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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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【源頼光】宇治橋にて

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

 私たちが宇治橋に着いた時、そこに誰もいなかった。


 みやこの城門に限らず、点在する村々の門も日没とともに閉まるって話だし、出入りするには私たちみたいに城壁を上り下りできないと難しい。


 それに夜は穢物けがれものの時間。火車とこの周辺を清めて回ってから時間が経ってるし、貴船神社からここに来る間にもすでに何匹か倒してることから分かるように、また数が増えてきてる。そんな時間に出歩く人なんて、見当たらないのは仕方ない。


「うーん、やっぱり守り神さまとはいえ、寝る時は京の中なのかしら。綱が腕を斬り落としたってのも、屋敷の前の一条戻り橋でのことみたいだし」


Unreliableたよりない。この国の神、おおらかデスね」


「――――こ~んこ~ん、こ~んこ~ん、里のお山からお狐降りて~こんこんこん呪いを撒きます~こんこんこ~ん」


 100mほど伸びる橋の向こう側まで見渡しても、誰1人として歩いてないの確認して、諦めて帰ろうかとしたとき、耳から節のついた声が聞こえて来た。


「何この声、誰もいないのにどこから……。橋の下!」


 土手を滑り降りて橋の下を見ると、はたしてそこには片腕の女性が藁人形に釘を打ってた。


 月明かりの照らされたサラサラな長い髪が、淡い紫色に浮かび上がるのがとても神秘的な私と同じくらいの年齢に見える女性。貴船大明神の話では20歳で人柱になったということだから、多分その時の姿をずっと保ってるのかな。


 そうなると……なんていうか大きい。


 道満さまが普段使ってる体や虎熊みたいに鬼の体と比べると小さく見えるけど、人の女性の中じゃ大柄な私より10㎝は大きい。ついでに何がとは言わないけど、知り合いじゃ1番大きい虎熊より大きい。


 それはともかく人柱とされる時に水神さまへ失礼のないようなのか、寒村の生まれの女性とが着るにはあまりに豪奢な着物が、綱に渡された腕に着いた袖の柄と同じだし、探してる相手に間違いなさそうね。


「あのー……すいません。橋姫さまでよろしいですか?」


 今現在は神様としての格を得ているという女性に恐る恐る声をかけると、木槌を置いたその手を口に当て「あらあら、まあまあ」と驚いた顔をした。うん、同性からみても仕草が可愛らしいお方だわ。


「どちらかでお会いしたことがございましたでしょうか。わたくし、自分の名前すら忘れてしまいました不束者でございますが、橋姫と呼ばれるものは誰かと言われれば、恐らくわたくしのことだと思いますとも」


 長身で背筋をピンとさせた橋姫さまが、深々と頭を下げて挨拶する所作の綺麗さに1瞬見とれてしまったけど、頭を下げなきゃいけないのはこっちだってことを思い出し、橋姫さまがする以上に深く頭を下げた。


「あらあら……」


「…………………………何やってんだよテメエらは」


 私が深々と頭を下げるのに気づいた橋姫さまが私より深く頭を下げ、それに気づいた私がそれよりも――なんてやり取りをしてると、呆れ顔の虎熊からツッコミが入った。


 それをきっかけに同時に顔を上げると、ばっちりと目が合って、どちらからと言わずくすくすと笑い合う。


 おっと、笑ってる場合じゃないわね。こほんと咳ばらいを1つ入れ、私は背筋を伸ばして橋姫さまに向き合った。


「初めまして橋姫さま。私は摂津源氏の長で源頼光と申します。本日は橋姫さまにお詫びとお願いがあって参りました」


「うふふ、ご丁寧な挨拶ありがとうございます。急なことで困ってしまいますが、何かお詫びされるようなことがありましたでしょうか? お願いは、わたくしにできることなら何でも聞いて差し上げたいと思いますけれども」


 うわー。見た目の年齢が同じくらいだから、余計に私との差が浮き彫りになるというかなんというか。まだ外出の自由を手に入れる前、祖父上の命で嵯峨野の宴席に参加したときに他の女房たちから女性としての所作や作法を学べと言われたけど、橋姫さまの動作はその時の貴族と比べても遜色ない。


 てゆーか、あの時の人たちは他人を値踏みしたりで嫌な空気があったけど、この場の空気の柔らかさを考えれば、どの女房よりも見習うところが多いくらいだわ。


 って、そんなこと考えてる場合じゃないわね。火車を手招きしてこっちに来てもらい、腕の入った木箱を開けて言葉を続ける。


「本当にどう弁明しても許されるようなことではないのですが……昨日、私の息子が橋姫さまの腕を斬り落としまして……」


 自分の腕を見た橋姫さまは「まあ……」と1言発したあと、動きを止められたので、すかさず言葉を繋いで許しを請う。


「こちらにいる火車は、当代随一と言って差し支えない医者でして、この腕を再び繋ぎ合わせることが可能なのです。どうかその治療と、それだけでは足りぬというのであれば、いかなる弁済も致します。私の息子にかけている呪いを解いてはいただけませんでしょうか。お願いします」


 もう1度深々と頭を下げると、しばしの沈黙に包まれる。


 やがて1歩2歩と私の目の前まで距離を詰める足音が聞こえたかと思ったら、やわらかい指が私の頭を撫でた。


「うふふ、えらいえらい。よくごめんなさいが言えましたね。分かりました、こんな偉い子の言うことですもの、許しましょうとも」


「本当ですか!?」


「ええ、もちろんですとも。でも―――うふふ」


「でも、なんでしょうか?」


 くすくすと笑いだした橋姫さまだけど、その笑い方にはなんの含みも感じないから逆に不思議になる。そんな私をひとしきり笑った橋姫さまは、柔和な表情で見つめた。


「わたくしの怒りは、ちゃんと相手まで届いたのでありますね? うふふ、これでお友達にも、わたくしだってちゃんと怒ることができるんですよと胸を張れますね!」


 そう言って、やわらかな左腕で力こぶを作るような動作をする橋姫さまを見て、思わず、あははと声を出して笑ってしまった。気分を悪くしてないわよね?


「O.K. なら今すぐ治す、デス。頼光、少し下がって」


 私と橋姫さまの間に割り込んだ火車は、箱から腕を取り出すと、斬れた痕へと腕を近づける。


「ま、一件落着か? めんどくせえことにならねえで良かったぜ」


「正直な話、肩透かしもいいとこだったがなあ。んで橋姫さんよ、テメエはなんでまた腕を斬り落とされたんだ?」


「恐らくびっくりさせてしまったのだと思います。通りを歩いておりましたら、壁を駆け上がろうとする殿方が、小袋を落とされたのを見たので拾って差し上げたんですけど、そのとき後ろから声をかけてしまったのがいけなかったのでしょう」


「…………本当にうちのバカ息子がすいません」


「あらあら、わたくしこそ、もう少しうまく声をかけてあげられたら、こうはなってなかったと思いますから。そんなわたくしが怒るのも筋違いかと思ったのでございますが……」


「ソレハネエ」


 なんともフワフワした空気の中、火車の治療が終わった。橋姫さまは腕を回したり、指を閉じたり開いたり、動きを確認した後、繋がった右手で猫耳外套の上から火車の頭を撫でた。


「すごい。まるで怪我なんてなかったように、すっかり元通りでございます。本当にありがとう」


You are welcomeいたしまして


 良かった、どうやら全く問題はないみたい。それでも着物を斬れたままだし、間に合わせに私の屋敷にある服を渡して、新しい着物を道満さまか保昌殿に見繕ってもらわないとダメね。


 橋姫さまの奇跡的と言っていい優しさのおかげで、取り返しのつかないことにならずに済んだけど、帰ったら綱にはもう1度説教しないといけないし、まだまだやることは多い。


「あのー、それでなんですけど」


「はい、何でしょうか?」


 これからやらなきゃいけないことを考えてると、困った顔で橋姫さまが声をかけて来たので聞き返す。


「呪いを解きたいと思うのですがその……やり方は教わったのでございますが、途中でやめるにはどうすればいいのでしょう?」


「はい?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまったけど、確かに貴船大明神に呪いのやり方を教わったのはつい昨日の話なのよね。仕方ないので1番詳しそうな外道丸に目を向ける。


「サア? 藁人形ヲオ焚キ上ゲデイインジャネ?」


「All right。燃やしましょう」


 慣れた様子の火車が石を打ち付けて火を点けると、さっきまで大人しくしてた藁人形たちが、風を切るように動き出した。


「あらあらあらあら、まあまあまあまあ」


「ったく! 最後の最後でめんどくせえ。頼光! 逃がすなよ!」


「はいはいっと」


 3方向に散った藁人形をすぐに追う。


 ―――まず1体―――続いてもう1体。


 そして最後、綱の動きをしてた藁人形の逃げた方角を見つめた時、轟音と共にその方向の土が弾けた。


「――――!! 火車ッ! 橋姫さまと一緒に後方に!」


 その言葉を待たずとも、すでに火車は橋姫さまと一緒に私から離れたところまで下がり、入れ替わるように私の両脇に虎熊と酒呑が並んだ。


 酒呑はいつもの酒瓶のついた錫杖を、虎熊は私との闘いで折れた槍を青生生魂アポイタカラで作り直す気らしく、今は素手で構えを取る。


 月夜明かりに照らされて、何か山のような巨大な丸みを帯びたものが、ベンベンと掻き鳴らされる琵琶の音とともに近寄って来る。


 その肩? の部分になんか見覚えがある尻尾の生えた少年が立ってるのが見えた。


「この藁人形……呪いだな? おうおうおうおう! とうとう尻尾を出しやがったな源頼光! 火車をかばうに飽き足らず、こんなとこで鬼と一緒に何をしてやがるんでい!」


 それは蓮台野で火車を追ってた大裳とかいう式神だった。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師ドルイダス。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。

【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。

*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。

【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。

【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。

【六合】――12天将の1柱。前3位。琵琶を担いだ2股の尾を持つネコ娘。

【青竜】――12天将の1柱。前5位。スライム状の何か。

【大裳】――12天将の1柱。後4位。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【穢物けがれもの】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。

*【青生生魂アポイタカラ】――緋緋色金の色違い。綺麗な青色をしている。

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