【源頼光】播磨源氏の落日 その10
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
2025/8/14 修正
・一部加筆・修正
連れられてきた播磨守の目は確かに横一線に斬られ、開く気配がない。にもかかわらずその足取りは確かなもので、所作の1つ1つから清和源氏や摂津源氏では感じられない気品ってものが伝わってくる。
「やあやあ播磨守。さっきウチの大将とおたくの弟で覇成死合をしてね。ウチが勝ったからよろしくー」
綱の軽い言葉に、播磨守は閉じた目のまま顔を向けた後、空を仰いで溜息をついた。少しの逡巡の後綱に問う。
「――大将、ということは摂津源氏の代表はあなたではなく、頼光殿だったということかな、渡辺綱殿」
「おや、ボクが摂津源氏にいるってことを知ってたんだねー。ま、覇成死合だもん。一族郎党の中から最強の武士を出すのが普通でしょー?」
「道理、だな。平安4強に数えられる貴殿よりも強き者との闘い、経房は逝ったか」
悲しみと呆れの入り混じった播磨守の言葉に、一瞬場が静まり返る。そんな静寂の中、致公くんが言葉を絞り出す。
「…………いえ叔父上。死んではいないであります。ですが、正直今すぐにでも介錯をしてさしあげるのが情けと思う次第であります」
「何? まさか、武士の闘いで敗者に恥をかかせ続けるような惨い真似をしているというのか?」
「いやー……恥をかかせたって言われたら否定できないけど、実際その目で見てみたら? 仲がいい兄弟にしたら辛くなると思うけど」
火車が播磨守の顔を覗き込んだ後、指で丸を作ったのを見ての提案に、播磨守は眉をしかめる。お前が目ん玉潰したくせにふざけたこと抜かしてんじゃねえぞって感じかなー。
「あなたの目の治療くらい私の仲間なら一瞬で治せるわ。逆に言えば治せない弟さんの方はそれだけ重傷だって意味だから、覚悟はしてほしいんだけど」
「……なるほどな。思えば清和源氏の満仲も、兄上がどれだけ傷をつけても再生していたな。鉄壁の清和が治癒に重きを置くは必定、その流れをくむ摂津も同じということか」
「あははー、やっぱり再生能力もあんのか。やべえなあのおっさん」
「親父に傷つけられるんだ……やばいわね前源氏最強」
親父との覇成死合も数日に渡ったって聞くし、綱が手放しで褒めまくる源氏最強と名高い忠賢殿。お会いしたことはないけど、できればそっちと闘ってみたかったわね。
とりあえず意思を確認したあと、本当に治療していいのかと視線で聞いて来た火車に向かって頷く。
「これ……は……経房、何という姿だ……」
火車の治療を受け、視力を取り戻した播磨守は権守のもとにふらふらと近づくと、その横で膝から崩れ落ちた。
「立会人として言わせてもらうが、こうなった理由は自滅だ。いきなり小瓶を取り出して中身を飲み干したら、力と引き換えにこうなった」
「わっはははははー! 目ん玉からこいつが出てな! きっと中に入ってたんだぞ!」
胆が据わってるのか、辛すぎてそれどころじゃないのか。虎熊と丑御前が化けウナギの死体を見せても全く動じず、播磨守は沈痛な面持ちで声を絞り出した。
「全く……、そのようなものをどこで手に入れたというのだ。……この愚か者が」
「ふむ。その様子ではこれはもともと播磨で持っていたものではないのかな?」
「然り。そのような化け物は見たこともないし、普段刀を振るう経房の姿は見ていたが、途中で何かを飲むという行為も見たことがない」
ふーむ。なんか気持ち悪いわねー、もしかしてこれも道満さまたちの仕込みだったりする? そうだとしたらさすがに度が過ぎてるから1言物申してやりたい―――ってあれ? そういえば氷沙瑪がいないわね。え、まさか本気でそうだったりする?
日が傾き空が赤く染まる中、なんとなく背筋に冷たいものが走りながらも、きょろきょろと辺りを見渡しても氷沙瑪の姿がない。背中だけにとどまらず、だらだらと額からも汗が流れ始めたとき、ぽつぽつと播磨守が独り言を始める。
「経房はな、粗暴で考えが足らぬ男であったが、家族のことだけはとにかく大切に考える男だった。武を極めんとしたのも兄上に近づこうと、私が政に集中できるようにと、あくまで自分のためでなく家族のことを考えたが故。……貴殿らに言ったところで詮無きことだな」
「いや、分かるぜ? 愚弟であってもこっちのためにとかやられると……なあ?」
虎熊の同意の言葉に、ふっと軽く笑うと播磨守は真面目な顔で膝をついたままこっちに向き直った。そしてそのまま両手をつき、地面に額をつけて言葉をつづけた。
「何をかけて覇成死合が為されたのかは知らぬ。これだけの立会人がいる中で敗れたとあらば、勝者である貴殿の要求は全て飲もう。だがそれでも、恥を忍んで貴殿の情けにすがれるのであれば、私と弟の首だけを取り、郎党の命は助けていただけぬか」
国司ともあろうお方が、ただの1貴族の娘に深々と頭を下げる。
……えー? どうすりゃいいのよこれ。綱と致公くんは冷ややかな視線で、「何言ってんだこいつ」ってなってるけど、そもそも播磨側からしても一族郎党皆殺しが普通って感じ何なの?
安和の覇成死合の時も、醍醐源氏が頂点に立ってた時に各々に覇成死合吹っ掛けてた時も、一族郎党皆殺しってやってないわよね? 違いあるとしたら主流と傍流の闘いってこと? 傍流同士の場合はどうなのか……播磨国とか河内国とか国司の任を朝廷から与えられてる以上、どっちかが滅ぶまでやるとかないわよね?
「主流と傍流の闘いの時だけ罰重すぎない? 正直理解できないんだけど……」
「そうだねー、でも傍流が主流に牙をむくのも、逆に主流が傍流から財産せしめるのも、源氏の中じゃ禁忌なんだよ」
「はい、従姉上。記憶が戻った従姉上にはご理解いただけると思いますが、そもそも清和源氏と醍醐源氏の因縁は、主流であった醍醐が清和からの傍流である多田源氏の屋敷を襲い、家人を殺して財産を奪おうとしたことから始まったであります。その罪深さは身をもって知っていらっしゃるのではありませんか!?」
……そうね。たしかに私は何もできずに母上を殺された。あの時の輩が生き残ってるなら間違いなく私も復讐を誓うけど、母上の仇は親父の手で皆殺しにされてる。
「ま、ボクが主流だ傍流だ説明したことで混乱させちゃったのは謝るけどさー。とどのつまり、今回1番問題になってるのは『安和の覇成死合の結果を反故にした』これなんだよねー。頼光だって満仲率いる清和源氏が『やっぱり頼光は部屋にいるべきなのだぁぁぁ』とかぬかしてまた幽閉したら、じゃあ清和滅ぼすわってなるでしょ?」
「なる。少なくとも親父は殺す」
「でしょー? 『以降政治に一切かかわるな』って大宰府に流された醍醐源氏の奴が、『今は播磨源氏です、醍醐源氏じゃないから問題ないんです』と主張しても、当時を知る人からしたらふざけんなって話だし。ましてやそのなんちゃって醍醐源氏が傍流同士の争いだって摂津源氏に喧嘩売ったら、多田源氏を襲撃したあん時となーんも変わってねえじゃんってなるじゃん」
「ですので従姉上には、1源氏の長としての責任を果たしていただきたいであります!」
視線を播磨守に戻すと、この前の会談の時とは打って変わって感情を前面に出した表情で縋るように私を見つめてる。
……そんなに郎党が大切なら始めから他の国や集団にちょっかい出したりしなければいいのに。権守の事を家族思いって言ってたけど、それはこの人も同じなのかしら。大好きなお兄さんが殺された仇討ちっていうなら、娘の私じゃなくて親父に行けばいい。少なくとも私なら母上の仇が今なお生きてたならそいつだけを狙う。
「今回の件は私に一任されてるってことでいいのよね? 発端があの襲撃ということなら親父と並んで1番の被害者は私のわけだし」
「はい従姉上! 満季よりそう言いつけられているであります!」
「それじゃこの件は保昌殿に、検非違使にお任せするわ。権守は生き恥が云々言ってたけど、播磨守には検非違使の取り調べにはすべて誠実に答えることと、摂津の倉庫を燃やしたことで生じた被害の賠償を望みます。それ以外の沙汰は朝廷が下すのに従ってください。勝手に自害とかして逃げ出さないように頼みます」
「―――心得た。お心遣い痛み入る」
もう1度深々と頭を下げる播磨守に保昌殿が近づくと、その背中に手をかけ、もう片方の手で播磨守の手を引き立ち上がらせる。
「あれ? なんかいい感じに解決しちゃった感じっすか? せっかく証人用意したのに」
今まで見当たらなかった氷沙瑪の声が響いてそっちに目を向けると、なんかまだ太陽の光が残ってるのに氷沙瑪の後ろに半透明の検非違使の格好をした御仁が2人ふよふよ浮いてる。道満さまを田んぼに植え付けた時と違って皆にも見えてるみたいで、どよどよと騒ぎが起こった。
「どこ行ってたのよ――ってもしかしてそちらが……?」
「そうそう、うちのイタコが見つけたからって送ってくれた。正直この世への執着が薄いからあんまり長いことこうしておけないんで、さっさと聞きたいこと聞いてくれってことだったんだけど、いらなかったかね?」
「いや、これからの取り調べにぜひ協力してもらいたいと思う。ありがとうマドモアゼル氷沙瑪」
氷沙瑪にお礼の言葉を残して播磨守と幽霊を連れて階段を下りてく保昌殿を見送る。その後播磨の郎党と領民双方にしばらくの間食べるに困らない分の食料を渡して解散させると、摂津源氏の皆だけで集まった。
「さーて終わった終わった。……ところで致公くんは私の決定に納得いってないって感じ?」
「はい! いいえ従姉上、従姉上の判断に一任すると言った以上従うのみであります!」
はきはきと答える致公くんだけど、その表情からは納得いってない気持ちと、どこかほっとしてるような複雑な感情が見え隠れする。まだ元服もしてない子なのに責任感がありすぎるというか、相手が叔父だからこそ厳しくしなきゃって想いがあったと思うのよね。
「源氏の責任を果たせって言われても、正直主流だの傍流だの言われてもよく分かんないし、そもそも摂津源氏って名乗れって言ったの道満さまだし」
「え、頼光が言い出したんやなかった?」
「主様の声が聞こえない弊害が出てるっすねー」
「ってわけだから、悪いけど私は源氏の慣習とかに縛られないでやっていくつもり。あくまで陸奥守になって富ちゃんとの約束を果たすことが望みだから」
「……ま、頼光がそれでいいならボクは従うよー。確かに満仲や嵯峨の爺様みたいな連中を喜ばせるために、やりたくもないことを頼光にさせるのは違うからねー」
やれやれと言った感じで両手を広げる綱。とりあえず今後も各地で仲間を増やしつつ、手柄を立てる。それを方針とすることで皆の了解を取る。
「そういえば氷沙瑪。これもあんたらの仲間……じゃないわよね?」
例の化けウナギの死骸を氷沙瑪に見せると、ものすごく汚いものを見るような顔をした。
「え、何それキモ。普通に知らね」
「だよね? 良かったーもやもやした気持ちが晴れたわー。さーてとすっかり暗くなっちゃったしどうしようかしら? 保昌殿は姫路で取り調べ中だから幕舎はなし。これだけの人数の鬼が町に入るのも何かと問題ありそうだしいい場所見つけて野宿かな?」
ぶーぶーと文句が起こるけど、いい加減朝から疲れたわ。虎熊と私なら早くつけるだろうけど、今から大江山までってなったら深夜を過ぎちゃうでしょ。
なんだかんだ問題も一段落だし、付き合ってもらった鬼たちも名前もらったりでいい日だった。冷たい地面に雑魚寝でも、なんとなく今日はいい夢が見れる気がするわ。
*
姫路の路地裏、誰も立ち寄らないような暗闇の中に羽衣を身に着けた女性が立っている。生え際は黄色く、両側に縛られた髪の先端に行くほど緑色になっているその女の手には、先ほどの口だけで目鼻のない怪物の頭部が握られている。
「やれやれ、ぶつ切りになってる神力をたどって、ようやくパイセンのこと知ってる人間に出会ったっていうのに、こんなのにまで出くわすとは想定外っすわー。仕方ねっすけど、姿をくらましたことで怪しまれてるかもしれねっすから利用させてもらうっす」
その女――大陰が両手を重ね再び開くと、何もない空間から細長い箱が生まれる。その箱に化け物の頭を入れると、鮮やかな羽を持つ鳥にそれを託した。
「んじゃ、それを我らがポンコツ九尾に渡してほしいっす。頼んだっすよー」
ひらひらと手を振り鳥を見送る。その封印された箱には『全知』と書かれていた。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【酒呑童子】――摂津源氏。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【猫精霊】――火車に従う3柱の精霊たち。青白い炎に包まれた手押し車を押し死体を回収して回る。
【藤原保昌】――藤原道長配下。異国かぶれの異名を持つ。
【源致公】――源満季の養子。本当の父は源忠賢。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【虎熊童子】――大江山首領。虎柄のコートを羽織った槍使い。
【星熊童子】――大江山に住む鬼。虎熊童子の弟で弓使い。
【熊童子】――大江山前首領。料理が得意。
*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。
【源経房】――源高明の五男。播磨権守。
【源俊賢】――源高明の三男。播磨守。
【大陰】――12天将の1柱。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。
【ポンコツ九尾】――12天将の1柱、貴人のこと。仲間内での評価は低い模様。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【権守・権官】――定員に達してる職に定員を超えて任官するもの。今回の場合播磨守がすでに任命されているところに、同じ報酬でもう1人任官されている状態。
*【覇成死合】――源氏間で行われる最も神聖な格闘イベント。以下公式ルール。
・試合形式は1VS1
・武器の使用制限なし
・それぞれが立会人をたて不正がないよう務める
・死ぬか負けを認めるかで決着
・敗者は勝者の要求を1つ飲まなければならない
*【安和の変】――源満仲の密告により、源高明が謀反の疑いで失脚した。ということになっている政変。
【検非違使】――平安京の治安維持に従事する役人。当時の警察みたいなもの。
*【頭源氏】――脳筋・戦闘狂など人によって意味が異なる。摂津源氏においてはそれぞれがイメージする頼光みたいな考え方のやつという意味。
*【神力】――生物が持つ超常を起こすための力。魔力・道力・気力・妖力と所属勢力によって呼び方は異なるが、全部同じもの。




