【源頼光】貴船の呪法
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
あっという間に京を駆け抜け大枝山の麓まで来ると、そこで見知った顔に出くわした。
「よう、久しぶりだな頼光」
「虎熊に酒呑。久しぶりって何日も経ってないけど」
そういえば近いうちに拠点の位置だけ確認しに来ると言ってたわね。さすがにこんなに早く来るとは思わなかったけど。
「護衛がついてないと外出できないのは知ってるけどよ、そんな小脇に抱えられてるネコ娘が護衛になんのかよ。綱はどうした?」
たしかに酒呑からしたら変に見えるわよね。
色々な地を渡り歩いてた酒呑と、数千年を生きてる虎熊なら何か他の視点があるかもしれないし、別に隠す理由もないから綱の状況について説明しておこう。
「実は今、綱の奴大変なことになってるみたいで……私も今から様子見に行くところだから、詳しいことは分からないんだけど、なんかこの斬り落とされた腕が原因で死にかけてるとかなんとか」
「はあ? わけ分かんねえな。ま、どうせアイツの事だから反射的に斬り落としたとは思うけど」
「自業自得デ苦シンデルンダロウゼー?」
「やっぱりそういう認識よねー。ダメな方に信頼があるからなー」
酒呑とで外道丸が呆れた顔で話を聞く中、虎熊はきょろきょろと私の周りを見渡してる。
「ダメな方で信頼があると言えば、丑御前の奴こっちに来てねえか? テメエらが発ったあと、すぐにどこかに行ったっきり戻って来ねえんだけど? 俺様としてはこっちに来てるもんだとばかり思ってたんだが」
「え、こっちには来てない……けど――」
火車と目を合わせると、知らないとばかりに首を横に振る。どうやら拠点の方にも行ってないみたいね。まあ丑御前は京での拠点は知らないから仕方ない。
「やれやれ、一体どこに行きやがったのやら。飯の時間には戻ってくると思ったんだがな」
「軽いわね……心配じゃないの?」
「大江山にあって俺様の次に来る実力者だぞ? ま、行動力の塊みてえな奴だから摂津に喧嘩売りに行ったように、どこかで気に入らねえことがあってそっちに行っちまったのかもな」
「首領押し付けられてる立場からすりゃ、面倒ごと起こされんのは嫌なんだけどなー」
確かに、綱と同じでどっちかっていうと本人の心配より、なにか揉め事起こすんじゃないかって心配の方が先に来ちゃうのよね。
でもなんだろう……胸の奥がチリチリと気持ち悪い感じがする。
「そういえば虎熊。頼まれてたものは拠点に置いといたから、ついでに持って行って」
「……? ああ! ぶっ壊された胸甲の補填で、お前の靴に仕込んでる鉱石寄こせってやつな! ちゃんと青いのにしてくれたか?」
「ええ、腕のいい職人さん紹介してあげられるけど、本当に加工はそっちでやるの? 硬くて難しいわよ?」
「いい、いい。人間の職人じゃ俺様たちにびびって出来が悪くなるからな。槌の代わりに同じ金属で叩いてけば何とかなるだろ」
うっすらと感じた不安を隠すように別の話題を振りながら山道を登る。
歩くこと十数分。拠点が見えてきたところでその庭が何か騒がしいのに気づいた。
「「はい! はい! はい! 怒りの鉄槌です! 怒りの鉄槌です!」」
「ああ、痛いです。ですが罪が薄れていくのを感じます。もっとです。もっとやってください」
そこにいたのは3体の藁人形。1体は両腕を五寸釘で貫かれて地面に縫い付けられ、その両側で木槌を持った藁人形が交互にそれを振り下ろして釘を打ち付けていた。
そして釘が打ちつけられる度に屋敷の中から綱のくぐもった声が聞こえる。
「ギャハハハハハ! ソウイウコトカ! 綱ノ野郎、トビッキリノ奴ニ呪ワレテヤガルゼ!!」
どことなく現実感と緊張感のない光景に、私たちが呆気にとられる中、唯一状況を理解した外道丸が声をあげて笑った。
「コイツハ相当手ヲ加エテヤガルガ、間違イナク貴船ノ呪法ダ。白昼堂々ヤッテナオ効果覿面タア、術者ハ相当ナ手練レダゼ」
「呪い!? …………いや、うん。まあ呪われても文句言えないことしたわけだけど、ここは止めないと!」
怒りの鉄槌とか言いながら木槌を振り下ろすのはどうなんだろと思ってんだけど、状況は思ったよりまずいらしい。
足を踏み込んで距離を詰め、振り下ろされる木槌を蹴り飛ばす。表情なんてものはないけど、儀式を邪魔されて動揺するようにオロオロと動く2体の藁人形は、もはや何をすることもできない。
「何をなさるのです。これは私の罪に対する仕置き。優しく叱られるとても嬉しいのに」
「仕置きを喜ぶなって。てゆーか本当に綱みたいなこと言うわね……」
地面に倒れてた藁人形は、力づくで自分を地面に縫い付けてた五寸釘ごと手を引き抜くと、くるりとそれぞれの手でそれを回し、逆手に構えて低い姿勢で突っ込んで来る。
それに合わせて背中目掛けて血吸を振り下ろすと、右手の釘でそれを払って回転。そのままの勢いで私に向かって左手の釘で斬りつけて来た。
この動き――――まさに綱そのもの!!
普段の綱から感じる少しの遠慮など微塵も感じさせないそれは、私に向かって放たれる1撃としては明らかに本物を超えてる!
「だけど―――惜しいわね!!」
悲しいかな、綱の闘い方を再現するにはまず身長が足りない。綱も私と比べて頭1つ小さいけど、この藁人形の身長はさらにその半分。得物にしたって髭切・膝丸とは比べ物にならないくらい短く、綱と同じ感覚で踏み込んでも間合いを詰めるには全然足りない。
それに加えて綱の戦闘の妙は相手の着物を掴んで、相手の動きを戦いやすいように支配する超接近戦あってこそ。手の部分をうまく折りたたんで釘こそ握れてるけど、指がない人形にそれを真似することは不可能。
結果この綱人形の攻撃は、ただ雑な踏み込みで跳び上がり、動きが見え見えな斬りこみに過ぎなくなってる。
隙だらけに晒された腹部に右前蹴りを叩き込む。たいていの相手ならこれで悶絶するとこだけど、相手は痛みを感じない綱人形。体制が崩れただけで仕留めるには及ばない。
足を踏ん張りもう1度突進をしようとする前、のけぞった態勢を懸命に戻そうとしてるのを大上段から血吸を振り下ろす!
「!」
キン――という空気を斬る音を響かせ、今までにない手応えで振り下ろした血吸はなんの抵抗もなく綱人形の右腕を飛ばす。さらに返す刀で左腕を斬り上げると、両腕を失った綱人形はとんと後方に跳んだ。
「なんということでしょう。釘が制裁の釘が失われてしまいました。これでは怒りをこの身に受けることができません」
「「帰りましょう。帰りましょう」」
「逃がすかよ!」
虎熊の追撃の槍を受けて胸を突かれたものの、そこから体を引き抜くと後ろに現れた黒い渦の中に藁人形たちが消えていく。2つの藁束と五寸釘だけを残し、もはや気配すら感じられない。
「逃がしたか。ちッ、ここで仕留め切れたら綱の心配はもういらねえはずだったが」
ほんと虎熊の言う通りだわ。できれば綱の件は終わらせたかった――――。
「いやいやいやいや! ちょっと待てやお前ら!!」
なぜか焦った感じの酒呑に虎熊と私が顔を向けると、汗をダラダラ流した酒呑とジト~ッとした感じの火車が私たちを見つめてる。
「え? また私何かやっちゃった?」
何だろ。最適な動きをしたつもりなだけに何をそんなに慌ててるのか分からない。同意とばかりに腕を組んで立つ虎熊と私に酒呑は大声を上げた。
「あの人形、綱と感覚繋がってたんじゃねえの!? 何のためらいもなく腕を斬りおとしたり、胸を貫くとか正気かお前ら!!?」
「I think so。綱、死んだんじゃない、デス?」
「「あ」」
言われてみればそうじゃん! 顔じゅうから冷や汗を噴き出しながら、慌てて屋敷に飛び込んで綱のいる部屋まで行くと、茨木ちゃんが人差し指を口に当て静かにするよう目で抗議してくる。
「来たか頼光。なんや知らんけど自分ら表で騒ぎすぎやっちゅうねん。病人いるんやから気ぃ使ったってな」
「綱は、綱は無事なの!?」
横になる綱に目をやると、苦しそうに脂汗を流してたものの胸は上下に動いてる。
「ギャハハハハハ!! マ、貴船ノ呪法ハ五寸釘ヲ通ジテ行ワレルカラナ! 他ノ物デハ効力ネエヨ。良カッタナア頼光!」
「ほんとよ。全くそうならそうとさっき言ってよね」
「やかましいちゅうてんねん。静かにせんなら部屋から出てってや」
茨木ちゃんに怒られながらも当面の危機を退けたことに、ほっと胸をなでおろす。
でもこれで終わったわけじゃない。根本的な解決を目指すため、私たちは今後の方針について話すことにした。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【酒呑童子】――大江山首領。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【虎熊童子】――虎柄のコートを羽織った槍使い。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【大枝山】――京の城壁を西に出た先にある標高480mの山。中腹に摂津源氏の京に置ける拠点がある。
*【血吸】――頼光の愛刀。
【髭切・膝丸】――渡辺綱の愛刀。