう答えると行ってしまった。


 どうしよう……。


 邸の中なら安全だと思っていたのに。


 多田様は検非違使ではないと仰っていたし……。


 五月の時は偶然通りかかっただけだろう。

 となると貴晴が助けに来てくれることは期待出来ない。

 おそらく後で大納言家が襲撃されたという話を聞くことになるだろう。


 帰ってくるんじゃなかった……。


 知り合いが誰もいない都になど戻ってきたくはなかった。

 けれど向こうにいるわけにもいかなかったのだ。


 向こうも別に楽しいことがあったわけではないし……。


 不意に塀の外で(とき)の声が上がり織子はぎょっとした。


 だが誰かの、

「助けが来たぞ!」

 という声が聞こえた。


 そして、しばらくすると辺りは静かになった。

 どうやら助けにきてくれた人達が群盗を追い払ったか捕縛したかしてくれたらしい。


 良かった……。

 でも早く出家しよう……。


 きっと寺はこんな騒ぎとは無縁なはずだ。



「管大納言の邸が襲撃された!?」

 貴晴が声を上げた。

「大姫とつつじの君は!? 無事か!?」

「姫が攫われたり殺されたって話は聞いてない」

 隆亮が答える。


「狙われてたのは内大臣家じゃ……あっ!?」

 貴晴は言い掛けて、つつじの君の話を思い出した。

 つつじの君は門の外に男がいるのを見たと言っていた。

 文を持ってきた使者かと思ったと。


「どうした?」

 隆亮の問いに、貴晴はつつじの君から聞いたことを話した。

 

「あ~、使者かと思ったってことは邸を見てたってことだな」

 隆亮が言った。

「だろうな」

 貴晴が答える。


 通行人はいくらでもいるのだ。

 門の前を通り過ぎただけなら使者だとは思わないだろう。

 おそらく門の近くでうろうろしていたのだ。


 にもかかわらず使いではなかったというのなら邸の様子を(うかが)っていたと言う事になる。

 だとしたら下見だった可能性がある。


 迂闊(うかつ)だった……。


 春宮への入内を阻止したいにしろ本当の群盗にしろ、貴族の邸に押し入ろうとしている連中が跋扈(ばっこ)している時なのに……。


 中納言の姫も攫われて殺されたくらいなのだから大納言家も狙われるだろうことくらい予想しておくべきだった……。


「使用人は?」

「は?」

 隆亮が怪訝そうな表情を浮かべる。


「今、『姫は』って言っただろ」

 つつじの君が〝姫〟として数えられていない可能性を考えたのだ。

「死んだのは警護の者と群盗だけと聞いてるぞ。女性は無事だったらしい――侍女や下働きも含めて」

 隆亮が答える。


 その時、侍女が来た。


「右大臣様からお使いの方が……」

 そう言って隆亮に文を渡す。

「…………」

 文を見た隆亮が黙り込む。

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