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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
2章 摂津争乱
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【渡辺綱】大江山の戦い その13

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「どうだ火車! 頼光の治療は終わりそう!?」


 保昌と酒呑の2人と連携を取りつつ頼光を回復する時間を稼ぐも、火車からは治療が済んだという回答がない。


 くそ、これまでどんな重傷でも瞬時に治してきたあいつがここまで時間がかかるなんて……想像したくない事実を突きつけられてるみたいで吐き気がする。


「集中したまえムッシュ!!」


 しまっ――こんな化け物相手に隙をさらすなんて!! なんとか双刀で突きを受けるも腕力が違いすぎる。辛うじて軌道は逸らしたものの態勢を崩された。向こうはすでに槍を引き、まさに次の1撃を繰り出そうとしているところ。


「ぐるるるがああああああああああッッッッ!!!」


 死を覚悟したとこに聞こえたのは何かしらの獣のような咆哮。それと同時に虎熊童子の体が大きくのけぞった。


「頼光……か? いや、治療してくれとは頼んだけど……なにこれ?」


 目の前で繰り広げられるのは頼光対虎熊童子の再戦。片足は裸足のままだってのにお構いなしで全速で動き回る頼光の速度は、長い付き合いだってのに見たことない領域に入ってる。


「させなぁぁぁぁぁい!! もぉぉぉ2度とぉぉぉぉぉぉ!!」


「……はッ! どういう理屈で黄泉返ったか知らねえがトチ狂いやがって! 黄泉に落ちたとき何か拾い喰いでもしてきたのか?」


 明らかに狼狽えた様子を見せたのにすぐさま平静を保つ虎熊童子は懸命に槍の幕を張るけど、そんなものお構いなしといわんばかりに頼光はそれに突っ込んでく。速さが数段増してるとはいえ、全部避けられるわけもなく体からは血が噴き出すけど、受けた傷はすぐにふさがり前進を止めることはない。裸足の足だっていつもみたいに皮がずる向けになる様子もない。


「――――っちぃッ!!!!」


 それだけじゃない。素手だってのにやけに虎熊童子を傷つけることができてると思ったら、頼光の両手の爪が20㎝くらいまで伸びて虎熊童子の体に傷をつけていく。


「どういうことだムッシュ。マドモアゼルに何が起きている?」


 2人の闘いに入り込む余地がない、ってのは保昌たちにしても同意見みたいで、虎熊童子を囲む陣形を解きボクのところに集まる。


「……さあね、ボクが聞きたいくらいだよ。あれじゃ満仲おっさんそっくりだっての」


 状況を知ってるのはやっぱり火車か? 苦虫を嚙み潰したような顔をする火車に話を聞こうとそのそ場まで下がると、意外なことに致公むねきみの方から「なぜ今……? これは想定外であります」とぶつぶつつぶやく声が聞こえてきた。


「致公、頼光がああなってる理由知ってるの?」


 1度大きく目を見開くも、下唇を嚙みながら下を向く致公。少し待つと意を決したようにこっちを見つめて口を開いた。


従姉上あねうえは魔縁を結んだであります……!」

「頼光、Dragonに魅入られた、デス……!」


「ごめん、火車と被ったから聞き取りづらかった。えーと……魔縁?」


 火車がどらごん、どらごん言ってるけど2人同時に話されるとさっぱり訳が分かんねー。とりあえず訳知り顔の致公だけに話してもらうことにしよう。


「魔縁を結ぶ――ウチも詳しいことは分からんけど、要するに天狗になったいうことやろか? でもあれって、いわゆる他人にマウントをとるのが大好きな修験者が、その傲慢さからなるもんちゃうの?」


 火車の口をふさいで黙らせると、茨木童子が致公に質問して説明を促す。


「はい。一般的に言われてるのはそれで正しいであります。ですが我ら清和源氏は、激しい怒りもまた天狗になるきっかけの1つと知っているであります」


「ふっ」


 致公の説明を聞いて鼻で笑う火車。いかにも「随分と浅い知識デスね。私もっとよく知ってマス」とばかりの態度だね。それじゃこっちも聞いてみるか。口をふさいでた手をどけると得意げに話し出す。


「Dragon、始まりの言葉で『見る』を意味する悪魔王、デス。『心を見透かす者』。己の弱さに絶望した人間に、配下の悪魔送り込む、デス。特に隙になりやすい、傲慢・憤怒・強欲・嫉妬・色欲・暴食・怠惰、7つの大罪言われる、デス」


 ………………なるほど? 清和の認識じゃ傲慢と憤怒しか分かってないわけだし、こっちの方が詳しい……詳しいんだろうけど。でも言うほど自分の弱さへの絶望と繋がるか? まあ、説明させると長くなりそうだから詳しいことは後にするとして今は――。


「えーと、さっきの致公の言い方だと今の頼光は、怒りで我を忘れて天狗になった……ってことでいいのかな?」


「それなのでありますが、そうとも言い切れないというのが正直なところであります。叔父上たち醍醐源氏との接触でこうなったのであれば、自信を持ってそうだと言い切れるのでありますが……」


「どういうこと?」


 致公は要点をまとめて醍醐源氏の親繁王ちかしげのおおきみによる満仲邸襲撃事件について語る。頼光の前で母親が殺されたこと、それを見た満仲おっさんが怒りから天狗になったこと、気を失ってた頼光を救い出した満季みつすえが安倍晴明に頼み、頼光にも魔縁が結ばれる前に記憶を封印したこと。


「――此度の摂津での事件、よりにもよって醍醐源氏による強盗……はあったか分からないでありますが、放火事件と状況が似ているであります。そこで父・満季は従姉上の記憶が戻るのを恐れ、それがしを監視役として同行させていたというわけであります」


「なるほどね。道満を頭から田植えしたとき、急に人を殺しただのなんだの騒ぎ出して何事かと思ったけど、母親の死を目の前で見たことも関係あるのかもね」


 まあ、頼光はいいとして満仲は舐めてんのかな? 他人ひとの人生台無しにしておいて実は人間やめてましたって反則だろ。そりゃあれを人間っていうのは無理あったけどさ。


「……そうなると、このまま虎熊童子のこと殺してもうたらあかんちゃう? こんな力ある者が好き勝手出来る末法の世で、人の死を忌避するのは言わば頼光の個性なんやし」


「たしかに、満季殿がわざわざムッシュを監視につけたというからには、何かこうなった場合の対処法も持たせているのではないのかね?」


「ん? あれはあれでかっけーし、強くなってるなら戻す必要なんてあるのか?」


「ウチは嫌やわ。あんな獣みたいんが後ろ盾とかなったら商売あがったりや」


「そもそも、戻す方法がある、デス? 理性失くさず、力得る。できた人聞きマスが、1度理性失くす、戻す聞いたことない、デス」


「父上と記憶の封印を行った安倍晴明様から、緊急時に取るべき行動は教えられているであります。もちろん1度従姉上の動きを止める必要があるので、皆様に協力を仰がなければなりません」


 丑御前の言い分もわからないでもないけどまあ、満仲そっくりの相手を主君とあがめられるかって言ったらそりゃ無理ってなもんで。それぞれに目を合わせて行き、頼光を元に戻すということで心を1つにする。


 とはいえなんだけど。とうの頼光は、もはや遠目から見ても目で追えないくらいの速さで動き回って、その嵐のような攻撃にさらされて虎熊童子が血まみれになってる様見ると……ね? 


「しかしマドモアゼルを捕らえるとなると相当な難題ですな。捕縛用の呪道具はありますが、当てることはまず不可能」


 だーよねー。取り囲んだところで取り逃がす未来しか見えないし、はてさてどうしたもんか。


―――ぐぅぅぅぅぅぅぅ。


「ん? 何、今の音? 頼光の鳴き声にしては若干違和感があったけど」


「鳴き声て……。声自体は変わっとらんし別の音やろ」


 いやー頼光がらみでなんか聞いたことある音なんだよなー。しかも割と最近。他に誰もいないで2人でだべってた時だったような……? そうなると火車を探してるときか、それより前なら東市を――!


「――よし。とりあえず丑御前はすぐに虎熊童子と合流して、頼光に殺されないように面倒みてあげてくれる? それと保昌、キミのインチキ空間には何がある?」


 音の正体に気づいたことで一気に頼光を捕らえる算段が付いたボクは、他の連中に作戦を伝え行動に移った。

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。

【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。

【酒呑童子】――摂津源氏。人の体と鬼の体が同居する半人半鬼。相手の表情から考えていることを読める。

*【外道丸】――酒呑童子に取り憑き、半身を持っていった鬼。

【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師ドルイダス。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。

【藤原保昌】――藤原道長配下。異国かぶれの異名を持つ。

【源致公】――源満季の養子。本当の父は源忠賢。

【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。

【虎熊童子】――大江山首領。虎柄のコートを羽織った槍使い。

【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。

【源満季】――清和源氏。源満仲の弟。

【親繁王】――醍醐源氏。源高明の甥。源満仲邸襲撃の主犯。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【黄泉】――あの世のこと。

*【魔縁】――人を堕落させる第6天魔王と結ばれる縁。またはそれにより堕落した人間――天狗の総称としても使われる。

*【Dragon】――『心を見透かす者』の名を冠する悪魔王(第6天魔王と同一存在)、またはその眷属(天狗と同一存在)を指す言葉。

*【天狗】――魔縁により第6天魔王の眷属となった人間の総称。

*【始まりの言葉】――印欧祖語。ラテン語・ギリシア語・サンスクリット語など、インドからヨーロッパにかけての言語における、共通の祖先とされる仮説の言語のこと。

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