【源頼光】貴船神社にて
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
「それではこちらでお待ちくださいませ」
貴船神社を訪れた私たちが巫女さんに通されたのは、本殿よりもさらに奥、祭司の方しか立ち入りを禁止されている場所にある建物だった。私たちが座らされた板床と仕切るように、前には御簾で覆われた場所に畳が3枚敷かれている。
「おいおい、本当に大丈夫なんだろうな? お前を封印するためとか言って、オレたち毎この建物に閉じ込められたりとか勘弁だぜ?」
「ギャハハハハハ! ソレハソレデウケルジャネエカ!」
神社の境内に着いた時は絶対に立ち入らせまいとしてた神職の方々が、急に態度を改めたことに一抹の不安はあるけど、酒呑と外道丸は大声で騒いだり、虎熊は片膝立てて座ったり、火車も両足を投げ出したりで緊張感がまるでない。
そんな場違いなほどゆるゆるな空気を変えるくらい、強烈な気配をまき散らす何かが、御簾の向こう側に現れたことで私は居住まいを正した。
うっすらと浮かび上がる輪郭は人のようで人でないソレからは、『恐怖』というよりは『畏怖』を感じさせる重圧を発してて、直感だけど今御簾の向こう側におわすのは貴船大明神さまだろうという考えが浮かぶ。
「オー来タナ。久シブリジャネエカ」
『久しぶり、という感覚は分からない。ただキミがそう言うならそうなのだろう』
どこから発せられてるのか、子供とも老人とも、男とも女ともとれるような不思議な声が部屋の中に響く。それを聞いた虎熊と火車が座り方を変えるけど、正座じゃなくて胡坐なのがなんとも敬意というものが感じられないのよね……。
「貴船大明神さまとお見受けいたします。私は源頼光、お会いできて光栄です」
「オイオイ、コンナノニ下手ニデル必要ネエゾ」
私と同時に深々と頭を下げる酒呑に、外道丸が文句を言う。
「また封印されてえのか。ちっとは考えやがれ」
態度の悪さをたしなめる酒呑だけど、外道丸の無礼に対して貴船大明神さまは特に反応しない。少しの間をおいてまたあの不思議な声が部屋を包んだ。
『その鬼を封じて欲しいのかい? キミの心はそれを全く望んでいないように見えるが』
「そうじゃなくてよ、もともとテメエが封印してたんだろ? こうやって好き勝手にやられてんのが気にくわねえから、出て来たんじゃねえかって話よ」
同族が封印されてたことに思うとこがあるのか、虎熊が悪態をつくけどそれを気にするそぶりも見せずに貴船大明神さまが答える。
『分からない。あの時は多くの人間が私にそう望んだからそうしただけのこと。誰にも望まれぬことをなぜする必要がある』
「異国の神、なかなかFunkyデスね」
「オレダッテ、暴レスギタカッテ思ッタダケデ、別ニ神ニ恨ミハネエカラナ」
てっきりバチバチにやり合うつもりなのかなと思ってたけど、なんだか肩透かしね。
そうなると、こんな泰然自若としてる神様がわざわざお越しくださった理由も分からなくなってくるんだけど。
『それはキミたちが望んだから。本気で助けを求める相手に、神は姿を現す』
心をお読みになったのね。疑問に思ったことを先回りしてお答えいただけるのはありがたい。心を読んでもツッコミや文句をつけて来るのとは違うわね。
「おい、何考えてんのか分かってんぞ」
「この違いよねー」
「ギャハハハハハ! マ、ソウイウヤリトリモ嫌イジャネエガ、時間ヲカケテランネエダロ。ナア神サンヨ、オ前ノ呪法ニ特ニ優レタヤツヲ教エテクレ」
『どういうことか分からない』
「私たちの仲間が呪われてるみたいなんです。外道丸の見立てではこちらで用いられる呪法ということで、その呪い手を探しているのです」
こっちの質問に対して反応がない。うーん、分からないのか、それとも呪法を教えた人間をかばってるのか判断に迷う。後者だとしたらその相手を懲らしめようとしてるわけじゃないことを分かってもらわないといけないわね。
私は火車にから腕の入った木箱を受け取り、それを開けて貴船大明神さまにお見せした。
「誤解なきようお願いいたしますが、私たちは決してその者を罰しようとしているわけではありません。むしろその仲間が斬りおとした腕を繋ぎ、戻したいと思っているのです」
『その腕は―――!』
その姿をお見せになってから初めて、独特な語り口に感情が宿った。腕を返そうとしてること……というより、腕を見て驚かれたって感じかしら。見方によっちゃ気味が悪いし、こういうの苦手なのかな?
『キミはここで授ける呪いの作法を知っているはずだが、その腕の持ち主はその作法にのっとってたのかい』
「作法ソノママジャネエナ。藁人形ト五寸釘ヲ使ウノハソウダガ、日ガ高イ内カラ、シカモ本人不在デヤルナンテ聞イタコトネエヨ」
『そうか素晴らしい。その者ならわかるよ。教えたのはつい昨日の事だ』
「昨日!? チョット待テ、コノ呪法ヲ会得スルニハ1ヶ月近クカカルッテ話ダロ!?」
『そう教える。だが、その者はそんなにかからぬと自分で言った』
貴船大明神さまが手放しで褒める様子から、どうにも想像以上にすごい相手に思えるわね。術と呼ばれる類を操るのは道満さましかいないから、そういう相手に対峙するのは結構ドキドキするわ。
「……腕を治してやるとか恩着せがましくのこのこ会いに行ったら、まとめて呪われたりしねえよな?」
「I think so too」
虎熊たちも同じ不安を抱えてるみたいだし、ここはもっと詳細な情報を仕入れたい。
「その者について、出来る限りお教えいただけないでしょうか? できれば昨日のやり取りをそのまま」
『そうだね。キミたちがそれを望むなら』
やっぱりどことなく嬉しそうな響きね。貴船大明神さまからしても語りたくて仕方がない、そんな気配を纏っていらっしゃるように見える。
『あれは昨日の夕方、この社に片腕の神が訪れた時の事』
「神!?」
綱! おい綱! あんたなんてお方の腕を斬り落としてくれてんのよ!!
私たちが追ってる相手がまさかの神様ということに私たちが少なからず驚いている中、貴船大明神さまは楽し気にお話をつづけられた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)