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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
1章 摂津源氏結成
8/168

【源頼信】源氏の心構え

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています


2025/1/02 修正

 ・一部加筆・修正

 ・段落の設定

 ・満仲が力に目覚めた時の年齢を修正 40→35

「おーよく来たね。待ってたよ頼信ー」


 このたび河内国を受領することになり、挨拶をと訪ねた父上の邸宅の門で出迎えたのは、渡辺綱わたなべのつなだった。


 歳は自分より3つ上。背丈は私と比べて頭1つ分小さく、140㎝前後と言ったところで平均よりも小柄な、頭頂を剃るでもなく老緑色の髪を束ねて髷にしてる男。


 しかしその見た目によらず、武人として名が通っており、父・源満仲みなもとのみつなか、叔父・源満頼みなもとのみつより碓井貞光うすいさだみつなる人物と並び平安4強と知られている。


 姉の頼光を猫かわいがりする父により、その護衛を命じられ、任務を遂行する助けとして膝丸・髭切という我が家に伝わる2本の短刀を授けられた武士。体に張り付くような袖のない老緑の布を身に着け、茶色い裾を絞った小袴を履いているこの男は、ヘラヘラ愛想を振りまいてくるがその通り名は『源氏の狂犬』。思わず警戒のため身を固くしてしまった。


「あははー、とりあえずおめでとうだねー。御爺おやじ殿も河内守に任命されたことお喜びなんじゃないー?」


「父上はもうご存知だったか。なんとも耳が早い」


 このことを右大臣様より伝えられたのがつい先日のこと。しかもあくまで内定であって現任が任期を終えるまでは検非違使けびいしを続けることになっている。


「あははー。何はともあれそのはなむけと言っては何だけど、本日は頼信に御爺殿の下への案内と、源氏の心構えを説くことを言付かっているよー」


「源氏の心構え、か。自分も若輩とは言え源氏の一端を担ってるつもりだが?」


「あっはっはっは! 背伸びしちゃって可愛いねー」


 見た目だけなら弱く見える相手からの、先程からの物言いに思わず刀に手が伸びかける。


 だが、口にだけヘラヘラした笑いを残しながらも光の消えた感情のない目で見据えられると、金縛りにあったように体が動かない。


「まぁまぁ、そう腹を立てなさんな。百聞は一見に如かずってね!」


 ついてこいと言わんばかりに歩き出す綱の背中を追いながら、『源氏の狂犬』の異名にふさわしい、少しでも気分を害したら噛み殺されてしまうような恐ろしさを確かに肌で感じて体中を脂汗が流れた。



「綱、本当に父上はこの先にいらっしゃるのかい?」


「そだよー? この先で今、御爺殿と頼光が()()()()()してるはずー」


 邸宅の外れにある小屋の床を外して梯子を降りると、高さ2mほどで幅はぎりぎり2人並べる程度の通路が延びていた。


 篝火かがりびの1つも焚かれていないのに光を放つ通路。恐らく壁・床・天井に敷き詰められた鉱石そのものが光っているのだろうが、このような鉱石見たことも聞いたこともない。


 神秘的な雰囲気に圧倒されながらも、たかが話し合いをこんな場所で行っているという状況が分からない。いや、おそらくは話し合いはただの口実で、自分に源氏の心構えとやらを説くためにこの場所を指定したのかも知れない。


「源氏ってさー臣籍降下した家系じゃん? だからさー源氏の事情も知らない、心ない外野からは天皇になれなかった敗北者とか言われたりしたらしいんだよねー」


 あ、昔の話ね? と笑う綱。いつの時代も他家を落とそうと中傷する輩はいるものだな。


「平安京の城壁外には穢物けがれものが跋扈するこのご時世、主上は人の頂点として人々の心を安んじていただくご使命を全うしていただいてるわけさ。ならば臣籍降下した源氏のするべきことはわかるよね?」


「当然、臣下として主上のご使命の一端をお支え――」


「主上が人の頂点というなら、もう人を超えるしか無くね? でなきゃまじで敗北者じゃん?」


「外野の声刺さりすぎだろ」


 母方である藤原氏の邸宅で育ったから知らなかっただけで、源氏は皆こんな感じなのだろうか。仕事で関係のある他の源氏からはあまりそんな印象は受けないのだが。


「そこで源氏は時間をかけて1つの結論に至ったのさー。『源氏たるもの芯の通った人間になるべし』、これを心構えに生きることこそ源氏の本懐であるとね」


「しっかりした自分を持てということか。敗北者と言われただけであたふたしているようじゃ話にならないからな」


 散々勿体つけられた心構えとやらに少々肩透かしを喰らった気分になる。こんな程度のことならさっさと伝えればいい。


「正解。でも源氏ボクらの言う『芯を通す』ってのはその先の話」


 綱はこちらに振り返るとトーンと後方に飛んだ。


 たいして力を入れたように見えない上、高さのないこの空間なのに10mは飛んだであろう綱に驚いた瞬間、背中に伝わる強い衝撃とともに首筋に刀を突きつけられた。左頬から伝わる冷たさが、自分が今床に組み伏せられているという事実を如実に語る。あのひらいた距離を一瞬にして詰めたっていうのか!?


「『通力芯』――源氏の長きに渡る研究により存在が明らかになった、あらゆる生物が持ちながらも眠らせたまま生涯を終えるもの。体に血液を巡らすがごとく、気力を体に巡らせるもの。これを目覚めさせ超常の力を得ること、それすなわち『芯を通す』ってことさ」


 あまりの出来事に自分を押さえつけていた綱の圧力が消えたというのに体が動せかない。


「……平安4強というのは皆このような超人的な力を持ってるということか?」


「あははー、そりゃそうよ。というよりこれを持ち得て初めて源氏を名乗れると言っていい。当然この館にいる御爺殿の武士団の人間は全員芯が通ってるよ。4強ってのはその中でも力のある者が勝手に呼ばれるようになった感じだねー。正直恥ずかしいばかりさ」


 自分も主君である道長様から武芸に秀でた者と評価を受けているし、実際腕に覚えがある。


 その自分がわずかな対応すらできないほどの武力を持った人間が、何十人もいるという事実に戦慄する。


「で、どう? 頼信の持つ芯ってものを聞かせてくれない?」


 どうと言われても自分は超常的な力など持っていない。


 そもそも多少の覚えがあるとはいえ、個人の武に固執するつもりはなく、苦労を共にしてきた者たちと協力すれば良いと思っている。


 しかしそれだと源氏として認められないということなのか? 12で元服してから今まで検非違使として務めてきたのも、源氏のために、父上のために力を振るいたいと思ってきたからだ。


 それなのに源氏として認めてもらえないというのはあんまりではないか!


「ていッ!」


 思考がおかしなことになっていたのを見透かした綱におでこを叩かれ、はっと我に返る。


「あははー、そこはスパーンと答えてもらえないと困っちゃうんだよねー。超常の力ってのは何も武芸だけじゃないよー? 政治、料理、管弦、詩歌あらゆる分野に通ずるものだよ。しっかりした自分を持つことが正解だってさっき言っただろー? 色々な思いはあるだろうけど、どんな事があってもこれだけは絶対譲れない軸ってものを持ち続けることが、芯を通す結果につながるのさー」


「今からでも芯を通すことなんてことはできるのか?」


「あははー、当たり前じゃん。とはいえ源氏は武芸に1番力を入れてるからね。見込みのあるやつは朝廷に仕えさせず手元に置かれてる。国司に任命された時点で武の期待はされてないことなんだけどー、最強とか呼ばれてる例外もいるでしょー?」


「父上か。確かに諸国の国司を歴任して回っていたな」


「そうそう。御爺殿の芯が通ったの35超えてからだし、頼信はまだ15だろ? 余裕余裕。あ、ちなみに数多ある力の中で武力こそ至高って考えは他家にも知られててね。お前の頭源氏かよって言わたら、それはお前の脳みそ筋肉で出来てんのかって意味。一緒にされたくなかったらブチギレていいからねー」


 あははと笑う綱に礼を述べ、一緒になって笑った。


 源氏の心構えか――今までの常識をすべて覆すほどの衝撃を受けたが、それはとても心地の良い衝撃だ。これから自分が何を1番大切にしていくべきか、確たる理想を持つことから始めよう。


 そして自分の蒙を啓いてくれた綱、彼には感謝しかない――ないのだが、出会ったときから続くヘラヘラ笑いが邪悪な雰囲気を持つものに変わっていく気がして、頭が全力で逃げろと告げている。


「と・こ・ろ・で~? こ~んな有益な講義。まさか無償で受けようだなんて思ってないよね~?」


 語尾の伸ばし方にいやらしさが加わっているのに冷や汗が止まらない。


「金かい? それともあなたが持つ名刀の切れ味試したいとか?」


「あははー! この場で斬りつけたら切れ味も確かめられるし、金も手に入るじゃないか! そんな実行に移すか否かって自分で判断すればいいだけのこと、いちいちお伺い立てないっての!」


 おいおいおい、本気で言ってるのかこの狂犬。あなたの頭は源氏か。


「さっきも言ったけど、今この先で御爺殿と頼光が()()()()()してるはずなんだよねー。そこでさー、ちょっぴりでいいから頼光のために口添えしてくれない?」


 どうやら想像と逆で、父上と姉上の話し合いこそが主題であり、心構えを説くことがついでだったらしい。


 散々常識外れのことを口にしていた綱の口から出た話し合いという実に平和的な言葉に一抹の不安を抱えながらも、姉上のために一肌脱ぐことを約束した。

【人物紹介】

【源頼信】――源満仲の次男。頼光とは異母姉弟。この度河内守に任命された。

【渡辺綱】――源頼光の配下。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【源満仲】――源頼光、頼信の父。平安4強の1人にして最強。

【源満頼】――源満仲の弟・満季みつすえの長男。先天的に芯が通っていたため当主である祖父の経基つねもとの養子となり武芸を仕込まれる。平安4強の1人。

【碓井貞光】――源頼光の配下。平安4強の1人。

【藤原道長】――右大臣。頼信の主君。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【河内国】――大阪の東側あたり。

【検非違使】――平安京の治安維持に従事する役人。当時の警察みたいなもの。

【臣籍降下】――皇族が天皇陛下から姓を賜い、臣下の身分に降りること。

*【穢物】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。

*【通力芯】――気力や魔力といったものを通すため人体に張り巡らされたパス。先天的に通ったものもいれば後天的に通るものもいる。後天的に通す場合、理想の自分を完璧な形でイメージすることで無理やり通す方法と、辛い修行の末に通す方法がある。

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