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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
3章 集結、頼光四天王
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宇治の橋姫

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

 パァーンッ―――――!!


 これは京が平安京に移る100年以上前の話。とある寒村に乾いた音が響いた。


 皆が寝静まった後の村を流れる小さな川にかかった橋の上、2人の女性がその上に立って向かい合っていた。


 1人は驚いた顔で左頬を抑えた20歳前後の肉付きがいい女性。もう1人は両目に溜めた涙をぽろぽろ零しながら、開いた右手を振り切った状態の20歳前後の小柄な少女。


「あらあらまあまあ……。どうしましょう……そのように悲しい顔をされると、わたくしどうしたらよいのか分かりませんわ」


「いや、怒りなさいよ! 別に何も悪いことしてないのに、いきなり平手打ちされたら普通怒るでしょ!!」


「そう言われましても、もしかしたら、わたくしが知らず知らずのうちに、何か癇に障るようなことをしてしまったのかもしれませんじゃないですか」


 目の前の少女がいよいよ我慢しきれず、溢れる涙が小さな滝のように流す姿に、殴られた女性はただただおろおろするばかり。


 下唇をかみしめ嗚咽する友の姿に、ようやくすべきことを思いついた女性が、優しく友の背中をさすると、ほどなく落ち着いた友がぽつぽつと言葉を紡ぐ。


「……どうして? どうしてあんたは長老たちの言うことをすんなり聞くのよ。宇治川に橋を架けるなんてうちらには全然関係のないことじゃん。それなのに……それなのになんであんたが人柱になんかならなきゃいけないのよッ!!!」


「そう言われましても、この近くをお治めになる偉い方からのお達しで長老様も大変お困りになっていましたでしょう? このわたくしでお役に立てるのであれば、精一杯お勤めさせていただきたいと思っておりますとも」


「――――ッ! あんた分かってんの!? 人柱だぞ!? 死ぬんだぞ!! それなのになんで―――!!」


 そこまで叫んだところで言葉が詰まり、再び嗚咽する友を胸に引き寄せ頭を撫でる。


「うふふ。大丈夫です。大丈夫ですとも。こんなにわたくしを思って泣いてくださる方がいらっしゃるんですもの。その想いを胸に必ずお役目を果たして見せますとも」


 その言葉を聞いた少女はさらに背中の震えを増し、頭を撫でていた手を払った。


「そういうこと言ってるんじゃない! なんであんたは怒らないんだって言ってんの!! こんなのってないじゃんか……! 一番理不尽なことされてるあんたが怒らなかったら、一体誰が声を上げていいってんだよ!! あんたと比べたら、あたしの苦労なんて大したことないんだから、怒るに怒れないじゃんかよ!!」


 しばらく怒鳴り散らしたあと、女性は再び友の大きな胸に顔をうずめる。


「……なあ、いつまでだ? いつまであたしたちは、こんな道具みたいに使い潰されなくちゃならないんだ? あたしは嫌だぞ。あんたは生きることを諦めちまってるのかもしんねえけど、あたしは諦めたくないぞ。あたしのこれからも――――あんたのことだって」


「わたくしは別に諦めたわけではございませんよ」


 やわらかい友の声に、胸にうずめていた顔を上げると、生命力に満ちたまるで太陽のような友の笑顔があった。


「わたくしは今年で20歳になりました。それは生きたくても生きられなかった方々が、どんなに願っても得られなかった時間を過ごしてきたからでございます。人は常に死と隣り合わせですもの、ならばその日、その瞬間が訪れるその時まで、怒ったり、人を恨んだりするのに時間を使うことなく、ただただ穏やかな時間を笑って過ごしたいだけなのでございます」


「んだよそれ……。だったら村長の言うことなんて突っぱねて、ずっとずっと生きてくれよ。あたしだってずっと笑って過ごしたいけどさ、あんたが犠牲になったあとで笑ってなんていられねえよ」


「あらあら……」


 困った顔の友を引き剥すように、さんざん泣いてた少女は今まで借りていた胸を押した。


「あーーーもう! いつまでだ!? いつまでいつまでいつまでいつまで! こんな生まれた場所がちょこっと違っただけで、上に立つものと下でへりくだるものに分かれる社会がいつまで続くんだ!? 病にかかったり、穢物けがれものに襲われたり、天変地異に巻き込まれたりで死ぬならともかく、顔も知らねえ同じ人間の胸三寸で命を奪われるなんざ納得いかねえぞ!」


 星空に向かって大声を上げると、それを見ていた友に向かってびしっと指をさす。


「あたしはこんな社会変えてやるぞ。あんたが人柱になる運命を受け入れるって言うなら、輪廻転生してきたとき、あんな馬鹿なこと引き受けるんじゃなかったって後悔するような社会にな。チビどもが飢えて死ぬことなんてない、笑って過ごせる社会を作ってやる。だから『なんであの時止めてくれなかったんだ』みたいに恨み言の1つくらい吐けるようになってるんだな、ばーーか!」


「あらあらまあまあ! それならわたくし、全力で恨みや怒りという感情を持てるよう努力しておきますわ!」


 2人で過ごせる最期の夜。初めて顔を見合わせて笑い合ったあと、少女は星空に向かい両手を伸ばした。


「見てろよクソ豪族ーーー! いつまでもあたしたちが大人しくしてると思うなよーー!」





 その次の日、女性は氾濫を繰り返す暴れ川の水神にその身を捧げた―――――。



『なんの話だい。それは』


「うふふふ。先ほど、ちょっとした事件がございまして、それで昔のことを思い出したのでございます」


 そういって貴船大明神の目の前に座るずぶ濡れの女性は、二の腕から先のなくなった右腕をさすりながら愉快そうに笑う。


「それででございますね? わたくしは思ったのでございます! 今こそ、すでに名前を思い出すこともできませんお友達との約束を果たすため、心の底から怒りたいと! そう、プンプンでございます!」


『それでなぜここに? 神に感情を聞くことがどれだけ役に立つか』


 人の世に深く関わる神であれば、感情というものをいくらか理解できるというものだが、残念ながら貴船大明神にはそれが分からない。


 しかも目の前にいる神気を放つ女性――橋姫もニコニコと笑っており、とても怒っているようには見えない。


「それはでございますね! わたくしも感情そのままに怒りを表すということを、道行く人々に問いかけようとしたのでございますが、わたくしの姿を見るや皆さん関わり合いになりたくないと、足早にどこかへいってしまったのでございます。ですが、その中でお1人だけ、恨みを晴らしたいとかなら貴船神社こちらに伺うよう助言をくださったのでございまして、こうしてやって参りました!」


『怒りというよりも、恨みを追求するのかな。呪いという形であれば、その方法を教えよう』


「まあまあ! それはとても素晴らしいことでございますね! 是非ともご教授くださいまし!」


 心の底からの願いを感じ取り、貴船大明神は橋姫に呪法を1から説明する。


『まずは鉄輪かなわの脚に火のついた藁束をくくりつけて頭から被り、口にもまた火のついた藁束を2束、牙に見立ててくわえる。そして上着をはだけさせ上半身をさらしたまま21日間川へと入り―――』


「待、少し待ってくださいませ!!」


 貴船大明神の説明を途中で遮り、橋姫が困ったように言葉を続ける。


「申し訳ございません。わたくし物事を1つずつ順番にこなすことはできますが、色々なことを同時に行うのは苦手なのでございます」


『それではキミには無理だ。このように奇行に走ることで人目を集めると、常人であれば羞恥や身の危険を覚える。21日間川につかるのも、空腹を極限まで高めるため。そんな羞恥や身の危険を感じてもなお、ただ一心に呪いをかけたい相手だけを思えるようにならなければ、呪法は成立しない』


 その神の言葉に橋姫はパンと音を立てて左手で膝を叩いた。


「あらあらあらあら、まあまあまあまあ! そういうことでしたら大丈夫ですとも! わたくし2つのことを同時に処理することはできませんが、1つの事に集中するのは得意なのでございます! 心構えという話であれば、お友達から恨み言の1つも吐けるようになれと言われたあの夜に、できているのでございますとも!」


『ふうん。それでは呪いのかけ方に移るけど――――』


「なるほどなるほど! 藁人形に五寸釘を使うのでございますね――――!」




 一通りの説明が終わると、ニコニコ笑う橋姫に貴船大明神が声をかけた。


『と、こういうわけだけど、キミのその腕じゃ人形を作るのも難しいだろう』


「いえいえ! そのようなことはございませんとも! わたくしがきちんと人を呪うことができたその時は、お礼の品を持って再びお伺いいたします! どうぞ結果をご期待してくださいまし!」


 そういって深々と頭を下げて社を辞する橋姫を見送る貴船大明神だったが、今までこの社を訪れた呪い手とは毛色が違いすぎる姿に見込みはないと思っていた。


 呪いには相手を不幸にしたい、苦しめたいという一念が重要であり、感情こそがその一助になる。生きながらに悪鬼羅刹と化したかのような他の人間が持つ、圧倒的な負の気配を微塵も感じさせない橋の守り神は呪いには向いていない。



『――それが、まさか誰よりも高度に呪法を扱うとはね。今は神と言え、さすがは元人間。神の想像を超えて来る楽しみを与えてくれる』


 人の感性では推し量れない印象を受けた貴船大明神が、どことなく楽し気に語るその様子に頼光は少し親近感を覚えながら、ぽつぽつと今の話を小声で反芻する。


「……橋姫さんか。宇治川に架かる橋のどれかに行けば会えるのかしら」


「どれかも何も、宇治川に架かる橋っていやあ宇治橋ただ1つだ。もっとも自由に出歩けるようだからいるかどうかは分からねえけどな」


「何にしろ行ってみるしかねえだろ。首領は場所分かるのか?」


 次に行く場所が決まったとばかりに、貴船大明神がまだおわすにもかかわらず、部屋を出ようとする虎熊童子と火車の態度に慌てつつ、頼光と酒呑は御簾みすに向かって深々と頭を下げて礼を告げると、御簾の向こうから気配が消えた。


 虎熊童子たちに少し遅れて社を出ると、すでに日は大分傾き、山の影に隠れようとしていた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師ドルイダス。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。

【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。

*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。

【虎熊童子】――大江山前首領にして最強の戦士。虎柄のコートを羽織った槍使い。

【橋姫】――橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【穢物けがれもの】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。

【鉄輪】――五徳。火の上に鍋や網を乗せるための土台となる、三脚の鉄製道具。

【輪廻転生】――人が何度も生死を繰り返し、新しい生命に生まれ変わること。


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