秋 二
「貴晴、どうした?」
祖父が訪ねた。
滅多に訪ねてこない貴晴の方からきたから意外に思ったのだろう。
「内裏のことをお伺いしたいのです」
「時雨る秋……」
織子は庭に降っている雨を見ながらしまっておいた狩衣の袖を取り出した。
誰だったのか分かれば返せるのではないかと思うのだが――。
手触りがいいからかなり上等な物のはずだ。
よく見るとうっすらと紋様が織り込まれている。
貴族の衣裳は機織りから仕立まで自宅でするので紋様も家ごとに違う。
「お義母様ならこの紋様がどちらの家のものかお分かりになるかも」
一緒にいた匡もあの人のお陰で助かったのだ。
助けてくれたお礼をしたいといえば文を書くための紙も貰えるかもしれない。
織子は袖を持って北の対へ向かった。
「お義母様、よろしいでしょうか?」
「なんですか?」
侍女と話をしていた義母が振り返る。
「この袖の紋様なのですが……」
「ああ、織子様の御父上の……」
袖を見た義母が痛ましそうな表情を浮かべた。
「え……? あの、なぜ父のだと……」
織子は困惑して訊ねた。
「黄丹もこの紋も禁色ですから」
義母の言葉に織子は更に混乱した。
禁色というのは着用していい位階よりも下だから着用出来ないというものである。
例えば六位の者は五位の浅緋や四位の深緋、三位以上の紫は禁色なので着用出来ないが、四位なら五位の浅緋や六位の深緋は着用出来る。
つまり「禁色」という場合、誰を基準に「禁色」なのかというのである(位階相当の色を「当色」という)。
基準になる人を示さないまま「禁色」というのはおかしい。それだと貴族全員(位階が一位の公卿まで)が着用出来ない色や紋ということになってしまう。それはつまり帝か春宮にしか許されていない色や紋という事だ。
「けど……裏地の色が黄色ですね」
義母が袖を見ながら言った。
「それが何か?」
「検非違使が裏地を黄色にするものなのだけれど……」
義母が首を傾げる。
織子の父は検非違使ではなかったから疑問に思ったのだろう。
では、あの方は検非違使だったのかしら……?
もし検非違使だとしたら探す手がかりになるはずだ。
見付け出したところでどうなるというものでもないのだが――。
「府生の石見? 知ってるが」
隆亮が言った。
「祖父上から石見に会うといいと言われたのだが一向に捕まらないんだ」
貴晴はそう言ってから、
「検非違使の府生ってのはそんなに忙しいのか?」
と隆亮に訊ねた。
「そりゃまぁ……検非違使ってのは治安維持に、風俗の取り締まりに、取り調べに、裁きに科刑、場合によっては追捕で遠出もするからな」
「府生はしないだろ」
貴晴が言った。
府生というのは検非違使庁の事務を担当している志(大小の志がいる)という役職の下で書記官をしている。
一応たまに追捕をすることもあるらしいが。
そもそも官吏官職の監察というのは弾正台がやっていた。
そして治安維持などは京職という役所が担当していたのである。
それが徐々に検非違使に権限を奪われていき、とうとう弾正台は親王の名誉職に、京職は権限のない外れ職になってしまったのだ(官職が欲しいのに貰えない者は『外れとはなんだ!』と腹を立てると思うが)。
そして検非違使は仕事が増えて忙しくなった。
それなら監察の仕事は弾正台に、治安維持は京職に任せておけばいいと思うのだが京職の治安維持はともかく、弾正台の『太政大臣を除く左大臣以下の官吏官職の監察』というのは強大な権力だから手放したくないのだろう。
忖度で弾劾が出来ないのでは意味がないと思うが。
祖父に相談したところ検非違使庁で府生をしている石見を紹介されたのだが、いつまで経ってもその石見と会えない。
それで隆亮に訊ねたのである。
「そういうことなら……お前の邸に滞在させてくれないか?」
隆亮が言った。
「石見とどう繋がるんだ」
貴晴が突っ込む。
「明日から検非違使庁の方角が天一神で方塞りになるんだ。それと内裏の方角には金神が」
「天一神はともかく、金神て……一年もうちにいる気か!」
方塞り、または方忌みというのは神が滞在している方角を避けることである。
都には様々な神がいて、それぞれが動き回っているために方塞りの方角は日によって変わるのだ。
これは具注暦と言われる暦に書かれていた。
吉凶や運勢なども書かれているので貴族達は皆これを見てその日の行動を判断していたのだ。ついでに日記もこれに書き込んでいた。
天一神は五日から六日毎に移動するが金神は一年間おなじ方角に留まる。
「明後日には妻の家に行くよ。妻の家も右大臣家からだと王神がいて方塞りだから」
「まぁそういうことなら」
方塞りの方角へ行く場合には別の方角の邸に泊まる必要がある。
方違えというものだ。
互いに泊まり合うものだから方違えで泊まりに来た客をもてなす必要はないのだが、やはり何もしないというわけにはいかない。
隆亮は右大臣の息子だし……。
何より随筆に『あそこのうちは方違えで泊まった時にご馳走を出してくれなくてがっかりした』などと書かれて回し読みされても困る。
それはともかく、隆亮が検非違使庁の知り合いに石見と会う段取りを付けてくれることになった。




