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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
2章 摂津争乱
87/212

【源頼光】騒動の結果

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています


2025/8/14 修正

 ・一部加筆

 ・誤字修正


「さて、俊賢としかた経房つねふさの2人だけどね、私的な理由でみやこにほど近い摂津国へ破壊活動を行ったことが、みだりに京を混乱させようとしたということで隠岐おきへの流罪となったよ。もはや廃人となった弟を殺さずにつれて行ったところに、彼ら一族の絆というものを感じたね」


「……叔父上は一族郎党皆殺しにしなかったことに、何かお言葉とかないんですか?」


 てっきり綱たちの言ってたことは主流の人たちの総意と思ってたから、まずは誰1人殺さず済ませてことにお叱りでも受けるのかなーって思ってた。それなのに淡々と朝廷の沙汰だけを語られて、なんか意外。


 私の言葉に叔父上は不思議な顔をした後、ふっと優しく笑った。


「私としては頼光にすべてを任せた以上、その決定に口をはさむつもりはないよ。それは兄上も同じことだ」


 その言葉に親父も深く頷いて同意を示す。


「そもそも清和源氏の長の経基ちちうえが、鎮守府将軍と武蔵守の任を得て武蔵国にいるからね。兄上ももともと宮仕えからの出戻りであるし、私たちは満頼が生まれて再び夢を見るまでは既に半分傍流みたいなものだったのだよ。だから正直言うと主流の責任とかは知ったことではなく、醍醐源氏に対しての想いはただただ私怨があったという1点。今回の件、高明が何かしたのであれば話は違ったかもしれないが、子供達には何の感情も抱いていないよ、そうでなければ致公を養子にしたりするものか」


 この言葉を私の横で聞いてた致公くんが目を丸くしてる。綱は嵯峨で、致公くんは醍醐での幼年期が考え方に影響されてたのかも。


「さて、他に頼光が気になるとしたら播磨国のその後の事もあるのではないかい? それについて藤原保昌殿から頼光宛に文が届いていてね、すまないけど先に目を通させてもらったが、そこにすべて書いてあるよ」


 そういって叔父上が着物の袖から文を取り出しこちらに差し出してきた。手に触れただけで分かるくらい上質な紙を使ってるのはなんとも保昌殿らしいわね。


 異国の物だけじゃなく流行りの物に敏感な保昌殿だけに、最近特に女性の中で流行ってる仮名文字とやらで書かれてたらどうしようと思ったけど、唐国からくに文で書かれててよかったわ。


「――――――え!? 保昌殿が摂津守になって、道満さまが播磨守に転任!?」


 これはあれかしら、姫路の町を壊したりしたのがバレて、播磨の現状の責任はお前にあるんだから、しっかり立て直せよ的な?


 それか右大臣様が自分の派閥? と言っていいかは微妙だけど、そこに属する保昌殿を京の近くに置いて、政敵の派閥の人間を遠くに追いやった感じ?


 それから……目代を務めてた氷沙瑪ひさめの親父さんはじめ1部の側近と、貯めこんでた財産は播磨に移して……、へえ! 外海を航行できる中型の呪動船と熟練の水夫は摂津に残るよう説得したと。なるほどね、どうりでやたらと文章が浮ついてるはずだわ。いや、普段の文章を知らないから比較できないけどね。


「――マドモアゼルも何かご入用のものがございましたら、なんでもお申し付けください。では、再びお会いできる日を愛する妻ともども心待ちにしております、ね。そうは言っても。ずっと異国に行っててすれ違いになりそうねー」


 当たり前と言えば当たり前だけど、遥任じゃなくて現地に赴任したのね。しかも奥さんが付いてってるのも珍しいわね。母上は実家がないからと陸奥国まで親父に同行したけど、弟くんたちの母君は京に残ってたわけだし、普通は京に残りそうなものなのに。


 ま、初めて会った時も京で1番料理がおいしいとか自慢してたし仲が良くて何よりだわ。


「ともかくぅぅぅこれで一件落着だなぁぁぁ! 頼光もぉぉぉしばらくはぁぁぁじっくりと休みなさいぃぃぃ」


「え、やだ」


 休め! やだ! の応酬がしばらく続いた後、呆れた顔の叔父上がごほんごほんと咳払いをしてこれをとめる。


「兄上、頼光が休む必要がないというのを無理強いするものではありませんよ。頼光も、兄上はただ頼光の心配をしているだけ。あまり邪険にしてさしあげるな」


 ぐむむ……致公くんにも同じこと言われたけど、そう言われてもって感じなのよね……。


 親父がドラゴンになった時の怒りは、家族を守れなかった自分への怒り。逆に言えばあの時、私の事は殺させずに守り切れたからこそ自我が保ててる状態にあるって言ってたわね。


 火車が言うにはドラゴンは執念深さが相当なものらしく、たとえ自我を保ったままでも自分が1番大切にしてるものに対しての偏執が強くなるとのこと。親父の場合の執着の対象は、ずばり私。


 部屋から出さなかったり、いろいろ付け回してきたり、べたべた触ってきたりというのも実に「らしい」行動で仕方がないと言ってたわね……やられる方としてはとことんウザいだけだけど、今少しでも自由にさせてくれてるのが逆に信じられないくらいだとか。


 うーん、と色々と呻ってたのを何も言わずに見てた叔父上が、白湯に口を含むと言葉を続ける。


「もちろん私も兄上も頼光の事を信頼しているからね。自分の体を第一に考え無茶な行動はとらないだろうとも。まさか命を失うような無謀な行動を取るようなら、部屋に押し込むのも止む無しと言えなくもないがね」


「そのとおりだぁぁぁ! そのようなことぉぉぉ我が許さぬぞぉぉぉ!」


 致公くんの方に顔を向けるとさっと顔をそらされる。


 ……なるほど、大江山でのことはしっかり叔父上に伝わってるみたいね。それでも親父の反応からして親父には伝わってない。


 その優しさはほんとにありがたいけど、次も命を粗末にするようなら親父に言うぞって言う警告にもとれる。


「分かりました。命を粗末にするような真似は絶対にいたしません。では綱を外に待たせておりますので私はこれで」


「待て頼光―――」


「ああ、この度は本当にご苦労だったね」


 引き留めようと手を伸ばした親父を止めてくれた叔父上に感謝しつつ、私は屋敷を辞した。



 頼光を見送り手持無沙汰てもちぶさたの綱は1人空を見上げていた。


 綱の武力は人の限界を大きく超えているが、身体能力よりも技術によるところが大きい。


 曲がりなりにも自分よりはるかに高い身体能力を持つ頼光と渡り合えて来たことに、自身の価値を示してきたつもりだった。しかしそれは一般的な鬼ならともかく、上積みである虎熊童子や丑御前の膂力の前では何の意味も持たないばかりか、虎熊童子に至っては技術でもはるか高みにいる。


 頼光にしても周りに刀を使う達人がいなかったからこそ刀の技術が稚拙であったが、経房の刀の扱いを見た今はどうなってるか分かったものではない。幸いしばらく大江山で過ごした間は虎熊童子たちとの鍛錬は素手でしていたため、刀の扱いが向上してることを知らずにいられているのだが。


 頼光の周りに優れた理解者が集まるなか、埋もれていく恐怖に綱は背筋を冷たくする。嵯峨源氏を追い出され自棄になって暴れまわった自分を受け入れてくれた頼光に、これからも自身の価値を示し続けられるのか、それが出来なければ再び源氏の狂犬と呼ばれたあの荒んだ生活に戻ることになる。それがひたすら恐ろしかった。


 茨木童子にしろ火車にしろ自分よりも弱い奴らは別の道でその価値を示しているし、酒呑童子はすでに別に居場所を得た。自分だけが不安定な地面に立っている。そんな思いを今回の旅の中でずっと抱き続けていたのだった。


 戻り橋から離れすぐ脇の城壁の下に来ると、綱は壁を駆け上がる。姫路のそれよりも一段と高くはあるが、その3分の2を駆け上がったところで力尽き、地面に向かって落ちる。


 空中で回転しうまく着地したことで怪我を負うことはなかったが、綱の心には傷が残った。


「……姫路でも頼光と鬼2柱は一足飛びで飛び乗ったものをこれじゃあな。武以外の道も考えなければだめか?」


 失意の中再び戻り橋に戻ると、その欄干に体を預けて深い溜息を吐く。


「もし――――」


「!? っしゃああああああああああ!!!」


 女の声と共に背中に手をかけられたことで綱が反射的に刀を振るうと、鮮血と共に着物の袖のついた腕が宙に跳び、反対側の欄干の下から大きな水音が響いた。


 考え事をしていたとはいえ、あまりにも簡単に背後を取られたうえ接触まで許したことに額からは冷や汗が流れる。


「……何だったんだ今のは。……ん? あれはボクの財布か?」


 袖のない着物を好む綱は普段財布をしまっている小袴の衣嚢いのうに手をやると、はたして財布がない。一瞬すられたかとも思ったのをそれならば声をかけるはずがないと思い直せば、思い当たるのは先ほどの壁を駆け上がろうとした時の事。壁の下ではなく橋の上にあるのは拾った者が声をかけて来た故としか考えられない。


「……やっちまったな。ついこの間怒られたばかりだってのに」


 注意してきたのは茨木童子だが、そこにいた頼光も完全に同意と言わんばかりに頷いていたのを思い出す。


 ただでさえ自分の価値に疑問を持っている時のやらかしに、綱が考えたことは隠ぺいだった。地面に残った血痕を土をかぶせることで消し、落ちた腕を拾う―――


「待たせたわね綱。こっちの話は終わったから拠点に戻りましょ」


「!!」


 後ろから声をかけられた綱は、手に持った腕を思わず小袴にねじ込んだ。幸い裾を絞っているため外に飛び出すことはなかったが、血が滲み出る。


「あははー、お帰り。早かったねー」


 いつもの笑顔で振り返ると、頼光は眉をひそめて訝し気にふんふんと鼻を鳴らしている。


「これ、血の匂い? 何かあったの?」


「あははー、いやー壁を駆け上がれるかなーと思ってやってみたんだけど、失敗しちゃってねー。姫路で城壁上るの時間かかっちゃったの気にしてたんだよねー」


「あー、別にそんなに気にしないでもいいのに。私もたった今、自分の体を大事にしなさいって叔父上から釘刺されてきたし、あんたも気をつけなさい」


「あははー、そうだねー気をつけるよ」


 綱の額をコンと右手でノックするように叩いた頼光は、不思議そうな目で綱の顔を覗き込む。


「……あんたほんとに大丈夫? いつもだったら、あはー! とか言って喜びそうなとこなのに」


「大丈夫大丈夫。あははー確かにその通りだねー。最近叱られてなかったからびっくりが先に来ちゃったかも」


「……ま、いいわ。怪我は後で火車に診てもらいなさいよ。それじゃ特に問題ないなら行きましょ」


「はいはいっと」


 少しのやり取りの後、2人の主従は京の道を歩き出す。その後ろ姿をずぶ濡れの女が、橋から川に降りる階段から見つめていた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。

【酒呑童子】――摂津源氏。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。

【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師ドルイダス。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。

【藤原保昌】――藤原道長配下。異国かぶれの異名を持つ。

【源致公】――源満季の養子。本当の父は源忠賢。

【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。

【虎熊童子】――大江山首領。虎柄のコートを羽織った槍使い。

【源満仲】――源頼光、頼信、頼親の父。平安4強の1人にして最強。

【源満季】――清和源氏軍師。源満仲の弟で満頼の父、致公の養父。

【源経基】――源頼光の祖父。

【源俊賢】――源高明の三男。播磨守。

【源経房】――源高明の五男。播磨権守。

【源高明】――源満仲の元政敵。安和の変で失脚して大宰府に流された。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【鎮守府将軍】――武門の最高栄誉職。

【武蔵国】――現在の東京・埼玉・神奈川北部あたり。

*【唐国文】――漢文。

*【呪動船】――呪符を動力に動く船。呪道具の1種。

*【ドラゴン】――『心を見透かす者』の名を冠する悪魔王(第6天魔王と同一存在)、またはその眷属(天狗と同一存在)を指す言葉。

【小袴】――裾を短く絞れるようになってるズボンのようなもの。

【衣嚢】――ポケット。

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