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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
2章 摂津争乱
76/211

播磨源氏の落日 その2

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています


2025/8/14 修正

 ・一部加筆

 ・誤字修正


「これは一体どうしたことだ! 貴様ら、このような事態が起きたというのに何故我らに知らせなかった!!」


 播磨権守・源経房はめちゃくちゃに破壊され、保管していた食料がすっかり空になった倉庫を前にしばらく言葉を失った後、頭を抱えて座り込んでいた見張りのものを怒鳴りつけていた。


 苛烈な性格の経房に叱責されながらも、なおも震え続ける警備の者たちの反応を見ながら、俊賢としかたは冷静に思考を巡らせる。


「失礼いたします! 例の何か巨大なものが這ったような跡は姫路の北門に続いておりました。そして内側より破壊してそのまま3つの足跡と共に北に向かって伸びております!」


 報告を受けるとその声が届いたのか震える警備兵たちはその勢いを増してガチガチと歯を鳴らす。


「……いかんな。深夜の町に現れたものの正体を暴くのも大事だが、門が破られたままでは穢物けがれものの脅威に晒される。すぐに人を集め土嚢を積み侵入に備えろ」


 下命を受け北門に向け走り出した部下を見送り、俊賢は姫路を襲った何かについて考える。


「……状況を見るに海から何かしらの巨大なもの、道についた跡からして蛇やミミズのようなものが現れ見張りの者たちに襲い掛かった、と言ったところだろうか?」


 自分の考えを口に出しながら横目で窺う。すっかり頭に血が上った経房の詰問するも生き残った者は震えるばかりでなんの情報も得られていない。


「埒が明かんな。仕方あるまい、まずはやるべきことをやらなければなるまいか。おいそこの者たち」


「ははッ!」


「倉庫に保管していた食料が失われた以上、我らはこの夏を越え収穫を待つことすらできん。至急隣国に使者を飛ばし援助を求めよ。それから摂津には使者は不要、陸路で摂津を通ることは恐らく不可能ゆえ船で海から桂川を上り、そのまま京の右大臣様にも事情をお伝えするのだ。それと背に腹は代えられぬ、各村を回り少しずつ徴収を。今の状況で暴動に発展しては鎮圧もままならんからな、力で奪うのではなく事情を伝え、収穫を終えた後の田租から差し引くと伝えて協力させろ」


 現場の調査を経房に任せつつ横で書いていた書状を持たせると、下知を受けた武士が馬に乗り北へ南へ走り出す。


「兄上! 摂津に使者は不要とは一体……は!? たしかに余りにも摂津に都合の良いときに起こったこと。もしや摂津が1枚かんでるということか!?」


「それはまだ分からぬ」


 跡から見れば人ならざる者の仕業であることは明らかだが、それにしても不審なことが多い。あちらこちらに散らばった白骨から相手は人食いの化け物であるが、ならばなぜ倉庫のみを襲ったのか? 腹をすかせていたのであれば、そこらの家を破壊し寝ている者を食べる方が早いのだ。なのに襲われたのは食糧を保管してあった倉庫のみ。それもご丁寧に分散して管理してあったすべての食糧庫が空になっている。


(摂津守芦屋道満は京随一の陰陽師と名高い安倍晴明と並び称されるほどの陰陽師。それが式神を放ったと考えるのが1番自然か? しかし他国の者には秘匿している地下の倉庫も襲われている。摂津からの使者が派遣されてきたときも門の外に出るまで常に行動を見張らせていたのに調べられるものか? いや、それよりもその道満が取り立てた摂津源氏とは?)


 俊賢にとって兄の忠賢は父・高明以上、いや日ノ本において最も尊敬していた人物だった。それを討った満仲は不俱戴天の仇敵である。その娘が長を務める新たな源氏が生まれたことで頭に血が上り、弟の言に乗って摂津に手を出してしまったものだが、ここに至ってようやく冷静に分析してみる気になった。


(そもそもが清和からの傍流は右大臣の下へ入るのが通例。頼親も頼信も取るに足らなかったからこそ、頼光も同じようなものと考えてしまったのがそもそもの間違いだったかもしれない。……たしか致公が摂津源氏と行動を共にしているのだったか)


「経房、お前は事件の調査を続けろ。私は千里眼を使う」


「!? 明子を通じて何を見ようというのだ。まさか右大臣様までもが関係してるということなのか!?」


「明子ではない。致公だ」


 納得した顔の経房を見た俊賢は近くの家に入ると、壁に寄りかかる。部屋の外に見張りの者が立ったことを確認すると、そのまま目を瞑り意識を飛ばした。



―――千里眼。それは大宰府に流された俊賢がその地で発現した能力。


 一族皆で京に戻り、かつての様に栄華を極めた生活を送ってみせる。その断固たる決意が1本の芯となり体を巡った。尊敬する兄と同じように通力芯を通せたことに心を震わせたが、使いこなさなければ意味がない。そう思った俊賢はその力の分析と修練を欠かさなかった。


 遠く離れた場所を己の目で観測できるという便利な能力であるが、それゆえ制約もある。


 1つ、血縁者の目を通してでしか観測することができない。これは一族の繋がりを望んだゆえの制約だろう。鳥の様に好きなところから俯瞰で捉えれられないのが能力としての限界か。


 2つ、千里眼を使っているときは本体は魂が抜けたような状態となり、完全なる無防備になってしまう。そのため安全を確保したうえで行わなければならず、万が一に備えて見張りを手配する必要がある。


 3つ、視線を共有している相手が怪我をしようと自身には影響がない。これは経房に協力してもらい実際にその目を共有している最中に、経房が自分の手をつねったり頭を叩いたりしたが俊賢は痛みを感じなかった。


 様々な検証を重ねたうえで能力を使い、京に残った妹の明子の目を通して右大臣道長を調べ上げての賄賂攻勢で播磨守の地位を得るなど、徐々に目的は達成してきている。その絶対の自信を持つ能力を使い俊賢は頼光を探ろうと決意した。



―――視線が致公に重なる。


 さすがに朝が早すぎるかと思っていたが、すでに起きだして行動しているのは今は袂を分かったとはいえさすがは尊敬する兄の実子と感心する。てっきり摂津か京の街中と思っていたが、どこぞで野営をしているのか幕舎のようなものを立てそこで朝餉の準備をしているようだ。


(どういうことだ? 幕舎を立てるなど本当に戦をしているのか?)


 なにかしらの理由で野宿をすることなど珍しくもないが、わざわざ幕舎を担いでの作戦行動となるとそれこそ戦くらいしか思いつかない。保昌の能力を知らないものからすれば当然の反応だ。疑念が確信に変わりつつあるところに背後からどこかで聞いたことのある笑い声が聞こえてくる。


「あははー、とりあえず朝ごはんの準備はできたみたいだし、頼光呼んできてくれるー? 向こうで例の鬼娘と朝の訓練してるはずだからさー」


「はい! 了解であります!」


(渡辺綱! それに鬼だと?)


 清和源氏に対抗する上で探していた人物の登場にさすがの俊賢も驚きを隠せない。嵯峨源氏を追い出された、対清和源氏に特化した人物。たしかに噂では源頼光の養子となったと聞いたことはあったが、本人の性質的にありえないと思っていた。


(いかん。渡辺綱がいるとあらば摂津源氏と事を構えても勝ち目は薄い。しかし源頼光、奴は本当に何者なのだ)


 致公が動くに合わせ自分は何もしていないのだが、それでも背筋に冷たいものを感じる。すると遠くから聞こえていた物音が徐々に近づいてくるのが分かった。


 その音の発生源、そこに到着したときに目にしたものは渡辺綱を見た時の比ではなかった。いや、俊賢には見ることすらできなかった。1柱の小さな鬼の周りをつむじ風がうねるが如く何かが舞っているのを感じる。それが人であると認識はしたものの、頭が理解を拒んだ。


 それは俊賢の古い記憶、源氏最強と名高い兄の忠賢よりも明らかに速い動きの人間。その存在をどうしても受け入れられなかったのだ。


「従姉上ー! 朝ごはんの準備ができたであります! 食べたら出発するでありますよー!」


「はーい。今行……く……?」


 言葉が返ってきたかと思うとどこかで見た顔が一瞬で目の前まで近づいていた。確か摂津からの使者たちの中にいた1言も話さなかった人物―――。


 致公の目の前を風が走る、そう感じた時には視界が赤く染まって、声だけが聞こえてくるようになった。


「あっぶなであります!? いきなり何をするでありますか!?」


「え? いや、なんか致公くんの目に何か張り付いてこっち見てるなーって思ったから……?」


「わっはははははー! いいな! 曲者めーっていうのオレもやってみたいぞ! かっけーよな!」


 もはや何も見えなくなった視界の中、俊賢は己の検証の誤りに気付いた。体がどうなろうと痛みは感じないのは間違いないのだが目だけは違った。意識が本体に戻ろうとするなか悔やんでも悔やみきれない後悔だけが残った。



「ぐわあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


「!? どうされました主様……な、これは!?」


「どうした兄上!! なにがあっ――――――」


 俊賢の絶叫に部屋に飛び込んだ者たちがそれぞれ息を吞む。苦悶の声を上げる俊賢の両眼からは血が流れ、もはや何も見えなくなっているのが容易に想像できた。


「源頼光……! 恐ろしい……こんなことがあってよいはずがない!! 源頼光おおおおおおおお!!」


 力の限りの慟哭を上げた後、俊賢は糸が切れたように倒れ意識を失った。



氷沙瑪ひさめ様ー! 一大事です、国境くにざかいに武装した播磨の奴らが集まって来てます!」


「は? 何で? 向こうから仕掛けてくるとか馬鹿なの?」


母禮もれ様の命令で播磨に入ったばばあ達が何かやらかしたんじゃないか氷沙瑪姉」


「長年の鬱憤を晴らすためある程度倭人(やまとびと)をぶっ殺すとは思ってたけど、コロ助いるからやり過ぎじゃないギリギリの線引きはできそうなんだけどなー。しゃあねえ、前にも言ったがあたいはろくに動けねえ。戦闘になったら頼むぞ刃倶呂はぐろ


「ああ任せてくれ! 身内のしでかしたことはちゃんとオレが責任とっからよ!」


「そう言って倭人と闘りてえだけだろ。ったく久しぶりに呼び寄せたと問題ばっかり起こしやがってからに」


 氷沙瑪が呆れながら重い腰を上げると、焦った声がせかしてくる。


「急いでください氷沙瑪様! やつら播磨守の仇である源頼光の首を刎ねるまで戦うのをやめねえっていつおっ始めるかわからねえ!!」


「…………………………はああああ? 頼光!? 何でッッッッ!? 大江山じゃなくて播磨に殴りこんだの!?」

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【藤原保昌】――藤原道長配下。異国かぶれの異名を持つ。

【源致公】――源満季の養子。本当の父は源忠賢。

【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。

【芦屋道満】――摂津の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。

*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。

*【刃倶呂】――羅刹の男。氷沙瑪とは昔馴染み。

【源満仲】――源頼光、頼信、頼親の父。平安4強の1人にして最強。

【源頼親】――源満仲の長男。藤原道長配下。大和守。道長からは人斬り上手と重宝されている。

【源頼信】――源満仲の次男。頼光とは異母姉弟。河内守。

【源高明】――源満仲の元政敵。安和の変で失脚して大宰府に流された。

【源忠賢】――源高明の長男。源氏最強の武士と呼ばれたが、満仲に敗れ戦死。

【源俊賢】――源高明の三男。播磨守。

【源経房】――源高明の五男。播磨権守。

【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。

【高松殿】――本名源明子。源高明の娘で藤原道長の妻。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【穢物けがれもの】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。

【田租】――田んぼに課された税。

*【通力芯】――気力や魔力といったものを通すため人体に張り巡らされたパス。パスが通じてる者を芯が通ってると呼ぶ。

*【芯が通る】――通力芯という気力や魔力といったものを通すため人体に張り巡らされたパスが通ること。先天的に通ったものもいれば後天的に通るものもいる。後天的に通す場合、理想の自分を完璧な形でイメージすることで無理やり通す方法と、辛い修行の末に通す方法がある。

*【倭人やまとびと】――大和朝廷から続く、大体畿内に住む日ノ本の支配者層。蝦夷など各地域に土着してた人々から侵略者に近い意味合いで使われる。

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