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平安幻想譚~源頼光伝異聞~  作者: さいたま人
序章 パラレル平安時代の誕生
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動き出した歯車

*人物紹介、用語説明は後書きを参照


2025/1/02 修正

 ・混沌のキャラクター性変更

 ・視点の変更 混沌視点→第3者視点

「「……………………」」


 新しく仲間に加わった中国の神の1柱が、全身を痙攣させ横たわっていた。


 碌な手入れもされず艶のなかった黒髪は白髪に変わり、全身の穴という穴から体液を撒き散らすその様は、あまりにも不憫で正視に耐えない。


「てへぺろ☆」


 純白の翼を生やして金色に輝く鎧を身にまとう戦乙女ワルキューレは、以前にアラクシュミから教わった仕草でごまかそうとするも、ヒンドゥーの神の目つきは冷ややかだった。


「殴るぞ」


「なによ! 少し失敗しちゃったときはこうしたら可愛いって言ったのあなたじゃない!」


 スクルドの抗議に応じる様子もなく、雲のかかった空を見上げると、アラクシュミはそのままの態勢で戦乙女に指示を出す。


「混沌を安全な場所に運んでくれ。我も後から追う」


「あら。これからあたしたちの拠点に向かうだけでしょ? あなたが背負えばいいじゃない」


「客をもてなさなければならないのでな」


 アラクシュミが空を指差すと、すでにそこには雨雲を背にして浮かぶ2つの影があった。


「混沌が気絶し、結界が消えたことで存在を捉えられた。優秀だな」


「ふぅん? 知ってると思うけどあたしの【エインヘリヤル】の能力は、集めた戦士たちが誇った全盛期の能力を参照するわ! 今は敵だろうと最終戦争ラグナロクでは駒になってもらうため、せいぜい鍛えてやりなさい!」


「貴公こそ我の瓢箪には捕らえた魂を内部で輪廻させ、現世に戻す力があることは知っているだろう? 心配には及ばぬ」


 そう言い残すとアラクシュミは地面を蹴り、空に並んでいた2人の顔をそれぞれの手でつかみ雲の中へと消えていく。


「くッ……!!」


 刹那の強襲により一瞬対処に遅れたものの、掴まれた男たちも黙っていない。


 厚い雲の上、それぞれが拘束から抜け出すと、髪を後ろで縛った白い道着の男がアラクシュミの後ろに回り込み、挟み撃ちの形で対峙した。


「素早い対応だ。戦いなれているようで結構」


「当然だ。しっかし急に妙な気配が現れたと思ったらてめえとはな。会いたかったぜ【陸圧道人りくあつどうじん】!」


「懐かしい響きだ。我のことをその名で呼ぶということは大陸の仙人か道士といったところか」


「んだよ覚えられてねえのは寂しいねえ。オレは白虎。てめえには大昔に1度殺されて瓢箪に閉じ込められたことがあるぜ?」


 青い体に薄紫の髪をたなびかせた男がアラクシュミに吼える。


「玄武だ。こうして顔を合わせるのは初めてだが、白虎から貴様のことは聞いている」


 白虎に続き名乗りを上げたのは、緑の鎧で全身を固めた男。身長はアラクシュミとほぼ変わらないくらいで、白虎よりは10㎝ほど大きい。七三で分けられた緑の髪の下、大きく開いたデコに瞼の閉じた3個目の目玉がある。


「ふむ。覚えていなかったことについては深謝しよう。だが重ねて申し訳ないことに今日はいささか都合が悪い。適当なところで失礼させてもらうこと、先に理解いただきたい」


「都合ねえ? そういや下にいた奴が女の子担いでたな。他国まで来て人攫いたあ一体何やらかす気だてめえ」


「我が考えていることは、人間の輝かしき未来のみ」


 その返答が白々しく映ったのか白虎のこめかみに青筋が浮かぶ。


「落ち着け白虎。怒りで我を忘れてどうにかなるような相手ではない」


「……そうだな。何を企んでるかなんてとっ捕まえてから聞けばいいだけだ。行くぞ玄武! 絶対に逃がすなよ!」


 一瞬で距離を詰めた白虎の拳とアラクシュミの持つ曲刀タルワールがぶつかるのを皮切りに、京を覆う雲からは雷鳴とは違う音がしばらく鳴り響いた。



 平安京の大内裏おおだいりの裏手にある船岡山。その地下に広がる篝火かがりびに照らされた薄暗い洞穴に5つの影が浮かび上がる。


 貴人――人の形をしながら大きな狐耳と9本の尾を生やした容姿端麗な女性。身長は170㎝弱で華やかな花の刺繍が施された桃色の着物を纏っている。


 騰虵とうしゃ――黒く日焼けした肌をした160㎝程度の女性。まるで鋼のような筋骨隆々の体に、ぴったりと密着するような形で、炎の絵柄の入ったオレンジ色でセパレートタイプのリングコスチュームのようなものを身に着け、首には金色の2匹の蛇が絡まる土台にはめられた黒曜石の鏡。漆黒の髪を肩まで伸ばし、頭の両側から真紅のゴツゴツした角が後方へ伸びる。また、尾てい骨から赤く太い2mほどの尾を生えている。


 朱雀――身長は150㎝に届かない少女。朱色の髪を三つ編みで纏め、3本の霊長の羽をかたどったものが生えた、黄色の雲の装飾の入った赤いベレー帽を被り、赤と紫の道士服を着て、その上からは赤い鳳凰の描かれた黄色い袈裟に身にまとう。


 大陰――身長は朱雀とほぼ変わらない少女。真ん中分けでツインテールにしている髪は前髪が黄色で後ろ髪が緑色をしている。天女のような服装で緑色の羽衣を纏っている。


 安倍晴明――貴人同様狐耳を生やした155㎝程度の女性。貴人と違い尾は1本しかない。白い狩衣を纏い黒く塗られた赤い鼻緒のぽっくり下駄を履いている。


 12天将と呼ばれ京の守護を司る者たちは、京に現れた脅威にたいして緊急の会議を開く。


「陸圧道人か……。鴻鈞道人こうきんどうじん檮杌とうこつ、スクルドと並び4凶と呼ばれる異国の神。ようやく、ようやくこの京に現われたわね……ふふ、ずいぶん待たせてくれたじゃないの!」


「らしいのう。わしがその場におれば良かったのじゃが、仲と公明ではちと捕らえるには荷が重かったかのう」


 12天将の長である貴人の興奮した言葉に。朱雀は見た目からは想像もつかない年よりじみた言葉で応じる。


貴人ははうえや朱雀様が追っているという、数千年前に戦った宿敵ですか」


 昔話として母から聞いてきた相手の出現に、緊張の色が隠せていない晴明の不安を吹き飛ばすように騰虵が豪快に笑う。


「ふはは、面白くなってきたな! この騰虵、強者とのMano-a-Manoが組めればそれで良し!」


 京に姿を現した強敵に対して、しばらく4者4様の発言が飛び交う中、1通りの反応が終わり場が落ち着いたのを待って、それまで言葉を挟まなかったもう1人が口を開いた。


「で、いたのは陸圧道人だけって話なの? 他の4凶の姿は?」


「それなのじゃが、仲によるとその場にいたのは他に2名。1柱は例のスクルドなる西方の神じゃが、もう1名は初めて見る小娘じゃったそうじゃ」


「小娘ですか?」


「あぁ。なんでも全身痙攣しながらスクルドに担がれて行くところじゃったらしい。どうもその者をかどわかすのが目的だったのではないかというのが仲たちの意見じゃな」


「封印した檮杌に代わる、新しい4凶という可能性もあるのかしら?」


「その可能性も否定しきれんのう。確認できたのは一瞬、しかも担がれた後ろ姿だけらしいのじゃが――このような感じらしい」


 そう言うと朱雀と呼ばれた女性は、袖より姿が描かれた紙を取り出す。


「…………変わった服装ね」


「あら、何処へ行くの?」


「情報を集めるなら東国に出向いている天后てんこうにも伝えるべきでしょ? 京に潜伏してる可能性がある以上、騰虵と朱雀は残るべきだし、貴人も晴明も離れられないなら私が行くしかないじゃない」


「……そうですね。それでは大陰様、よろしくお願いたします」


 晴明に頭を下げられた大陰は足早に部屋を後にした。



「んッ~~~~~~~~~~~~!! なんすかパイセン! 女媧じょかにいびられて逃げ出したと思ったら今更出てきたんすか~♪ ないわ~♪」


 平安京からはるか東に離れた空の上、人目につかない場所で大陰は喜びを爆発させた。


 彼女の知る【パイセン】とは髪の色こそ違うが、"Rock & roll"という謎の文字が書かれた自作の一張羅を見れば間違えようがない。


「いや~、まっさか仲の良かった窮奇きゅうきのいないこの世界を、パイセンが選ぶとは思ってなかったんすけどね~。はッ!? それってつまりこの世界の未来が明るいってことでは!?」


 かつて語られた混沌自身の能力と不可避の滅亡。その回避が成ったからこそ、混沌の本体が顕現したのだと大陰は想像する。


 だが、大陰の知る混沌は仮にうまく滅亡の未来を回避できたとしても、こんな魑魅魍魎が跋扈する世界にわざわざ突っ込んで来る性格ではない。そんな普通だったらすぐに気づいたであろうことは、数千年前に姿を消した大好きな相手と再会できるかも知れないという期待によって脳の片隅に追いやられた。



 白虎らとの戦闘を終えたアラクシュミが拠点に戻ると、体育座りをする混沌にスクルドが話しかけているのが目に入る。


「戻ったぞ。混沌の様子はどうだ?」


「聞いてよアラクシュミ! こいつったら未来をシミュレートする術を使いたくないとか言うのよ!」


「……無理無理無理無理無理。もうあんな思いしたくないよ。やだやだやだやだやだ」


 小刻みに震える混沌の姿を見てアラクシュミは天を仰ぐ。


 本体を呼び寄せた後、【観測者】との融合における危険を知らされていた彼女からしたら、さもありなんと言ったところだ。


「問題ない。彼女は自分の役割を十二分に果たした」


「はあ!? 甘やかし過ぎじゃないの!? 未来がかかってるんでしょ!」


数多あまたの世界を渡り歩いてきたが、この世界の人間は圧倒的に質がいい。私の要請をくみ取り、この世界を作ったのは彼女だ。これ以上彼女におんぶに抱っこでは貴公も最高神オーディン様とやらに格好がつかないのではないか?」


「む……」


 不満そうなスクルドをよそに、アラクシュミは混沌の頭を優しく撫でる。


 人の営みの中に神や仙人、妖怪などが入り込み、術や魔法も溢れたこの世界。


 混沌と化した時代の歯車がゆっくりと動き出した――。

【人物紹介】

【混沌】――4凶の1柱。人々の繁栄を目指すのが仕事。様々な術が使えるが、不幸な事故により未来をシミュレートする術は使えなくなった。現代知識が豊富。

【アラクシュミ】――4凶の1柱。ヒンドゥーの神。現在地点より昔のパラレルワールドの自分と融合することで、過去に飛ぶことが可能。幸福の神だが人類の滅亡に何度も立ち会っているため、不幸の神と自虐気味。混沌同様に現代知識が豊富。ゲームが大好きで創作活動を保護するため人類救済に動いている。殷と周の戦争では陸圧道人の名で周に加担した。

【スクルド】――4凶の1柱。北欧神話に出てくる3姉妹神の末っ子。未来を司る。

【白虎】――殷の道士。過去に陸圧道人に1度殺されている。

【玄武】――殷の道士。

【貴人】――9尾で狐耳の麗人。安倍晴明の母。

【朱雀】――真紅の道着の仙人。年寄りじみた話し方をする。

【騰虵】――角が生えたマッチョウーマン。

【安倍晴明】――1尾の狐耳の少女。

【天后】――東国(関東方面)へ出向中。

【大陰】――女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。

【檮杌】――4凶の1柱。封印されている。

【女媧】――中国のおいて人間を生み出した最高神。4極柱の生みの親で、伏犠の嫁。

【窮奇】――故神。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

【タルワール】――インド周辺で使われる曲刀。

【大内裏】――平安京にて天皇陛下のおわします場所。行政施設や祭事を行う殿舎がある。

*【船岡山】――平安京の北に位置する標高112mほどの低山。地下に大空洞があり12天将と呼ばれる式神たちが拠点としている。安倍晴明の屋敷にほど近い一条戻橋と地下通路でつながっている。

*【Mano-a-Mano】――マヤー文化国の公用語で1対1のこと。タイマン。

*【4凶】――世界をめちゃくちゃにしたとして、指名手配中の大戦犯。鴻鈞道人(混沌)・陸圧道人(アラクシュミ)・スクルド・檮杌の4柱を指す。

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