大江山の戦い その14
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
2025/8/14 修正
・一部加筆
・誤字修正
「ちいッ!! 押し返しても押し返してもキリがねえ! いい加減にしやがれ!」
頼光の執拗な攻撃にさらされ肉体的にも精神的にも疲労が見え始めた虎熊童子、胸のミスリルの前掛けに守られ致命傷こそ受けないものの、むき出しの腕や足に生傷が増えていく。
動きに精彩を欠き始めたところへの背後からの攻撃が直撃する寸前、割り込んできた影が地面に大きな穴をあける。
「わっはははははー! 見てらんねえなーもー。しっかりしろよ首領ー!」
「はッ! なんだテメエ。向こうに鞍替えしたんじゃねえのかよ」
「別にオレはオレだからなー。誰の仲間って話じゃないぞ。ただいつもの姐御に戻すためには首領に死んでもらったら困るみたいだからな! 今は全力で首領の味方だぞ!」
「けッ! そういうテメエが殺されんじゃねえぞ!」
丑御前と虎熊童子は互いに背中を預けて死角を消し、正面からの頼光の攻撃を何とか防ぐ。
「戻すってことは何かする気なんだろうが、あんまりチンタラやってたらこいつのこと殺しちまうが?」
「わっはははははー! めちゃくちゃ強がんなー! オレが言われてるのは首領を殺されんなってことだけで、何するのかは全部むこうに丸投げだぞー!」
そのむこうとやらに目を向けると頼光の仲間たちが篝火を倒し、地面にたき火を起こしている。
「……何だありゃ。早着替え野郎が何もねえところから肉を取り出してるんだが?」
「あれに関しちゃ考えるだけ無駄だなー! それよか生き残ることだけ考えた方がいいぞー!」
*
「さっきのが頼光の腹の音なんは分かったけど、ほんまにこんなんで釣れるん? 頼光のことバカにしてへん?」
「あははー、バカにしてるんじゃなくて理解してると言ってほしいねー」
たき火を起こし、いざ調理といったところで綱は動きを止める。
「綱殿! 本当に肉を焼くのでいいのでありますか? 清和源氏では穢れを嫌って絶対食べるものではないのでありますが!?」
「以前身内で好きな食べ物の話題になったときにさー、確かに羊とやらの肉を焼いたものが好きとは言ってたんだよねー。なんでも陸奥で飼育されてる異国から取り寄せた動物らしいんだけど。あのときはボクは言わずもがな、貞光と季武も顔には出さなかったけどドン引きしてたからねー。よく覚えてるよ」
「ドン引きしてんじゃねえよ」
「それはええけど、どうすればええの? このまま火にかけてええのか、それとも小さく切って鍋かなんかに入れる方がええの?」
「異国では丸焼きにするとは聞いていて、いつか食べてみたいと思って確保していたのだが、いざやってみようとなるとやり方が分からないものだな」
京では馴染みのない動物であるため、何でもかんでも収集する保昌がたまたま肉を持っていたこと自体が奇跡的であり、いざ調理となると苦戦を強いられる。
「ま、他の獣と変わらねえだろ。保昌さんよ、この肉の幅よりも長い鉄の串はあるか? あるなら何本か出して欲しいんだけど」
「これでいいかなムッシュ酒呑」
酒呑は保昌から鉄串を受け取ると、たき火の両端にY字にして差し、残りの鉄串を差した羊肉を架けて回しながら炙る。
「オー、イイネイイネ。久シブリノ肉ダゼー」
焼けた羊肉からは肉汁が滴り、辺りに独特な香りが広がる。
「なあ酒呑、これは直接炙るだけじゃあかん―――ああ、なるほど。鉄串が熱うなって中にも熱が通るんか。でかい肉焼く時の知恵ってやつやな」
「お貴族様がたはしかめっ面だけど茨木は肉食大丈夫なのか?」
「そもそも羊っての知らんし鹿や猪ならよう食べとったからな。燻すか煮るかしたあと乾燥させて何日か持たせる感じやったから、焼いて食べるんは初めてやけど」
とくに仏教に帰依してるわけでもない庶民組と、貴族組で露骨に反応に差が出ながらも調理は続く。
「んー……思ったよりはマシ……と言いたいけど、慣れない匂いだねー。ほんとにこれが好物なのかねー?」
「ムッシュの記憶だけが頼りなんだから、自信を持ってくれないと不安になるのだがね?」
「Poor you。とてもおいしいのに」
「こいつは当たり前のように食うんだな。宗教とかありそうなのに」
焼けた表面をそぎ取り肉を口に運んでいた火車が、カッと目を見開き酒呑を見据える。
「主がぁ、こんなことまで禁止するほどぉ、狭量だとぉ、言ってるデスゥ?」
「ちょっとした疑問だろうがよ!? いちいちキレんな!」
「よっし。火車が問題なく食べれてるってのなら準備は完了かなー? 普段の頼光なら成功率2~3割ってとこだろうけど、獣じみてる今なら倍くらいの成功率にはなるでしょー」
「おう、やっぱり頼光のことバカにしとるやろ?」
「あとはダメ押しの仕掛けも用意して――……」
すべての準備が終わり、綱は口に指をくわえた。
*
頼光の攻撃を耐える丑御前たちの耳に甲高い口笛の音が届く。それは事前に取り決めていた準備完了の合図だった。
「よっしゃ首領、時間稼ぎもここまでだぞ! 綱たちの方に姐御を吹っ飛ばすぞ!」
「無茶言ってくれるぜ。動きを捉えられるならそもそも力づくで押さえて策を弄する必要すらねえだろが」
時間が経つにつれ動きが鈍る虎熊童子たちとは逆に、徐々に体がなじむのか素早さを増す頼光。虎熊童子たちは今や亀のように身を固めることでなんとか攻撃を防いでるだけの状態になっていた。
「わっはははははー! 狙われてんの首領だかんなー! もーいっそのことオレが首領のことをぶっ飛ばして綱たちの方に転がすか!」
「ぶっ飛ばされんのはムカつくから却下だが、引き付けながらむこうに向かうのが手っ取り早えのは確かだな。手伝え丑御前」
「仕方ねえなーもー」
絶え間ない嵐のような攻撃の中、1歩また1歩と綱たちの方に近づく。そんな縮こまった相手に業を煮やしたのか頼光の動きが変わる。槍の防御の間隙を突いて放たれた水平足払いに、虎熊童子はバランスを崩して背中を預ける丑御前を押しつぶす形で転倒する。
「やべ――」
前掛けに守られていない首を貫かんとする頼光の手刀。なんとか避けられるタイミングではあったが、避けた先にあるのは丑御前の頭。それを理解した虎熊童子からは避けるという選択肢は消えた。
歯を食いしばり首に力を入れたまさにその時、頼光と虎熊童子の間に疾風のごとき速さで短槍が突き刺さり頼光の動きを止める。
「ははッ! 愚弟にしちゃ上出来だ。褒めてやるぜ星熊ぁ!!」
その隙を見逃さず虎熊童子は倒れたまま体を回転させ頼光を蹴り飛ばした。今の頼光にとっては大した攻撃ではなくダメージはほとんど入っていないが勢いは殺せない。
踏ん張る頼光の鼻に肉を焼く匂いが届いた。
*
「がるるるるるる……」
「綱殿! 従姉上がこちらを向いたであります!」
「よっし。ここで畳み掛けるよ。それじゃ先生方よろしくどうぞー」
「にゃーん、頼光ー。こっちで一緒にお肉食べるニャー!」
焼けた肉を持つ猫精霊に誘われ、完全に虎熊童子から視線をそらしてふらふらと近づく頼光。
「失礼マドモアゼル。貴方を元に戻すため、しばしの無礼をお許しあれ。捕らえたまえ、縛蛟索!!」
「うがあああああああああああああああ!?」
無防備をさらしたところに上から網をかぶせられ、頼光は必死にもがく。
「っし! 羊肉と猫、頼光の好きなものと好きなものの合わせ技! 絶対にかかると思ったよ!」
「マジでバカにしとるやん。引っかかる方も大概やけど」
「つーか猫に肉持たせるとか大丈夫なのかよ。病気とか」
「Pardon? ウチの猫精霊、汚い言ってる、デス? 喧嘩売ってる、デス?」
「もはやキレてえだけだな!? お前の住んでた村病気で滅んだんだろうが、お前が1番気にしろや医療担当!」
「いいから抑えるのを手伝ってくれたまえ! 力のあるムッシュ酒呑とプチマドモアゼルは足を、私とムッシュ綱で腕を抑えるぞ!」
「わっはははははー! 任せろー!」
戻ってきた丑御前を加えた4人がかりで押さえつけられながらも必死に暴れ続けた頼光だったが、1度大きく腹を鳴らすとようやく大人しくなる。
こうして頼光捕縛作戦はなんとか成功したのだった。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。
【酒呑童子】――摂津源氏。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。
*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【藤原保昌】――藤原道長配下。異国かぶれの異名を持つ。
【源致公】――源満季の養子。本当の父は源忠賢。
【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。
【虎熊童子】――大江山首領。虎柄のコートを羽織った槍使い。
【星熊童子】――虎熊童子の弟。足が悪く歩けないが弓の腕は超一流。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【ミスリル】――魔力を込めながら製錬された銀。込められた魔力量に比例して硬度が上がる。最高品質のものはオリハルコンに匹敵する。
【帰依】――仏を信じ、その教えに従うこと。
*【縛蛟索】――保昌の持つ呪道具の1つ。宝貝・縛竜索をモチーフに作られた1品。




