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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
2章 摂津争乱
75/212

播磨源氏の落日 その1

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています


2025/8/14 修正

 ・一部加筆・修正

 ――時間は遡り、母禮もれの下知により舌長姥・朱の盤・コロポックルの3柱が動き出した日。盂蘭盆会うらぼんえを翌月に控えたこの夜、播磨の人々は幸せな夢を見ていた。


 亡き兄・忠賢ただかたを心から尊敬し、領民に対しても祖霊を祀ることを奨励していた播磨守・源俊賢みなもととしかたをはじめ寝ている全ての領民の夢枕にもう1度会いたいと望んでやまない祖先が立ったのだ。


 その夢はあまりにも心地よく誰1人として目を覚ます素振りを見せるものがないほどに――――



「ッたく、交代の奴は何してるんだ。時間なんてとっくに過ぎてるだろうに」


「お前のところもか? そもそも何で警備を増やす必要がある? 我らが主君は摂津が攻めてくる可能性があるっておっしゃってるがよ、あんな雑魚どもが本当にそんなことするかね?」


「本当にな。金勘定に命を懸けてるような奴らが、いくさなんてする度胸なんてあるかって話よな」


 少し離れて立っているはずの同僚が持ち場を離れて声をかけて来たので互いに愚痴が始まった。摂津が国を挙げて呪動船を作り異国と貿易を行っていることは近隣にはよく知られていて、それにより生まれる利益から豊かな生活を送る摂津の民へのやっかみから、摂津の民はがめつく金勘定しかできない軟弱者として扱われていた。


 そんな連中でも、本当に攻めてくるというならその船の保有数を考えれば海を警戒しなければならない。それは分かる。だが理解はできても、いつも穢物けがれものの脅威に備え交代で城壁の警護に当たっている武士からすれば、余計な仕事が増えたことで明らかにオーバーワークであり正直ふざけるなという想いが強い。さらに交代の人間が来ない今の状況、不満から規律が乱れるのも無理はないというものだ。


「おい! あれは何だ? あそこに何か流れ着いてないか?」


 愚痴を言い合っていたところに他の見張りの声が飛び、その指さす方向を見ると月明かりの浜辺に何かが落ちているのが見える。下半身が海につかりこちらに向けて倒れている人のようだ。


「あれは……比丘尼びくにか? 夜の海を航行中船から落ちたか、はたまた船ごと沈んだか。なんでまたこんな夜中に船を進めていたのかは知らんが無謀なことをしたものだ」


 ただでさえ疲れがたまっていたところだが、見つけてしまったものは仕方がない。溜息を1つ吐き男が比丘尼に近寄ろうとすると、同僚に腕を引かれる。


「……待て、あれは本当に人なのか? いくらなんでも大きすぎやしないか?」


 そう言われて注意深く観察すると確かに幅が男の倍以上はありそうに見える。それにまだ息があったのか両手で這うように海からすり寄って来ているというのに、未だ下半身は漆黒の海の中にあるように見える。


「……確かに。おい、オレは念のため播磨守様に報告してくる。ここは任せたぞ」


 そう言い残して男が走りだそうとしたところ、何かに足を取られて盛大に転んだ。


「何をやっているんだ! 頼むぞほんとに」


「いやいや、お前が足をかけたんだろうが! こんな時にふざける奴があるか!」


「何を言って……そんな馬鹿な真似をする必要がどこにある! いいからさっさと――うわあああああ!!」


 夜の浜辺に2つの男の声が響いた。その内の1つは砂浜を這うように高速で移動し正体不明の比丘尼らしきものまで引き寄せられると、空高く跳び上がる。


 夜だというのにギラギラと深紅に輝く目。そこに宿る瞳は縦に細長くまるで蛇の目を想起させる。その瞳の下、男の足を絡め取ったとてつもなく長い舌の先にはまるで先の見えない洞窟のような口。それが男の見た最期の光景となった。


「ああ……汚穢むさや、汚穢やの。食い物の匂いに我慢できず這ったまま舌を伸ばしたのは失敗だったのお……じゃりじゃりとした触感ではせっかくの馳走も台無しじゃて……」


 年寄りじみたしゃべり口だけが静かな夜に響く。他に聞こえるのは時々はぜる篝火かがりびの音だけか。今浜辺には15人ほどの警備が立っていたが、その誰もが1言も言葉を発することができなかった。


 10数秒もごもごとねぶられた末、ぶっと吐き出された骨だけになった同僚の惨たらしい死体だけではない。さっきまで浜を這っていた比丘尼の姿が10mほどの高さにあることに警備の者たちは恐怖から微動だに出来なくなっていた。


 あくまで比丘尼の姿だったのは上半身だけ、空に浮かんでいるわけではなく僧依の裾からは蛇の体が伸び、その先は海へと続いており全長は今なお分からない。数々の穢物から町を守ってきた武士たちにしても見たことのない怪物の姿がそこにあった。


「どうにも食うた気がせんのう……。とはいえ、もう1人、もう1人と食い進めては知らぬ間にすべて食うてしまいそうじゃ。全て食うては倉庫の位置が分からなくなってしまう……ああ、なんと難儀なことよ」


「別に食べたければ食べていいよ。生きている人間から聞きだすなんて時間がかかるだけだもの」


 老婆のような声に答えるようにもう1つの若い声が重なる。それに続いてしゃん、という鈴の音が響くと先ほど吐き出された骨の横に何かしらの葉を持った小人が降り立ち、その頭蓋骨から青白い鬼火を引きずり出す。


「さて、この国の食料が保管されている倉庫はどこにある? 案内してもらっていいかな」


 声をかけられた鬼火は1度くるりと円を描いたかと思えば、ふわふわと北東の――主君の住む屋敷の方に進み、それを追うように季節外れの寒風が呆然と立ち尽くす警備の間を吹き抜ける。


「…………はッ!? いかん! すぐに街に戻って報告を―――うぎゃあああ!」


 背を向けて駆けだそうとするもの、ようやく呪縛を解き放ったもの、今なおまさに蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くす者、その場にいるものの行動はそれぞれだったが結末は皆一緒。再び伸びた舌長姥の下に絡み取られまとめて丸のみにされる。最早生きているのは運よく射程の外にいた2人だけという惨状。


「ちくしょう! 行くぞ! オレたちだけでも生き残るんだ!」


「逃がしませんよ? 当たり前じゃないですか」


「な!? げばあぁッ!!」


「くそッ! くそッ! くそッ!」


 いつの間に現れたのか、何としてでも危機を伝えんと振り向いた真後ろにそれは立っていた。1.5mはある大きな赤い顔。まるで表情というものを感じさせない鬼はその左右に裂けた口をがばっと開き、片方の男を噛みちぎった。


 その返り血でその顔はさらに赤く染まり、黄色く光る目の下半分を赤く染めるが鬼は瞬き1つしない。そのあまりにも人間の理から外れた妖怪の姿に肝をつぶしながらも、もう片方の男は一心不乱に走り出した。


 最後の1人になってしまった、自分だけが生き残ってしまった罪悪感に苛まれながらも男は走った。何度も転びそうになりながら、今にも心臓が破裂してしまいそうになりながら、ついに主君の屋敷までたどり着く。その門の前に人影を認めると主君に取り次いでもらうため、息も絶え絶えに先ほど見た妖怪について語った。


「う、海より……! 妖怪の集団……! 警備は全滅! 至急増援を……!」


 肉体的にも精神的にも限界を超えながらも、四つん這いになりながら門番に窮状を伝える。それなのに門番は主君に取り次ごうともせず高い声で男を問いただす。


「まあまあ、少し落ち着かない? そんなにいきなり妖怪とか言われても分からないよ。どういう奴らだったのさ?」


「下半身が蛇の姿をした山のような比丘尼! 大きな葉を持った小僧! でかい顔が目立つ真っ赤な鬼!!」


 今の自分の姿を見てもなお、のんびりとした口調で語り掛けてくる門番に頭が一瞬で沸騰し、男は矢継ぎ早に答える。それでも収まらず面と向かって文句を言ってやろうと、下を向いていた顔を上げた先の地面に何かが倒れているのが見えた。それは毎日見ている見間違えようのない姿。本来この場所に立っているはずの門番が、上下に分かれて転がりその間には固まっていない血であふれている。


「あはッ! あっははははははは!! 真っ赤な顔の鬼ですか~~~? もしかしてですけど~? もしかしてですけど~!!」


 すでに何が起きているかはわかっている。それでも男は全身を恐怖で震わせながらさらに顔を上げる。


「それって~! こ~~~~~んな顔じゃありませんでしたか~~~~~!?」


 忘れもしないつい先ほど見たばかりの鬼の顔。その大きく開いた口が閉じた時、男の命の灯が尽きた。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【母禮】――芦屋道満の中の人。阿弖流為とともに大和朝廷に反旗を翻した大逆罪人。

【舌長姥】――亀姫の乳母にして側近。猪苗代湖のヌシとして崇められる蛇神。

【朱の盤】――舌長姥の配下。

【コロポックル】――母禮の弟子のネクロマンサー。コロだのコロ助だの呼ばれる。

【源忠賢】――源高明の長男。源氏最強の武士と呼ばれたが、満仲に敗れ戦死。

【源俊賢】――源高明の三男。播磨守。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【盂蘭盆会】――お盆の正式名称。

*【呪動船】――呪符を動力に動く船。呪道具の1種。

*【穢物けがれもの】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。

【比丘尼】――尼僧。



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