秋 六
「前の斎王様が選ばれる時の卜占も細工があったとも言われている上に――」
斎王選出のための卜占は細工することが可能らしい。
それで意図的に特定の候補者を選ぶことがあるという噂は貴晴も聞いていた。
斎宮は都から遠く離れた地で、そのうえ斎王は神に仕えるために仏教から遠ざけられる。
だが貴晴を始め、皆が何かというと「出家する」というくらい仏の救い――というか、死んだとき成仏出来ること――は重要なのだ。
だから親達は可愛い娘を斎王にしたがらない。
だが、帝の即位には斎王が必須だ。
それで娘を送りたくない場合、卜占をする者に選出しないように頼むことがある――と言われている。
「主上は前の帝の内親王様に斎王を押し付けた上に送り出す儀式も帝は欠席された」
「欠席?」
「物忌みだと言って旅立ちの儀式に出席されなかったのだ」
それはむしろ何も起きない方が不思議じゃないのか……?
ただでさえ女性は成仏するのが難しいと言われているのだ。
まして仏教を遠ざけなければいけない斎王は更に難しくなる。
それだけの犠牲を払ってくれる女性を粗末に扱ったら神罰が下って当然だ。
逆によく十年間、何も起きなかったな……。
貴晴は呆れた。
「だが前の斎王様の時は十年間、平穏だったのが交替された途端、帝は病で伏せってしまわれたのだ」
偶然だろ……。
貴晴は心の中で突っ込んだ。
二年前、流行り病で庶民だけではなく貴族達もばたばたと倒れた。
「帝の病状が皇后様や春宮様と似ておられたことからお二人は呪詛か毒を盛られて暗殺されたのではないかという噂が立ったのだ。それで除病延年を願って大赦をしたのだ」
退下した斎王が襲われたことはどうでもいいのか!
貴晴は祖父を怒鳴り付けそうになるのを必死で堪えた。
そのうえ帝の除病のために凶悪犯を大量に放って民の安寧が乱されるとは――。
迷惑な……。
だから貴族や皇族と関わりたくないのだ。
自分の利益のことだけで下々のことは考えていない。
管大納言の大姫と上手くいかなかったら出家しよう……。
こんな連中と付き合ってられん……。
〝狩衣 袖はつつじの 枝にありや 菅原のまつ 虫や鳴くかは〟
「由太、これを大姫に」
貴晴はそう言って文を結んだつつじの枝を渡した。
大姫がつつじの君ならこの歌の意味に気付いてくれるはずだ。
由太はそれを受け取ると出ていった。
外を見ると大分日が西に傾いていた。
そろそろ出掛ける時間だ。
貴晴は内大臣家に向かった。
祖父から話を聞いた後、内大臣に警護を引き受けると伝えたら今夜から来てくれと言われたのだ。
「お、来たな」
内大臣の邸に行くと隆亮がいた。
「なんで、お前がここに……」
「明日は妻の邸に行くんだが方塞りなんでな。方違えのついでにお前の手伝いでもしてやろうかと」
「今夜来るとは限らないぞ」
「来なかったら暇だろ。話し相手になってやるよ」
隆亮の言葉に貴晴は肩を竦めた。
「前に母君に騙されてたって言ってただろ。もしかして父親が違ったとかか?」
隆亮が冗談めかして言った。
「そうだ」
「…………」
隆亮は冗談かどうか探るようにしばらく貴晴を見詰めてから、
「そうかぁ。それを子供に打ち明けるとはな」
と苦笑いした。
「秘密にしておきたかったようだが、私が命を狙われたんで理由を教える必要に迫られてな」
「え……もしかして、それが二年前……?」
隆亮の問いに貴晴は頷いた。
二年前――
「若様、こちらです」
侍女の久美がそう言って先に立って歩き出した。
久美は貴晴が幼い頃から仕えてくれている侍女である。
その久美に連れられて貴晴は都の外に来ていた。
何もない場所だな……。
貴晴は辺りを見回しながら思った。
もう少し先まで行けば寺があるようだが牛車はその大分手前で止まった。
久美について歩き出そうとしたとき悲鳴が聞こえてきた。
貴晴が足を止めて振り返ると、貴晴が乗ってきたのと似たような網代車――主に身分が低い者が使う牛車――が止まっていた。
御簾の下から下簾が垂れていて女性の衣裳の裾が見えている。
女車だ。
その横に男がいた。
男が牛車の中に向けて刃渡りの長い武器を突き刺す。
再び叫び声が上がる。
「…………!」
牛車の中にいる女性が襲われているのか!?
貴晴は牛車に向かって駆け出した。
「若様!」
「お待ち下さい!」
侍女の久美と由太が貴晴に制止の声を掛けてきた。
後ろの御簾から人が転げ落ちてくるのが見えた。
貴晴は牛車から落ちてくる人影を見て急いで手を出してぎりぎりのところで受け止める。
女の子だ。
顔は血塗れでよく分からなかった。
童女の上に御簾が落ちてきて顔の上に被さる。
「若様!」
由太の声に顔を上げると牛車を襲った男が貴晴に斬り掛かってくるところだった。
男に向かって由太が刀を投げ付けた。
刀に貫かれた男が倒れる。
武器を手放した由太に男が向かっていく。
貴晴は急いで童女を地面に下ろす。
「御簾を取るなよ!」
隙間があるから見えてしまうかもしれないが。
貴晴は童女にそう言ってから腰の太刀を抜いて男に駆け寄ると頭に振り下ろした。
男の頭に刃が食い込んで止まる。




