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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
2章 摂津争乱
77/212

【雄谷氷沙瑪】播磨源氏の落日 その3

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています


2025/8/14 修正

 ・一部加筆

 ・誤字修正


 正直わけが分からないながらも、刃倶呂はぐろが駆るペルシュロンに相乗りすること20分、播磨との国境に位置する旗振山に構えた砦に入る。


「おーい、来たぞー今どんな感じ―――」


「がはは、なんだ嬢ちゃんこの前連れてきた兄ちゃんと逢引きか? 京の貴族様は文で雅に愛を語らってるていうのに、ちとはしたねえんじゃねえの?」


「うっせ。こっちの方が速えんだよ。つーかなんでこんなに漁師どもが集まってんだ? 休みなんだから家で寝てろや」


 見ると砦に配置してた警備の他に15人ほど、警備よりもはるかにガタイがいい良く日焼けした漁師どもが集まってる。


「国司様が漁に出るなっておっしゃったのって、播磨の奴らが原因なんだろ? だったらこいつらをとっととぶちのめさねえと、いつまでたっても漁に出れねえのさ」


 そうだそうだの大合唱に圧される。漁に出るなっていう主様の本心は、指揮する亡霊衆もれしゅうが片っ端から船を沈めてくなかで誤まって沈めねえようにってわけなんだけど……、まあ播磨が原因なのは間違ってねえわな。


氷沙瑪ひさめ姉よー、母禮様も氷沙瑪姉も水軍出身なのはわかっけど、警備の奴ら見る限り少しは陸の兵士も鍛えにゃ使いもんになんねえぞ」


「今回で播磨つぶすつもりだしどうでもいいや。それよか状況はどうなってる」


 あたいの言葉に端の方で肩身を狭そうにしてた警備の者が前に進み出て答える。


「はッ! 播磨勢はすべて騎馬で76騎。大将は権守・源経房様です。事前のご命令通り、麓の海岸線に張っていた柵に変え、石材を高く積み上げておきましたので播磨軍はここで立ち往生している状況。1度石材を取り除こうと馬を降りて近づいたところをこちらから射かけ、それに対し下から矢で反撃という状況もありましたが、こちらは幸い怪我人も出ておりません。それからは遠巻きに騒いでる状況です」


「全部騎馬だ~? なんかそれはそれでムカつくな。あとから置いてきた足軽が続くのかもしれないけど、何をそんな急いでんだか」


「馬の扱いもムカつくほどなってねえな……。田村麻呂にしろ紀古佐美きのこさみにしろ万は集めて来たけど、その中での最弱の兵でもあれよか質は上だったぞ。蝦夷えみしは今こんなに舐められてんのか?」


「日ノ本の総大将やってた連中と一緒にしてやんなって」


 軽々しく蝦夷って単語出すのもどうかと思うけど、あたいが俘囚ふしゅうだってのはここにいる奴らにゃ周知だから問題ねえか。ともかく何を考えて攻めて来やがったのか詳しく知りてえな。


 山の斜面を滑り石壁の上に乗り、矢の届かないところまで下がっている播磨の奴らに向かって大声で叫ぶ。


「これはこれは播磨権守殿! 遠路はるばるようこそっす! それにしても今回のお出まし、全員武装してとは些か物騒じゃねっすかー? お兄さんに叱られたりしねっすかー?」


 何か頼光に播磨守がやられたとか言ってるらしいけど、なんとも信じ難いっていうか。とりあえず元気にしてるもんだという前提で話しかけてみる。


 するとその言葉に応じて1騎の騎馬武者がこっちに歩を進めてきた。目立つ赤い糸をふんだんに使った大鎧を纏い、兜には大きな鍬形を打ったものという着こなしから、きっと権守本人だな。


「黙れ小娘ッ!!! 貴様のその発言、満仲の小倅こせがれが我が兄に―――播磨国に対して行った蛮行を知っての事か!! 奴めは我が播磨に妖怪をけしかけ兵糧のすべてを食い尽くして行きおったわ!! しかもその所業を起きてきた人間に悟らせぬため、祖霊の夢を見せて深き眠りに誘いこむという姑息な手段まで用いて!!」


 まじかこの馬鹿、聞いてもいないことまでべらべら喋るじゃん。いや、馬鹿なのはこの前の交渉んときから知ってるけど、兵糧ねえとかいうか普通?


「加えて遠方より道術を仕掛けて我が兄の両眼を奪ったその罪! 奴の命を持ってでしかあがなえん!!」


 経房の言葉に兵士どもが歓声でをあげる。士気が高いのは結構だけどこっちとしちゃどうすりゃいいんだって内容で反応に困るんだよなー。


「氷沙瑪姉、今あちらさんが言ったことのほとんどがオレたちの知り合いの仕業で片付くんだが? 遠距離から目をつぶすってのは母禮様ならできんのか?」


「いんやー? 主様にはできねえし、ましてや頭源氏の頼光には絶対無理。そもそもあいつ頼光の事小倅って言ったよな? 性別すらわかってねえぞ」


 山の上から話しかけてくる刃倶呂に相槌を打ちながら頭を働かせる。とにかく一気に話の信憑性がなくなったからどこまで信じていいものか……。兄の命令で馬鹿のふりしてこっちを誘い込むために、こっちに有利な情報をばらまいたってのも考えられる。とはいえ兵糧とか祖霊を使って云々の下りはババアとコロ助の仕業で説明つくから噓言ってるとも思えねえし。


「……話してても埒が明かねえな、後で間者送って調べるしかねえか。刃倶呂、お客様方にお帰りいただけ。せっかく来てもらったんだから馬の扱いってもんを少しばかり教授してやんな」


 あたいの言葉を聞くや否や、山の斜面から馬にまたがり飛び降りる刃倶呂。自分らの乗る馬の倍以上はあろうかという馬が、15mほどの高さから難なく着地して現れたことに播磨勢が動揺してるのが見て取れる。


「あ、そういう風にばばあが指示されてたし、少なくとも飯がねえのは本当のはずだ。わざわざ口減らしを手伝ってやる必要もねえ、誰も殺すなよ?」


「仕方ねえなあ……」


 刃倶呂が持っていた槍をこっちに投げ渡してきやがったので、慌てて頭を抱えてしゃがんで躱す。石壁を越えて土に落ちた槍はズンと大きな音を立てて3㎝ほど沈んだ。


「いや持っててくれよ!?」


「持てるかボケ! 今のあたいはか弱い乙女ぞ!? ……ってそんなこと言ってる場合じゃねえや。奴さん方武器を捨てたお前のこと見て突っ込んできたぞ」


 経房の命令でもあったのか、さっきまで遠巻きに様子を窺ってた播磨勢が突進を開始するのが見える。


「ああ、いらない、いらない。弓をしまっていいぞー」


 援護しようと矢を番えた上の連中に声をかけて止めさせたのを合図に、刃倶呂が馬の腹を蹴り一気に駆け出した。その光景を見て山の上から「おお!」と感嘆の声が上がる。


 刃倶呂の乗った馬が一瞬で目の前まで距離を詰めてきたことに驚いた先陣が手綱を引くと、刃倶呂は馬を反転させ左右の両後ろ脚でそれぞれ1頭ずつ、がら空きになった馬の腹を蹴り上げる。


 仲間が馬ごと宙に吹き飛ばされる光景にわずかの間動きを止めるも、絶叫と共に繰り出された槍を手綱を横にひき馬を寝転がらせて躱し、脇腹で馬を回転させて再び後ろ脚で蹴りを叩きこむ。


「なんなんだありゃ!? 国司様や嬢ちゃんが乗ってるのは時々見たが、あの馬あんなにすげえ動きができるのか!?」


「ふつう無理。だけど羅刹あいつらならあそこまでとはいわずとも、近いことができなきゃ鼻で笑われる。つーか今日初めて乗った馬であれはさすがにおかしい。軍馬の訓練させてねえぞ」


 実際、あたいは馬の扱いが下手だった……つっても倭人やまとびとを基準にしたら相当なレベルなんだけど、まあ下手だったから主様の警護もかねて水軍に回されたってわけで。そして我らが王率いる陸軍は、かつて日ノ本を恐怖のどん底に突き落とした最強の蝦夷騎馬軍団。その1翼を任された将である刃倶呂は馬の扱いで5指に入る。


 一心同体の呼吸を行うことで馬の能力を限界以上に引き上げるその技術は確かに恐ろしいだろうけど、日ノ本の馬は小さすぎて体の大きな羅刹が乗るとすぐにつぶれてしまうのが難点だった。しかしペルシュロンなら思う存分暴れられるみたいで本当にいい買い物をしたもんだ。


「終わったぞ氷沙瑪姉。追撃はいらねえんだよな?」


「ああ、逃がしてやれ。間者を送り込む必要はあるけど、1度主様に話を通してからにする」


 ものの数分しか経ってねえってのに播磨勢は蜘蛛の子を散らすように逃げ出してる。土の上には首の骨の折れた馬の死骸と痛みに呻く20名ほどの武士が転がったままだ。いや連れて帰ってやれや。


「しゃあねえなあ。砦に連れてって手当てしてやってくれ。すぐには戻ってこねえとは思うけど、見張りは頼むな? 播磨より穢物けがれものの危険の方がでかいかもしれねえ、命を大事にしろよ」


「ははッ!」


 戻ってきた刃倶呂があたいと槍を回収して馬に乗せた。その上から指示を残すと、芦屋に向かって馬を走らせる。


 とりあえずコロ助なら作戦の成否に限らず主様に報告は上げてるはず。頼光にしてもぼちぼち大江山に到着してるころだろうからなにかしらの知らせがあるだろうし、これからのことは主様と話し合ってからだな。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。

*【刃倶呂】――羅刹の男。氷沙瑪とは昔馴染み。

【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。

【源満仲】――源頼光、頼信、頼親の父。平安4強の1人にして最強。

【源経房】――源高明の五男。播磨権守。

【坂上田村麻呂】――征夷大将軍として蝦夷討伐を命じられた。

【紀古佐美】――征東将軍として蝦夷討伐を命じられたが完敗した。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【ペルシュロン】――フランス原産の馬。ばんえい競馬でも使われ、体重は1tを超えるものもいる。ポニー程度の大きさしかなかった平安時代の馬に比べると規格外の大きさ。

*【亡霊衆】――母禮を大将、氷沙瑪を副将とする500人からなる亡霊によって構成された水軍。1mの深さがあれば羅刹に勝てるほど水練達者で、呪動船も数多保有しておりわりと洒落にならない強さを誇る。

【俘囚】――朝廷に降った蝦夷のこと。

*【頭源氏】――脳筋・戦闘狂など人によって意味が異なる。摂津源氏においてはそれぞれがイメージする頼光みたいな考え方のやつという意味。

*【倭人やまとびと】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。

*【穢物けがれもの】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。


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