【安倍晴明】不安
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
藤原道長殿に呼び出され、播磨の方で源氏どうしのいざこざが起こっているのをどうにかならんかと相談を受けましたが、はっきり言って知りませんとしか言いようがありません。妻である高松殿に播磨に味方するよう頼まれたということですが、ならば主上を差し置いて当世における最高の権力を持つご自身で動かれれば良いのにこの様な政治の場に引き摺り出されるのは御免被りたいものです。
高松殿は播磨権守・源経房殿の実姉であり性格も弟に似てとても粗野なところがありますから、道長殿も押し切られたということでしょうか。腹違いの兄である播磨守・俊賢殿のように色々考えて動いていただければ良いのですが。
船岡山の母上に挨拶を済ませ邸宅に戻り、隠していた狐の耳と尾を晒す。隠すことに霊力的な疲れを感じることはありませんが、やはりありのままの姿を取るほうが気持ちは落ち着くというものです。
「おお戻ったか晴明。邪魔しておるぞ」
完全に油断しきっていたところ急に声をかけられ驚いて声の方を見ますと、朱雀様と騰虵様が盃を組み交わしておられる。その脇には酔い潰れているのでしょうか、眠る大裳の姿も。京の警備を任せていたところ、巷で噂の妖怪・火車をあと少しのところまで追い詰めたにも関わらず、取り逃がしたことでここのところ沈んでいたのを見かねたお2人で相手してくれたのでしょうか。
「お久しぶりです朱雀様に騰虵様。4凶の行方はお分かりになられましたか?」
「だーめじゃ。天后の情報網にもかかりゃせん。彼奴の操る野狐や気孤では霊力に限りがあるゆえ、遥かに力の勝る相手に本気で隠れられるとさっぱりじゃからな。市井の様子や民草の動向を探るには優れておるのじゃが、いかんせん畑違いの分野になるからの」
「ハッハー! あの檮杌のように己の気配を隠す気がないのであれば楽なのだがな! それにしてもあやつくらい優れた戦士との闘いも久しくしていない。いっそのこと封印を解いて思い切り闘いを楽しみたいのだが!」
「……お戯れを。4凶を排除することが我々の使命、封印した相手をわざわざ解き放つなど冗談にしても酷すぎます。それよりも船岡山ではなく私の家にお越しになられたのは、何か母上の前では話しづらいことでもございましたか?」
「話が早くて助かるのう。お主の母はほれ……平時であれば泰然自若と構えておるが、不測の事態にはまるで弱いじゃろ?」
母上のことを悪く言われていることに腹も立ちますが、以前にこの朱雀様にキツめに叱られた時、私に縋り付いてコンコン泣いてたのを思い出すと何も言えません。それよりも母上が慌てふためくような事態が発生しているということに気を引き締めねばなりません。私が居住まいを正すのを確認すると朱雀様は1度深くうなづき、話を始めました。
「大陰の動きが明らかにおかしい。ほれ、久しぶりに4凶の姿を補足できた時じゃ。彼奴め天后にも情報を共有すべく東国に飛んだじゃろ? 伝達事態は済んだはずじゃろうに、その後の行方が杳として知れぬのじゃ」
「それは……考えたくもありませんが、4凶によって討たれたのではないでしょうか?」
私の疑問に対し、朱雀様は顎に手を当てつつ難しい顔をされる。
「――もちろんその可能性もある。が、それこそ伝達した直後に気配が消えたのじゃ。普段の彼奴なら野狐でも確認できる。そうでなければ天后から情報を伝えることができなくなるからの。4凶同様、意図的にその存在を隠したとしか思えぬ」
母上と大陰様は共に女媧という神に仕えていた、それこそ12天将の中でも1番付き合いの長い友人の間柄。どんな理由であれ姿を消してしまわれたとあれば動揺なさることは間違いありません。
「まあ、4凶と並行して探すほかないのう。それよりもわしが留守にしていた間に京で何があったのじゃ? 久方ぶりに戻ってきて余りの清涼感に街を間違えたと思ったぞ」
「それは京周辺に放置されていた死体や、蓮台野にて埋葬されていた死体に対して改めて法要を行ったからですね。京を覆っておりました穢が取り払われたことでそうお感じになられたのでしょう」
私の言葉に朱雀様はほうと感嘆の声を漏らし、騰虵様はつまらなそうに声を上げます。
「その結果すっかり京周辺に蔓延っていた穢物の姿が消えてしまった。大したことのない有象無象ではあれ、我の技の練習台にはもってこいであったのに残念な限りだ」
「そうじゃろうのう。しかし、よくぞ貴族共がそのようなことをしたものじゃ。言うなれば穢物は枷。どれだけ民草を酷使しようと、それがおる限りこの街を囲む城壁から逃れようとは思わなくなる。貴族からしたら穢物を減らす行為は自分の首を絞めるようなものじゃろうて、これでは所有物が自らの足で他国へと逃げ出すというものぞ」
「もちろん貴族たちが率先して行ったわけではございません。これは――大裳に追わせておりました火車によるものでございます。皮肉なことですが、任務に失敗したことで火車が死体を回収して回り死体を燃やしていったということでして」
私の説明に寝ている大裳の耳がピクリと動きます。やはり火車の件を気にしているようですが、そんな大裳に対して無神経に朱雀様は盃をあおるとケラケラと笑い出しました。
「はっはっは! なんじゃ。此奴が塞いでおるのはそんなことがあったからか。対して戦闘力もないと聞く火車を取り逃がしたのは情けないが、結果はむしろ良い方向に転がったのではないか? わしとて貴族などという輩と関わりとうなくて隠遁していた身であるからの」
「――火車だけならあっしだって取り逃してなんかいねえ! あの女が……名前はわからねえが、こんな感じの源氏式お願いってやつをかましてきたあの女がいなけりゃ、あっしは火車をとっ捕まえれてたんだ!!」
「ヒューッ! ケブラドーラの1種だな素晴らしい! この国にもルチャが広まりつつあるということか!?」
「お前さんか天空くらいしかわざわざ素手で闘おうなどというものはおるまいて」
大裳を掛けられていた肌掛けを両肩で担ぐと、両端を手で抑えて下に向けて引く。酒が入っているせいか、先日気落ちして帰ってきた時はただ任務に失敗したことを詫びて詳細を語ろうとしなかったのに、口が軽くなっていたようですね。しかし―――その内容、聞き捨てならないものがあります。
「源氏の女性……まさか、源頼光殿ではありませんか?」
源氏の女性で何名か武士働きをしているものは存じているものの、どの方をとっても大裳に勝てるような方はいらっしゃいません。
「源頼光か。なるほど、摂津源氏という新たな主流を司る源氏の長であるな。しかも、その戦闘スタイルがルチャであると言うなら何も言う事無し! ぜひMano-a-Manoを組みたいものだ!」
「――摂津源氏ですか。先ほど道長殿との話に上がった播磨源氏と争っているという源氏ですね。騰虵様が気にかけておられるということは、腕は相当立つということで……?」
「実際見たことはないのでなんとも言えんがな! 源氏で主流を担うはそれなりには楽しめる相手である可能性は高いな!」
騰虵様がごきげんに語るには、源氏はとにかく武に生きる集団。その本筋の流れに乗る人間が弱いわけがないということ。それはすなわち――――。
「なんじゃ難しい顔をしおって。その頼光とやらに何かあるのかの?」
朱雀様の問に10年ほど前の、とある事件の凄惨な現場が思い起こされます。
「はい、私の思い過ごしであればよいのですが――――」
血の匂いと煤にまみれた屋敷の跡。父に抱きかかえられ、感情のない瞳で頬に涙を伝えながらばらばらに刻まれてすっかり黒く焼け焦げた人肉を見下ろす在りし日の少女の姿。満季殿に呼ばれ訪れた私が見たあの少女が、父と同じく人から外れてしまったのかという不安に私は天を仰ぎます。
【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)
【安倍晴明】――藤原道長配下の陰陽師。狐耳1尾の少女の姿。
【藤原道長】――右大臣。
【高松殿】――本名源明子。源高明の娘で藤原道長の妻。
【源俊賢】――源高明の三男。播磨守。
【源経房】――源高明の五男。播磨権守。
【朱雀】――12天将の1柱。真紅の道着の仙人。年寄りじみた話し方をする。
【騰虵】――12天将の1柱。角が生えたマッチョウーマン。
【大裳】――12天将の1柱。安倍晴明直属。陰ながら京の治安維持を務める。
【天后】――12天将の1柱。東国(関東方面)へ出向中。
【大陰】――12天将の1柱。女媧の配下。混沌のことをパイセンと呼ぶ。
【檮杌】――4凶の1柱。封印されている。
【女媧】――中国のおいて人間を生み出した最高神。
【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。
【源満季】――清和源氏。源満仲の弟。
【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
*【船岡山】――平安京の北に位置する標高112mほどの低山。地下に大空洞があり12天将と呼ばれる式神たちが拠点としている。安倍晴明の屋敷にほど近い一条戻橋と地下通路でつながっている。
【野狐】――天后の配下の狐の妖怪。
【気孤】――天后の配下の狐の妖怪。野狐の上位種。
*【穢物】――穢を浴びて変質した生物。俗に言うところのモンスター。
【蓮台野】――墓地のこと。
*【4凶】――世界をめちゃくちゃにしたとして、指名手配中の大戦犯。鴻鈞道人(混沌)・陸圧道人(アラクシュミ)・スクルド・檮杌の4柱を指す。
【ケブラドーラ】――ルチャにおけるバックブリーカー全般を指す。
【Mano-a-Mano】――シングルマッチ。




