【藤原保昌】大江山の戦い その6
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
2025/8/14 修正
・一部加筆
・誤字修正
子供の頃から私は不自由というものを感じたことがなかった。有力な貴族の家に生まれ、広い庭でのびのびと遊び、望むものは頼めば父が次に来る時に持ってきた。
当然のものとして享受していた恵まれた環境、それが一握りの人間だけに与えられた特権と知ったのは初めて屋敷の外に出たとき。道行く庶民は疲れた顔でボロを纏い、道には放置された死体が転がる。周りの大人たちは気にする様子もなく、いずれ私もそうなるものと思ってはみたものの、時間が経っても募るのはこんな状況を放置する朝廷への疑念と貴族への失望ばかり。それから、私の心は日ノ本から離れ異国へと向いた。
異国ではどのような政が行われ庶民がどのように暮らしているのか、その一端でも知りたいと異国の書物や物品を取り寄せ、その代金を稼ぐために特に忠誠心も起きない朝廷で働き稼ぐ。
―――そしていつしか周りは私のことを「異国かぶれ」と呼ぶようになり、私自身それを誉れとして受け取るようになった。
*
「瞬装ッ、大地武仙! さてこれには耐えられますかね? 爆裂轟山斧ッ!!」
「ぐああああああああああ!!」
叫ぶとともに唐国の仙道と呼ばれる修験者の姿に変わり、手にした大斧を地に突き刺すとそこを中心に20mほどの大地が弾け、立っていた鬼たちを宙へと飛ばす。
姿形こそ仙道になっているとはいえ、扱うのは宝貝と呼ばれる仙具ではなく、それを模しただけの呪道具。呪符の力を頼り擬似的な能力を発揮できるとはいえ、その威力を発動できるのは1度だけ。再び扱うには新たな呪符をはり直す必要がある。
「HAHAHA! とはいえ、替えはいくらでもありますし、出し惜しみするつもりもありませんがね! 瞬装ッ、火弾弓武仙! 爆ぜろ、五花竜神火箭!!」
袖箭と呼ばれる細い管から放たれた火が5つに分かれ、前方の鬼を焼く隙をつき女の鬼が迫る。迎撃せんと構えるが、その後ろにもう1つ見知った影が視界に収まったため対処はそちらに任せる。
背後から襟首を掴んだ綱は、それを思い切り引き体を寄せると両足を首に絡めて絞めあげる。
「はしゃぐねー保昌。嫁さんに頼まれでもしたのー?」
「HAHAHA! たしかに妻からはマドモアゼルが自由に外出できるよう協力してほしいとは頼まれましたが、最近はマドモアゼルにお会いしたいと申すばかりでその時以上の助力は求められておりませんよ!」
協力というのも満仲殿がマドモアゼルから「パパ」と呼ばれることを望むようにするという良く分からないものだったが、こうして外出ができていることを鑑みればうまくいったと思うことにしよう。
「それにしては随分な肩の入れようじゃない? その戦いぶり、京中を追いかけ回されてた頃を思い出すよ」
「妻の命の恩人でもあるけど、個人的に好ましくも思っているからね。それにそもそもマドモアゼルは私にとっては姪みたいなもの――甥の頼信や頼親の異母姉だから……ってなんだその顔は、もしかして知らなかったのかな?」
「いやー、ぶっちゃけ頼信のことも頼親のことも眼中になかったものでー」
悪びれもなく言う綱には飽きれるが、九州に赴任する前によくやり合った盗賊がこうして取り立てられているマドモアゼルの度量の広さか。さらには問題がある人物として有名な坂上季武もまた配下の1人として仕えているとも聞く。
妻や頼信、綱から話には聞いていたマドモアゼルと初めて会ったとき、彼女は燃屍教なる宗教を追っていた。屍を焼いて回る怪しい団体によって庶民の生活が脅かされないようにとの想いから行動する彼女に、他の貴族にはない高潔さを感じて感心したものだが、次に会ったときは私たちが火車として追っていた燃屍教の教祖と一緒になって死体を燃やして回っていた。
何の冗談だ? それが率直な感想だった。
だが、マドモアゼルは常に庶民を思い、より彼らのためになることを思いつきそれに必要と判断したなら、人間の敵とされる妖怪とさえ手を結ぶことも厭わない。私が勝手に諦め、異国へと視線を逸らした日ノ本の将来をしっかりと見据えている。そう感じたのだ。
「異国とて、力有るものが力無きものを虐げるのは変わらない。もしかしたら神や仏がそのような世界を望んでいるからこそ、このような形になっているのかもしれない。それでもこの広い世界の中でどこかに力無きものが安心して暮らせている国があるのかもしれないと信じてきたわけだが……もしマドモアゼルが受領したなら、その国が最もそれに近い国になるかもしれないと思っているのだよ」
「えー、頼光の周りなんてそれこそ強者しかいなくない? 非戦闘員の茨木と火車でさえも1流と言っていいくらいには優れてるよー?」
足を強引に外した鬼の顎を短刀の峰で打ち上げて気絶させた綱が疑問をぶつけてくるが、それに首を振る。
「マドモアゼルは圧倒的な武力があるからこそ良い。多くの貴族は庶民の反乱を危惧して、自分の力を蓄えつつ庶民の力を奪うために重税を課し、その財で雇った荒くれどもを使って文句も言わせない。生かさず殺さずの強いる国司と、反乱を起こされたところで意に介さないからと、財力や権力を強めるため民を虐げる国司どちらが良いのかという話だ。尤もそんな国司聞いたことがないから是非ともマドモアゼルには陸奥守になって社会実験を行ってほしいものだよ!」
始めの重槍闘士に戻り、ランスでガンガン大盾を叩くと、遠巻きに戦況を眺めていた鬼たちのこめかみに青筋が浮かぶ。
「さあさあ、親しい間柄の人間ですらほとんど知るもののない、私の本気の武。とくと堪能してくれたまえよ!」
殺到する鬼たちの前に自分が興奮しているのがわかる。今まで戦闘は貴族として庶民の生活を守るという独りよがりな義務のもと穢物や賊を相手するくらいのものだった。自分の認めた相手のために力を振るうことが、これだけ充実感を与えてくれることに驚きながら、私は鬼たちを迎え撃った。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【藤原保昌】――藤原道長配下。異国かぶれの異名を持つ。
【渡辺綱】――摂津源氏。平安4強の1人。源氏の狂犬の異名を持つ。
【源頼信】――源満仲の次男。頼光とは異母姉弟。母が藤原保昌の姉。
【源頼親】――源満仲の長男。頼光とは異母姉弟。母が藤原保昌の姉。
【坂上季武】――卜部季武。摂津源氏(仮)。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【唐国】――現在の中国にあたる国。
*【仙道】――仙人・道士。霊山に入り道術の修行を行う人間。弟子を取るほど術を修めた道士が仙人と呼ばれる。
【宝貝】――仙道が扱う不思議アイテム。
*【呪道具】――一品物である宝貝を再現しようとして作られた歴史を持つ。宝貝は仙道士にしか扱えないが、一般人でも扱えるように魔力を込めた呪符を差し込み動かすことを想定している。呪いの道具ではなく、呪い=魔法の道具。
*【燃屍教】――破闇是無鏖留と唱えながら屍体を燃やすことを正義として信仰を集める新興宗教。
*【穢物】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。




