【源頼光】大江山の戦い その16
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
2025/8/14 修正
・一部加筆
・誤字修正
「姐御! これ!」
「ああ、そんなとこにあったのね。わざわざありがとう」
さっきおとりに使った履物の片方を受け取って履き、ぎちぎちに縛り上げる。さっきは草影に隠れながら脱ぐのにえらい苦労したけど、同じ手は2度と使うことはないと思うし、うっかり脱げないようにしとかないとね。
「私もなんだかんだ武士だし、闘いに生きる側だけどさ。だからこそかな? 今の私だけ怪我が完治してる状況ってのが、受け入れられないのよね。丑御前から虎熊に明日に持ち越そうって説得することはできない?」
「わっはははははー! 何言ってんだ姐御! 鬼たちにしてみりゃどっちかがぶっ倒れるまで闘り合うことこそ鉄則だぞ! ましてや自分が劣勢の時に情けをかけられるなんて死んだほうがましってくらいだ!」
うーん、確かに。私だって、親父から情けかけられたらブチ切れる。ましてや1回殺した(?) はずの奴が形勢逆転したからって闘い辞めてあげようかと言い出したらそりゃムカつくわ。
「……やるしかないかー」
いまいち気乗りしない反応をすると、ペンと茨木ちゃんに頭をはたかれる。
「少し気ぃ抜きすぎや。『死すれば再びは生きず、窮鼠も狸を噛む』。ましてや相手は鼠どころか猛虎やで? しっかりしいや」
「? お、おう」
「塩鉄論ですな。死んだら生き返れないから、追い詰められた鼠は狸にも噛みつくという意味ですよ」
「あははー! 今は末法の世の中だってのに、随分徳の高い鼠だねー。仏門に帰依する人間でさえ輪廻からの解脱は諦めてるってのにー」
ぶるっと体が震え、突き刺すような視線のある方に目を向けると、さっきまで闘ってた場所まで戻った虎熊が鋭い目つきでこちらを見据えてる。
……たしかに、なんか終わった気になってて完全に気が緩んでたわ。パーンと頬をたたいて気合を入れなおし、ついでに羊肉の何切れかを口の中に放り込む。
「――よし、それじゃ行ってくるわ。……血吸はどこ?」
「ん? さっきぽっきりいった姐御の刀か!? それならオレが持ってるぞ!」
「うわあ……ほんと綺麗に折られたわねー。丑御前、悪いんだけどちょっと血をもらっていい?」
「ん? そりゃ姐御の頼みなら全然いいぞ? でもどういう意味だ?」
記憶が確かなら怪我なんかしてなかったはずなのに血を流してるとこをみると、多分この傷をつけたの私なのよね……。それなのにこんなお願いするのもどうかと思うけど、自傷するのも情けかけられたとかで虎熊をさらに怒らせかねないし。
丑御前の頬の傷を手で触れて血をぬぐい、ぽっきり折られた刀身の間に垂らして刀を接ぐ。これでよし、と―――。
「なんだそりゃ!? かっけええええええええええええええええ!!」
「Wow……。何でできてる、デス? そんな金属、知らない、デス」
「火車も知らないのね。てっきり異国の金属でできてると思ってたんだけど」
人を斬るたびに切れ味を失ってくそこらの刀とは違い、血を吸うことで刀身を復元して切れ味を戻す血吸。もともとは季武の――坂上家に伝わる妖刀の類。便利だから綱をはじめ欲しがる人も多いから異国との貿易でもととなる金属を仕入れられたらと思ったんだけどな。
「あははー、そりゃ初めて見たら驚くよねー。とにかくボクが預かっとくよー」
「は? いや、これから使うんだけど……?」
「頼光、なんか皆が言うとったけど、頼光は素手の方が強いらしいで? 刀の扱いがひどくて、丑御前にしたら悪ふざけしとるようにしか見えんて」
――――は?
いやいや、たしかにお互い武器有りでの模擬戦だと素手どうしより戦力差は埋まってたけど、そんなことになってたら、そもそもずっと昔に綱から指摘されてるはずで……。
「あははははー! いやー、指摘したら勝負にならないから皆で黙ってたせいでまさか殺されかけるとはねー。本気で動けるように履物用意した時点で、どうにもならなくなったわけだし、さっさと指摘しておけばと思った――痛ッたあああ!?」
スパーンと、道満さまが氷沙瑪を蹴るが如く、一切の容赦もなく綱の尻を蹴り飛ばす。何よ皆って!? 満頼も貞光も季武も皆で黙ってたってこと!? てゆーか武士として刀の扱いがひどいって致命的なんじゃないの!?
まあいいわ。言いたいことは色々あるけど今は虎熊を待たせてるし後にしよ。そう思って歩き出そうとしたとき、にかッと白い歯をむき出しにして笑う丑御前に肩をたたかれる。
「姐御! 虎熊童子は曲がりなりにも鬼たちの首領だ! それを倒す以上、しょっぱい倒し方じゃなくていっそド派手にやってやってくれ!」
目をキラキラさせる丑御前。ド派手にって…………え? もしかしてアレをやれと?
「ええと、アレは封印したつもりなんだけど……」
「大丈夫だ! 虎熊童子はそんなに簡単に死んだりしないぞ! 必殺技を打つ姐御もかっけーし、それに耐える虎熊童子もどっちもかっけーだろ!」
いやいや、必ず殺す技と書いて必殺技でしょうに……。
「あー……なんだ、オレからも頼む。いっそ派手に負けさせてやった方があいつのためにもなる」
頭の中で繰り返し考えてると、あの時立ち会ってた酒呑も同じ要求をしてくる。なんか少し、いやかなり意外な感じ。仕方のない状況にならないと闘わないっていう酒呑がこんなこと言うなんて。
「ずっとあいつのこと観察してて、それなりにあいつの人柄? 鬼柄? ってもんが見えてきたからな。まあギリギリでも生きれてりゃこのネコ娘が治せるだろ」
「ミスリルの胸当て、上からなら大丈夫、デス。Maybe」
最後に分からない異国の言葉が付いたのが少し不安だけど、必殺技ができた時の現場にいた3人が、虎熊なら死なないと太鼓判を押す。なら私も仲間の見立てと虎熊の頑丈さを信頼しようかな……?
「分かった。全身全霊を込めて叩き込んでくるわ」
みんなへ背中向きに手を振りながら、虎熊の前まで歩み寄る。私が近くに来るまで虎熊はかなり激しい息遣いをしていたけど、すぐに呼吸を整えにやりと笑った。
「おう、別れの挨拶は済んだかよ」
そう言うと槍を構える虎熊。明らかにさっきまでと違う綱を思わせるような低い構えに背筋が冷える。これは、短期決戦を見込んでの攻撃態勢ね、殺気がまるで違うわ。
「いや、闘いの後に私の主からの手紙を読まないといけないからね。発声練習に付き合ってもらってただけよ」
虎熊は1度はッと笑うと、瞬時に真顔になり地面を蹴った。それを目で捉えた時にはすでに槍先が眼前に迫る! 首を傾けてかわすと、次の瞬間には今度は左胸を目掛けて槍が飛ぶ。その1突き1突きに虎熊の魂が乗った高速の刺突。防御に重きを置いてたさっきまでとは性質がまるで違う。こっちが虎熊本来の戦闘の型だってのはすぐに分かる!
……なるほどね。私もだいぶ情けをかけられてたってわけか。確かにこれはやられる側としては、割とムカつく。
*
大方の予想に反し頼光を圧倒する攻撃を見せる虎熊童子の姿に、摂津源氏の面々は別々の反応を示していた。驚く者、心配する者、興奮する者。そんな中、頼光を人間へと引き戻した致公は今にも張り裂けんばかりに胸を痛めていた。
「? どうした致公ー。お腹でも痛いのー?」
「綱殿……綱殿は心配ではないのでありますか? 虎熊童子を戦闘不能にしてから治していればこんなことにはならなかったであります。まさかあの怪我で動きがよくなるなんて青天の霹靂であります!」
慌てふためく致公の姿に綱は1度頭を掻いたあと、丑御前たちを見つめる。必殺技とやらをいつ作ったのか、頼光の腹心と自負する自分の知らないところでことが進んだのを面白くないが、頼光が強くなるのは望むところ。その連中がなんの不安もなく戦況を見守ってる姿に深い溜息を吐くと、いつもの嘘くさい笑顔を作る。
「あははー、心配ないよ。頼光はさー、基本バカなところあるけどね――」
「急にバカにしとること認めるやん?」
茨木童子のツッコミを無視して、致公を安心させるように綱は続ける。
「―――殊、闘いに限って言えば……本物の天才だよ」
綱の言葉が終わるか否かというとき、パーンと乾いた音が大江山に響いた。
*
私の蹴りを顔に受け、思いっきりのけぞる虎熊。すぐに体を起こすと喜び半分驚き半分の表情で私を見る。
「何だ今の動きは……テメエ、さっきのイカれてた時から速さが落ちてねえな……!」
「うん、正直そのイカれてた時ってのを頭じゃ覚えてないんだけどさ」
トントンと小気味よく地面を蹴りながら感触を確かめる。うん、これなら何も問題ないわね。
「――自分がやってた動きとかそういうのって、体が覚えちゃうのよね」
「ははッ!! これだから人間ってやつはよお。俺様がどんだけ鍛錬を重ねてきたと思ってやがる!」
心の底から楽しそうに笑う虎熊。それでも体の方は言うことが聞かないのか、表情とは裏腹に前に出てくる勢いが止まる。
ここまで激戦を繰り広げた相手、感じることがあるとすればそれは敬意だけ。そんな好敵手との闘いを終わらせるべく、私は思い切り地面を蹴った。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【酒呑童子】――摂津源氏。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【藤原保昌】――藤原道長配下。異国かぶれの異名を持つ。
【源致公】――源満季の養子。本当の父は源忠賢。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【虎熊童子】――大江山首領。虎柄のコートを羽織った槍使い。
【碓井貞光】――源頼光の配下。平安4強の1人。
【卜部季武】――源頼光の配下。
【源満頼】――源満仲の弟・満季の長男。先天的に芯が通っていたため当主である祖父の経基の養子となり武芸を仕込まれる。平安4強の1人。
【芦屋道満】――摂津の遙任国司。左大臣・藤原顕光に仕える陰陽師。
*【雄谷氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も芦屋道満に仕える忠義者。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【塩鉄論】――中国の書物。塩や鉄の専売についての会議の様子を書いたもの。
*【末法思想】――仏の教えが行き届かなくなったクソみたいな現実より、来世にワンチャン期待する思想。どうせ解脱なんてできやしないんだから、輪廻転生するぜー的発想。
【帰依】――仏を信じ、その教えに従うこと。
【輪廻】――生物が三界六道の間で転生を繰り返すこと。
【解脱】――煩悩を解き放ち輪廻から外れること。
*【血吸】――頼光の愛刀。
*【ミスリル】――魔力を込めながら製錬された銀。込められた魔力量に比例して硬度が上がる。最高品質のものはオリハルコンに匹敵する。
【青天の霹靂】――予想外のことが起きたという意味。




